第12話
最終話です。
翌日。
『今日、暇?』。私は千恵美にメールを送った。返事はすぐ返って来た。『暇だよ』。
あの桜の木まで、私と千恵美は歩いて行く。今までのように―私達が抱く願望のように―私と千恵美は談笑しながら歩く。歩く。
天気は良くて、私の二番目に嫌いな晴れだった。しかし私は目を細めて青空を見ながら、今日という日が晴れないはずは無いと思った。今日が晴れでなくて、だったら他に、どんな天気になりえるのだろうか、と―曇っていてはいけない、ましてや雨など論外だ、なんて。何故だか。
あの桜の木の下に、私と千恵美は立った。昨日より更に、花弁は散ってしまっている。それでも花は、咲いていた。
加奈―私さ、昨日はああ言ったけれど、と、千恵美は淡々とした口調で言った。
「加奈と私は、離れるだろうね」
そして少し頭を垂れて、
「離れるのは、すごく嫌だよ」
と。
でもどうしようもないんだね。これは努力でどうのこうのという問題ですら、ないしさ。…どうせ加奈も同じ事、思ってるでしょ?と、ただ滔々と桜の伸ばす枝を目で準えながら、千恵美は私に問うた。私はうんと一言言って、頷いた。
「そうだろうね。そうなんだろうさ」
千恵美は言葉を繰り返した。
「なら、どうしようか。ああ、いや、どうしようもないんだっけ」
千恵美は私に向かって話しているのかいないのか、独り言のように、言った。
私はそれでも、応えた。応えなければ、いけないから。
「どうにかしようよ」
ふっと、千恵美がこちらを見た。無言。まるで森林のように、深海のように洞々とした目で、こちらをじっと見据えている。私はその視線を受け止めて、口を開いた。
「離れていくのは仕方ない―」
仕方ないし、どうしようもない、けれど。それでも、お互いが離れたくないと願っているのならば、望んでいるのならば、その時点で私達は、離れてしまっても、切れない事は約束されていると思う。だったらそれを私達は、忘れないでいよう。と、私は言った。
ずっと考えていた。千恵美と離れるだろうと悟った時からずっと、私は―千恵美と繋がっていられる方法を。
「切れないよ。だってこんなに二人で願い合って、望み合っているんだから―」
私は心から微笑みながら、言った。千恵美は怒ってるような、困ってるような、―泣いているような、だけれど確かな笑顔を返した。それを見ながらも私は、千恵美や桜が霞んでいくのを感じる。
零れそうになったそれを袖で拭っても尚、桜はぼやけたままだった。
***
窓から中学校を見下ろす。グラウンドでは、数十人の生徒が走っている。それが運動部の生徒達なのは考えずとも分かるが、何の部員なのかまでは、私は知らない。
どうやら曜日ごとに走っている部員は違うようなのだが、生憎私は文化部だった為、それがどういうサイクルでどんな部が走っているのかは分からない。それにそれがどうであろうと、私には関係ないのだ。
そもそも私は最早、この中学校の生徒ですらない。
私は訳もなくため息を吐いて、学習椅子に座った。それから縁がくすんだあめ色である写真立てに、目を遣る。この写真立ての縁は、元は明るい茶色だったのだが、今はかつてそうであったという面影すら見られない。そんな写真立てに目を遣る。―正確にはその中の写真に。何時何処で如何なる故にその写真を撮ったのかは、最早思い出せない。ただそれが、小学生の時である事だけは分かる。そうとしか分からない。しかしそれをずっと飾っているのは、この写真が好きだからなのだろう。
そこには私と、千恵美と、智の笑顔があった。
楽しそうに笑っていた。
『変わらない事は不可能だ』。
自分にそんな気が無くても、もしくは自分を取り巻く周囲にそんな気が無くても、状況が許さない―変わらないでいる事を、許さない。
例え願っても。望んでも。祈っても。そして、努力したとしても。変わらないでいる事は、できない。
ブリキの木こりが、どれ程願って、望んで、祈って―そして、努力しても、心を手に入れる事ができなかったように。いくらブリキの木こりが願っても、少女や子犬や案山子やライオンが願っても、『ブリキに心は無いものだ』という常識にある状況が、許さないのだ。
だから彼は頼むしかなかった。状況をねじ曲げてしまう、『魔法』が使える者に。
現実に『魔法』は存在しない。
だったらどうすれば状況を無視して変わらないでいる事ができるのか。答えは簡単で、『できない』。できないものは、できない。
足掻いてどうにかなるのならまだしも、どうにもならないのならば、それはただの無駄だ。それはできないというのならば、土台不可能な事なのである。それは『できない』のだ。だから何かを―変わってしまう事を―選択しない訳にはいかない。
選択するとは、何かを諦める事だ。何かを妥協しなければならない。そんな中で、如何にして最善の選択をするか。
私達はわがままでいられない。
それもこれも全部、なんてできない。
『変わらないでいる事』のように、選択しない、という事だってできない。
私は見ていた写真を、なんとなく窓際に置いた。笑う彼らの背後には桜。
…ああ、この桜は―今日千恵美と見に行った桜じゃないか。
「変わらない事ができないのなら―変わろうじゃないか」
千恵美に会った今日、私は髪型を変えた。
今まで三つ編みにしていた長い髪を、結わずにそのまま流しただけなのだけれど。千恵美程思い切れなかった―訳ではなく、私は、この長い髪が、好きなのだ。
ふわりと暖かい風が、窓のカーテンを揺らして、私の髪を心地良く撫でた。
ようやく終わりました。これははじめての、テーマがはっきりとしている(私としてはですが)作品です。そして未だにそんな作品が最初で最後な状態です…。
それはともかく。
この作品のテーマは『変わっていくもの』です。変わりたくない主人公たちと否応なしに変わっていくもの。その葛藤と、結論のようなもの。そういうものをテーマとしています。
不変にどっぷり浸かってしまうと、変化は酷く恐ろしいものになります。これまでと違うから、これからが分からないから、その不安がまた、やけに漠然としているものだからもう、さらに変化への恐怖を煽ります。まあでも、変化の後は案外何ともなかったりするのですけれど。というか、大抵そんなもんですよね。この作品の主人公みたく、中学を卒業して高校に入学する、なんていう変化とか。
まあ、とにかく。
うまく書けたとはこれっぽっちも思いませんというか下手としか思えないのですが、それでも一貫した何かを書いたという事自体が重要だと思うのです。…思うのです…!きっと重要です…!(切実)
それともう一つ、この作品の、内容ではなく小説としてのテーマ。そんなテーマもあったりします。
『象徴』。ずばりです。小説の基本中の基本の手法ですね。写真立てだとか桜の木だとか髪型だとか、そんなところでしょうか。…うまくいった気はしませんが。むしろ何か致命的な失態をしているような気がします…。
(失態が)なんとかなる程度だったら、いいなあ。(遠い目)
さて、兎にも角にも。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。感想や悪い点等でも、書いていただければ幸いです。
次はもう少し良い作品を書ければいいなと思います。それでは。




