浮かれの代償
数日後。
窓から差し込む光はやわらかく、鳥のさえずりも聞こえるのに、胸の奥は数日経ってもなぜか落ち着かなかった。
(……殿下と踊れたのに。夢にまで見た舞踏会だったのに……どうして、こんなにざわつくんだろう)
洗面台で顔を洗い、鏡を覗き込む。
映るのは、いつもより華やいでみてるはずの自分。
けれど唇に浮かぶ笑みは、どこか引きつっていた。
「顔色が冴えないわね」
背後から、落ち着いた声が響いた。
振り向くと、アプリルが掃除道具を手にして立っていた。
「えっ……そんなことないよ」
私は慌てて笑みを作ったけれども、頬が引きつったまま。
「舞踏会の日、随分と舞い上がっていたものね。浮かれるのは結構。でも、浮かれすぎれば足元を掬われるわ」
「そんな……! 殿下は、ちゃんと私を見てくださったのよ!」
思わず強く言い返す。
でもアプリルは微笑すら浮かべず、ただ視線を伏せた。
「”そう思いたい”のね」
アプリルのその一言が胸に突き刺さる。
言い返したくても、言葉が出ない。
(違う……私はヒロインだから……殿下はきっと……!)
心の奥で必死に自分を励ましながら、私は鞄を抱え直した。
足取りは自然と速くなる。まるでアプリルの言葉から逃げるように。
「…………」
食堂に向かえば、女生徒達の視線が背中をなぞる。
憧れにも似た眼差しの中に、冷たい棘を含むものも混じっていて、足取りが重くなる。
トマトの一件を笑われた時の事が、何度も脳裏によぎった。
(私はヒロイン。殿下に選ばれるべき人……。なのに、少しの失敗で笑われて、心が揺らぐなんて……)
廊下を歩いていると、すれ違ったアプリルが静かに一礼した。
朝の事を気にしているのかいないのか、見ただけでは分からない。
でもその仕草だけなのに、まるで「気をつけなさい」と突きつけられたようで、胸がちくりと痛む。
(……負けない。私はヒロインだから……!)
必死にそう何度も言い聞かせながら、私は次の授業へと足を運んでいった。
その先で、運命を狂わせる出来事が待っているとも知らずに。




