舞踏会の花
翌日。
舞踏会が行われた。
学院の大広間は、無数のシャンデリアに照らされていた。
音楽が鳴り響き、華やかなドレスと燕尾服が踊りの波をつくる。
初めて着るようなドレス、私は最初ぎこちなかったけれども、徐々に慣れてきた。
(凄い……本当に、ゲームでみた舞踏会そのもの……!)
胸が高鳴り、私はドレスの裾を握りしめた。
夢にまで見た舞台の中央へ。そこに、殿下と並んで立つ自分を想像するだけで胸が震える。
ーーけれど。
ふと視線を横に流すと、大広間の隅で給仕に混じって、トレイを抱えて歩くアプリルの姿があった。
煌びやかなドレスの列の中で、ただ一人、地味なメイド服。いや、もう一人ワイン色のボブカットのメイドが居るけれど、アプリルの方がより逆に目立っている。
取りこぼされたパン屑を拾い、倒れかけた杯を受け止めるその姿は、まるで『現実』の象徴のようにも私の目に映った。
(……あの人は破滅済みの悪役令嬢。私とは釣り合わない。今日こそ……私が本当のヒロインだって証明するの!)
胸を張り直し、私は会場の中央へ向かって歩き出した。
緊張しながらも王子を探したり、踊ったりしていく。
「サフィー、こちらへ」
やがて王子が人々の前で堂々と私に手を差し伸べた。
ーー殿下が……私を誘ってくださった!?
胸が高鳴って、私は震える手でその手を取る。
「君の笑顔は、この夜会に咲く花々よりも美しい」
「……殿下!」
涙が滲みそうになる。夢でしか見なかったハッピーエンドが、いま現実に。
私達がホールの中央で踊り出すと、周囲はざわめいた。
「まぁ、殿下はあの子を……」
「でもあれは、ただの舞踏会の礼儀でしょう?」
「そうだ。形式だよ、きっと。他の生徒にも踊りを申し込んでいたし」
「でも……見た? あの眼差し。少し違っていた気がしない?」
囁き声が波紋のように広がっていき、私の耳に届く。
その一つひとつが甘い蜜にも、鋭い棘にも感じられた。
しばらく私は踊り続けた。
踊っている最中、ふとホールの隅を見ると、メイドとして雑用をしながら、私達を見つめている影があった。
煌めくドレスの海にあって、ただ一人、地味なメイド服の姿。
燭台を持って歩くアプリルの影が、壁に揺れていた。
同じ場所にいるのに、彼女だけがまるで別の世界に立たされているようだった。かつてはこの場で今の私と同じように踊っていたんだろうけれど。
ただその視線は私ではなく、殿下を……いや、舞踏会そのものを見透かしている気がした。
でも、私は踊りに夢中でそこまで気にしていなかった。
だって……
ーー私は本当に選ばれた。
ーーこの物語のヒロインは、私。
私はそう信じて、陶酔の微笑みを浮かべて踊り続けた。




