第6話
卒業式。空は曇ったままだった。ひょっとすると私は泣くかな、等と思いながら、千恵美と最後の通学時間を過ごす。
泣かない理由は無い。泣くのを我慢する方が辛いから、それは私の『幸せに生きる』という指針に反する。そして、別れて悲しい友人だって、少なからずいる。
特に、千恵美と、智。
でも、この間学年のみんなと見た思い出ビデオで、私は泣かなかった。周りのみんなは泣いていたのに。だから私は、自分はもしかすると卒業式に泣かないかもしれないと、思ったのだ。
―自分でもよく分からない無常感が、心を支配していて。
六割泣かないと思う。でも、四割泣くと思う。それ位の予想。
しかし私は多分、思い出ビデオの時から、心の奥では確信していたのだ。
私は泣かない、という事を。
***
それ程悲しくはなかった。でも、寂しくはあった。
―みんな、何を考えて泣いてるんだろう。
最早私は、そんな事を思っていた。泣けない私は本当に、泣きそうにもならなかった。
卒業証書を受け取る。校長先生の話を聞く。二年生の、他人行儀な送辞を聞く。三年生の、思ってもいない答辞を聞く。お決まりの『ホタルの歌』を歌う。
この一連の動作の、一体何処で泣けるというのだろう。本当は、重要なのはこの動作そのものではなく、それをするという意味だという事は、分かってはいたけれど。
始まる直前、最終的に私は、七割泣かない、三割は泣くと思っていた。まだ、泣かないとは言い切れなかったのだ。それでも。
―どうして私は泣かないんだろう。
不思議だった。
寂しいはずなのに。
もう二度と、みんなとの日々は来ないのに。
不思議と何とも思わなかった。
不思議だった。
「私、やっぱり泣けない」
退場して、隣に立った千恵美が言った。
「ふうん。私は泣いてない」
私は応えた。
まるで他人事だった。なんだかあまりにも自分の心が遠すぎて。自分で自分に感情移入ができない。なら仕方ない。他人のような自分なんて、殆ど他人だ。
―私は友達が嫌いだったのだろうか。
そんな事は無いと思うけれど。
卒業式後に泣く可能性も、ゼロではなかったが、私は最早有り得ないと割り切った。実際私は結局最後まで、泣かなかった。
***
帰りにクラスの違う千恵美の所に行く為、廊下を歩いていると、声が聞こえた。
「ねえねえ、千恵美と加奈、泣いてなかったんだけど」
「なにそれキモっ」
「悲しくないのかなあ?ありえないもん。ああ…でもあの二人ってほんと何考えてんのか分かんなかったし、うざかったし」
『怒りの前に悲しんで、悲しんでから忘れる。』
「やめてよ」
私は、怒っていた。
「何よ」
急に声をあげた私に、話していた二人の女子が訝しげな顔で振り向いた。その泣きはらした赤い目で、冷たい視線を送ってくる。
私は俯き加減に、でも二人を見ながら言葉を続けた。そして、その言葉に、自分でも驚いた。
「私は…」
―私は、どうでもいい。
でも―
「でも、千恵美の悪口はやめて」
許せなかった。どうしても。卒業式で泣かなかった私が、友達の悪口に、ここまで腹を立てている。それが驚きだった。
二人のクラスメートは卒業式の帰りだという事もあってか、『うざい』の一言を置いて、さっさとどこかに行ってしまった。
―友達が嫌いな訳では、ないのか。
そう思って、はっと気が付く。
私は、泣いていた。
多分、悔し涙なのだと思う。悲しいのだと思う。
自分の事だけれど、やっぱりなんだかよく分からない。
周りには、卒業式特有の、みんなが涙するという光景が広がっていた為、自分が泣いている事を取り立てて隠す必要はなかった。私はよく分からないまま、右手で涙を拭いながら廊下を歩く。しかし、涙は止まる気配はなく、とめどなく流れている。と。
「あれ?加奈、泣いてる?」
智だった。数センチ、私より背の高い智は、私の顔を覗き込んで言う。
「俺と離れるのがそんなにかなしーのかー。そう感じてくれてる事が、俺は嬉しいぞ」
「違うよ。…悲しい、けど。それで泣いてんじゃ、ない…」
微妙に震える、私の声。智はふーんと言って、元の姿勢に戻った。
智は何も言わず、私の傍に立つ。
私はまだ、泣いている。
―だめだ。
と、思った。




