第7話
私は、じゃあねと言って、早歩きでその場を去った。
ものすごく、智に申し訳ない事をしたのは分かっている。でも―だめだと、思ったのだ。
―あのままでいたら私は、きっと何かのリミッターが外れたように、泣きじゃくっただろうから。
それはもう、智の前ですべき事ではない。私はもう、智に甘えてはいけない。そうだ―智には、朋ちゃんがいる。
「加奈…」
千恵美を見つけた私は、そこで何かのリミッターが外れたように、泣きじゃくった。千恵美は何も言わずに、ただ傍にいてくれた。
しばらくして、泣き止んだ私に、千恵美はぽつりと聞いてきた。
「卒業が、悲しかったの?」
「ううん」
否定を口にする私に、千恵美は更に聞いてくる。
「じゃ、辛かったの?」
やっぱり首を振った私に、千恵美はもう何も言わなかった。私は俯きながら訥々と話した。
「千恵美の悪口が許せなくて、怒った」
「ふーん」
「怒って、なんでか分かんないけど、泣いてた」
「ふーん」
「なんでだったんだろう」
「さあ?」
千恵美が首を傾げるのは当然だった。それは私の事であって千恵美の事ではないのだから。ましてや千恵美は、泣けない人間だ。
「じゃあいいか」
結局私は理由を考える事を放棄した。その頃にはもう、完全にいつもの調子に戻っていた。
***
千恵美と二人で歩く。途中でこの間の背の低い木を見つけた。まばらに蕾がついてあるのが見えた。それでようやく、これが何の木なのかが判明した。
「これ、桜だったんだ」
千恵美が先に気付き、誰にという訳もなく、ポツリと言ったのだった。
「言われてみると、そうだったね」
「この桜が咲いても、もう見る事は無いんだな」
「見に来れば、見れるけどね」
「わざわざ見に来なきゃ見れないじゃん」
千恵美とそんな会話をする。
私と千恵美は、学科は違えど通う高校は同じだ。―でもきっと、距離は離れてしまうだろう。物理的な問題ではなく。
それで言うと、私と智は高校は全く別だが、そんなに心配でもなかった。物理的な不安しかなかった。私と智は最早、依存し合っていたのだと思う。過去形なのは勿論、今は違うからだ。
智に朋ちゃんという恋人ができた。
だから私は、もはや気軽に智を頼る事ができない。
今までの私は、智と千恵美の前を除くと、無表情でつまらない人間だった。智の前という選択肢が無くなれば、私はどうなってしまうのだろう。
勿論、千恵美はこれからもいてくれるだろうけど。
千恵美と智は、違うのだから。
千恵美にとって私の存在は、小さからぬものだろうけど、でも、代替は利く程度だ。
なら―智にとっての私の存在は、どうだというのだろう。
私と智は、互いに依存し合っていた。―少し前までは。
でも、もう、今となってはなれ合う事もできないと思う。例え智がそう思っていなくても、私が、だめだ。できない。そうなるといくら依存状態とはいえども、私達は離れていくしかない。
嫌だった。
でも、そうするしかない。
そうなるしかないのだ。
「じゃあね」
「ばいばい」
とうとう小雨が降ってきた頃、私は千恵美と別れた。
智を失えば、私は―
***
家に帰ってしばらくすると、智から電話がかかってきた。
『もしもし!加奈?』
「ん。…何?智」
『いや…何か、大丈夫かなあって』
ていうか…んー…という言葉から、智が考えながら話しているのが分かる。私は黙って智の次の言葉を待った。
『んー、あれだ。要するに―
―気を遣うな。
なんかよく分かんないけど、加奈、今日、俺に気遣ってたようなかんじだったし』
「…そうかな」
『そうだよ』
「…」
『泣いていいぜ?』
智は言った。
私が智に一番言ってほしくて、一番言ってほしくない言葉を。
「……………泣かないよ…」
『あっそ。ならいいよ。…んじゃな』
「うん…バイバイ」
電話は切れた。




