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聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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夢を刺す言葉

 休み時間、ふと廊下の窓から庭園が見えた。

 陽光を浴びて花々が揺れ、宝石のようにきらめいている。


(見て……私こそがヒロインなんだって。そう囁いてくれているみたい)


 衝動に駆られるように私は庭園へ足を向けた。

 夢を確かめたかった。殿下が本当に私を見てくださっているのだとーーもう一度、証明してほしかった。


「広いなぁ……」


 学院の庭園に足を踏み入れ、思わず声が漏れた。

 流石ゲーム名が『クリスタル・ガーデン』という名前に相応しくて、庭園は豪華で広い。

 白亜の東屋もあり、四季折々の花が咲き乱れている。


「おや、サフィー嬢じゃないか」


「で、殿下! こちらにいらしたんですか」


 私はこの庭園に、王子が居たことに驚いてしまう。

 だけど、王子はこの庭園の雰囲気に似合っていて、とても気品に満ちて見えた。


「そうだな。気分を落ち着けたい時には、ここに来るんだ」


「私、今日が始めて来たんですが、とても広いですね」


 周りを見回しながら話す私に、王子は視線を合わせて穏やかに頷いた。


「ここの庭園は、様々な植物が植えられているんだ。だからいつ来ても美しい」


「本当ですよね……」


 別の日に来たら、別の花が咲いているかな。想像するだけで胸が高鳴った。

 そんな想像できるくらい多くの植物が。


「君も居ると映えている。皆、ここに来ると顔が和らぐんだ。誰であれ、花は等しく迎えてくれるからね」


「わ、私もですか……!?」


 王子が私をじっくりと見ている。

 ドキドキしてきて、顔を紅くする。


「そうだ。君も可愛らしいな」


「あ、ありがとうございます……!」


 嬉しくて、胸が震える。

 言葉ひとつで、こんなにも心が満たされるなんて。


「さて、そろそろ次の授業が始まる。俺も送ろう」


「ほ、本当ですか……!」


 夢のような時間。私は高揚しながら、王子と肩を並べて歩いた。

 歩くたびに胸の奥で、小さな鐘が鳴るように感じる。

 これがヒロインの特権。


「殿下と一緒に歩いたんだ」


 教室に戻ると、女生徒達は微笑みながらも、一歩下がって私から距離を取った。

 まるで、眩しすぎる光を避けるように。

 その中に混じる、モニカと取り巻き達の刺すような視線。


「やっぱり私が特別だからよね」


 小声でそう呟いて、自分に言い聞かせるようにさらに頬を紅潮させる。

 王子は別の授業があるからって、出て行っちゃった。

 仕方ないよね。

 残ったのは、生徒達の羨望と警戒の眼差し。

 怖いなぁ……でも、それ以上に心は浮き立っていた。


「ねえ、サフィー。殿下とご一緒でしたのね」


 私は授業後、アプリルに話しかけられた。掃除中なのか、何かの布を持っている。

 どうやらアプリルも見ていたみたいで、微笑んでいた。


「さぞご満悦だったことでしょう?」


「ええ、とても……! 殿下は、私を見てくださっているの」


 私は胸を張って、夢見るような笑顔を返す。

 恥ずかしいからはにかんだりもしたけれど。

 でもアプリルは少し悩むよう顔をして、布で口元を隠す。

 扇で隠しているつもりなのかな。その布って、窓か何かを拭いていたんだろうけれど。


「そう……。でも、殿下は学院の生徒達皆に等しくお優しいお方ですわ。殿下の微笑みに色めき立つのは、あまり上品ではありませんわ」


 アプリルのその言葉に胸を刺される。

 でも私はすぐに顔を上げ、反論した。


「……それでも、殿下が私を特別に扱ってくださったのは事実だから」


 するとアプリルは目を細め、布の陰で冷ややかに笑った。


「特別というのは、行動や功績が伴ってこそ与えられるもの。夢を見るのは自由ですけれど、夢だけでは淑女の誇りは守れませんわ。誇りは、他人の視線ではなく自分の行いで支えるもの。”選ばれた”と口にする間は、何も選び取れていませんわ」


 その言葉は、柔らかい響きの裏に棘を含んでいた。

 メイド服姿で言うのはおかしいけれど。

 それでも一瞬だけ、胸を刺された気がした。でもすぐに顔を上げて言い返した。

 

「私は……夢を叶えてみせる。だって、私はヒロインだから!」


 アプリルはため息をついて、踵を返す。

 また掃除に戻っていった。


「そう……なら、せいぜい頑張って。自力で掴みなさいな」


 廊下に残された私は、ひとり胸に手を当てた。


(……何よ。あんな風に言わなくても……)


 悔しさと、言葉のとげがまだ胸の奥で疼いている。

 でも同時に、ぐらぐらとした不安が心をかき乱していた。

 もしアプリルの言うとおり、夢だけでは何も掴めないのだとしたら……

 私の『ヒロイン』は、幻にすぎないの?

 そんな思考を振り払うように、私は小さく首を振った。


(違う……私は選ばれた存在。きっと証明してみせる。だって、これはゲームの世界なんだから!)


 けれど、決意を固めたその瞬間、背筋を冷たい予感が撫でていった。

 まるで次の試練を告げるように。

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