違う始まり
「こちらがあなたのお部屋です。ルームメイトもおりますから、仲良くなさってくださいね」
「はい、よろしくお願いします!」
寮の部屋に案内された私は、扉を開けて息を呑んだ。
窓辺で雑巾を持ち、黙々とガラスを磨く少女。
黒髪をきちんと結い上げているものの少々乱れ、着ているものは地味なメイド服。
かつてゲームで華やかに登場し、断罪されるはずだった悪役令嬢ーー
アプリル・ブラチスラバ。
「……え……どうして?」
思わず声が漏れた。
ゲームの物語では、彼女は”断罪イベント”で破滅し、退場するはず。私は当然何度もその場面をプレイしているし、破滅しているシーンも見ている。
むしろ王子と結ばれるためのルートで、何度も彼女が破滅する場面を見ているから間違いない。
けれど今、彼女は確かにここにいて、雑用に追われている。
アプリルは振り返り、虚ろな目で私を見た。
「……あなたが、新しいルームメイト?」
「えっ……あ、はい! サフィー・プラハです。よろしくお願いします……!」
緊張で言葉が上ずる。
ヒロインと悪役令嬢、本来なら敵対する二人が同じ部屋。
しかも彼女は、すでに破滅を経験した”落ちぶれた令嬢”であった。
アプリルは小さく息を吐き、視線を逸らす。
「……好きにすればいいわ。もうわたくしは何もしないから」
それだけ言って、また黙々と窓を磨き続けた。
私はほっと胸を撫で下ろす。
(よかった……これならイージーモード。ハッピーエンドはもうすぐだわ! ヒロイン特権ってやつね!)




