表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/87

守られるヒロイン

 昼過ぎの演習室。

 休憩で私も含めて全員が演習室を離れているうちに、机の上に置いてあった練習用の薬草の一部が紛失していた。

 誰かが声を上げる。見てみるとモニカの取り巻きだった。


「……サフィー・プラハの鞄から、同じ薬草が!」


 何故か私の鞄の中に、薬草が入れられていた。

 ご丁寧に学院の備品袋と共に。


「ち、違う! 私はそんなの入れてません!」


 でもモニカが口元を吊り上げる。


「だけど、誰も居なかったじゃない。居ないうちに練習用の材料を盗むなんて、卑しいわ」


「そうだ、貴族の誇りを知らないからだ」


 取り巻きたちも嘲笑を重ねる。

 私を叩く事が出来ているから。


「大方、市中で売りさばこうと思ったのでしょう」


 私は無実を訴えるけれども、声はかき消されていく。

 胸が苦しく、足元が崩れそうになる。


「ーーそれは彼女のものじゃない」


 冷ややかな声が割って入った。

 振り向くと、黒髪を結い上げたメイド服の少女ーーアプリルが立っていた。掃除道具を持っていて、掃除中のようだった。

 アプリルの赤い瞳がモニカを射貫く。


「サフィーの鞄にその袋が忍ばせたのを、わたくしは見ていたわ。あなたの取り巻きの一人が、誰もいないうちにこっそりとね」


 モニカの顔色が変わる。


「なっ……証拠はあるの!?」


「証拠? もちろんあるわよ」


 アプリルはゆっくりと歩み寄り、サフィーの鞄から袋を取り出して机に置いた。


「袋の口だけれども、一重結びになっているでしょう? 学院の備品は二重が原則。さらに薬草の葉脈に油染みがある。演習室の扉の取っ手に最近塗られた艶出し油が付着した証拠。今、指先が光っている人がいるわ」


 視線が一点を刺す。取り巻きの一人が青ざめ、油で濡れた指先をそっと背に隠した。

 演習室は休憩時に扉が閉められていた。

 戻ってきたタイミングで教師が開けていて、その間に開けた人物が居たら、付着しているという事になる。


「それに、薬草には指紋や泥の跡が残るわ。触ったのが誰かーーすぐにわかる」


 教師が険しい顔で袋を確認し、取り巻きの一人を問い詰める。

 彼女は怯えた様子で口を噤んでいた。


「……これでよろしいかしら?」


 アプリルの冷ややかな声が室内に響く。

 策略が失敗したことでモニカは歯を食いしばり、悔しそうに唇を噛んだ。


「……ありがとう」


 アプリルは視線を逸らし、冷たく言い捨てる。


「勘違いしないことね。あなたを助けたわけじゃない。ただ、見て見ぬふりをするのが嫌だっただけ」


 少しして教室に静けさが戻る。

 私は胸を押さえながら、まだ震えが収まらない手を見つめていた。


「……ありがとう」


 思わず口から漏れた言葉は、さっきアプリルに向けたもの。

 けれど彼女は振り向かず、冷ややかに言い捨てて去っていった。

 その背中を見送りながら、私は唇を噛む。


(嬉しいけれども、このまま続いたら私じゃなくて、アプリルが”ヒロイン”みたいになっちゃう……まるで私が、守られる側みたいじゃない……)


 胸の奥がきゅっと痛んだ。

 私こそが選ばれた存在で、私こそが救われる側じゃなくて、皆を救う側のはずなのに。

 でも現実は、助けられてばかり。

 机の上に残された薬草の袋を見て、私は小さく拳を握った。

 握っている手が震えているのを、自分でも感じた。


(私がヒロインで、アプリルは破滅済みの悪役令嬢……そのはずなのに……)


 ぐっと唇を噛む。

 机の角が冷たくて、じんわりと指先が白くなるまで力が入った。


(証明しなきゃ。次こそは……次こそは私が正しいって……だって私は……ヒロインだから!)


 そんな決意を胸の奥に押し込んで、私はそっと深呼吸した。

 けれど、吐き出した息は妙に重たくて、指先の震えは止まらなかった。


 夕暮れ。校舎の窓から差し込む橙色の光が、長い影を廊下に伸ばしている。

 その光の中を私は一人、寮の方へ歩いていた。

 背後で生徒達が囁き合う声がするけれども、全く耳に残らない。

 頭の中にあるのは、ただアプリルの赤い瞳と、冷ややかな声だけだった。


 そんな時……


「あっ……」


 前方に王子の姿があった。

 遠くからでも、すっと背筋を伸ばした気品のある立ち姿はすぐに分かる。

 数歩進めば声をかけられる距離。

 けれど私は、立ち止まってしまった。


(……だめ。今の私じゃ、殿下にふさわしい顔を見せられない)


 胸がぎゅっと痛む。

 その背中はやがて角を曲がり、視界から消えていった。

 残された私はただ、冷え切った夕風に頬を撫でられて立ち尽くすしかなかった。

 その背中を追いかけられなかった自分が、たまらなく悔しかった。

 王子が去っていった廊下を見つめながら、時間だけが過ぎていく。

 声をかけたかったのに、足は鉛のように重くて、一歩も動けなかった。

 胸の奥で、なにか大切なものを取り逃したような焦燥が渦巻いている。


(……どうして。どうして、私じゃなくてアプリルに声をかけるの? 破滅した悪役令嬢なんかに……!)


 悔しさで目頭が熱くなる。

 けれど同時に、あのときアプリルが冷静にモニカを退け、私を守ってくれたことを思い出す。

 その姿は、どうしても憎めなかった。


「……ありがとう」


 誰もいない廊下で、小さく呟いた。

 届くはずのない言葉。

 それでも言わずにはいられなかった。

 けれどすぐに首を振る。


(駄目……! 私がヒロインなのに、守られてばかりじゃ……!)


 爪が掌に食い込むほど、拳を強くにぎりしめた。

 私こそが選ばれる存在でなければならない。

 アプリルに恩を感じるなんて、立場を逆転させるだけ。


 焦燥と感謝。その相反する感情が胸の奥でせめぎ合い、答えのないまま夜を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ