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第11話

 ちょっと長いです。


 桜が咲いたらしい。

 卒業式から数週間経った今日、テレビのニュースで言っていた。私はふと千恵美と話した桜の蕾を思い出す。

 特に理由はないけれど。智を誘って、見に行こうと思い付いた。思い付いて、智を誘うメールの返事、『いいよ。行こう』を見た直後、千恵美から『今日、暇?』というメールが届いた。私は当然、暇ではないのでそんなような返事を返したのだった。

「咲いてる…けど」

 行ってみるとそこには、確かに咲いていたがしかし、ほとんどが散ってしまった桜があった。

「うーん…拍子抜け」

 智が言う。当然だろう。私はとりあえずせっかくなので、携帯電話を取り出して、その桜を写真機能を使って撮ってみる。そこに、

「加奈、智」

 と、私と智を呼ぶ声を聞いた。

「「…ちえ!」」

 私と智は図らずも声を揃えて、言った。

「偶然だね。いや、必然なのかな?」

「…とりあえず、久しぶり」

「うん、久しぶり、加奈」

 私はそんな事をいいながら、驚きを隠せないでいた。長くのばされ、所謂姫カットだった千恵美の髪が、ばっさり切られていたのだ。ギャザーが入り、段もあるセミロングになっている。

「…すげー。髪、切ったんだ」

 その事に関して、智が言う。何がすごいのだろうか。どうやら千恵美も同じ事を思ったようで、『何がすごいのさ』と言いながらはにかんだ。

「人は変わるのよ」

 笑顔を見せる、千恵美。

「でも、あんたらは何にも変わんないね。相変わらず、ずーっと一緒っぽい感じだ」

 私は千恵美に、智と付き合っている事を伝えていなかった。言いにくいし、きっと朋ちゃんか、もしくは智が言うだろうと思ったのだ。しかし千恵美のこの言葉からすると、それはされなかったのだろうか。

 チラリと智を見ると、『あれ?』という顔をしている。…つまり智が伝えていたという線はほぼ無い、となる。

「まるでカップルみたいだ。あっはっは」

 笑顔を見せる、千恵美。

 …なるほど。

「あの…俺ら、みたいってか、そのものなんだけど」

「ん?何さ。…ん?」

 私が口を開くより前に、智が言った。しかし千恵美は軽く冗談だと受け止めているようだ。良くて半信半疑だろう。仕方ないので、私も会話に参加する事にする。

「私と、智は、つ…」

 思いがけず、言葉が詰まった。

「つ、つ…」

 どもる私。思っていた以上に、はっきりと口にするこの行為は恥ずかしいという事が分かった。

「つ?」

 日本語の間違いが多い千恵美だが、相手の言いたい事を察す事に長けた彼女は、既に何が言いたいのかが大体分かっているようだ。人の悪い笑みを浮かべて、私に先を促す。

「…付き合ってるのよ」

 ようやく出た言葉に、千恵美は意地悪く言った。

「付き合ってるって、つるんでるって意味でしょ?そんな事知ってるよ」

「じゃなくて。分かってるんでしょ?もう」

 私は千恵美の言葉に、無駄に足掻く事はせず、肩をすくめながら言った。そんな私を見て、千恵美も同じように肩をすくめていつも通りの調子に戻って言う。

「分かってるよ。つまるところ、私と加奈は同じ学校だから言うまでもなく、加奈と智も繋がってるから、私達は結局何も変わらないって訳だ」

「確かに、そうだね」

 でもきっと、私と千恵美は、離れる。そう思ったけれど、口にはしなかった。

「んまあ、とりあえず、私はこの後用事があるからもう行くよ。じゃあね」

 千恵美はそう言って、くるりと背を向け、彼女が来た道を戻る。

「ばいばい」

 私と智がそう言うと、千恵美は背を向けたまま、片手をひらひら振った。



***



「そういや、ちえ、何であそこに来たんだろう?」

 夕方の帰り道、ふと思い出したように、智は言った。きっと本当に、ふと思い出したのだろう。私は首を傾げて、『…さあ?』と答えた。

「桜を見に来たにしても、わざわざあそこに来る必要なんてないのにな」

 と、智は言った。

 わざわざ、か。どこかで聞いたフレーズだ…。

 ―あの桜である必要性。桜の『ニュース』。千恵美。『くるりと背を向け、彼女が来た道を戻る』。会ったのは卒業式以来―

 ―『わざわざ見に来なきゃ見れないじゃん』。

「…あ」

 今朝来たメール。あれは、私と一緒にあの桜を見に行こうと思って送ってきたメールだったのではないか。何故今日なのかなんて、今朝私が見たテレビのニュースを、千恵美が見ていても何の不思議もない事だ。

 千恵美は私に断られて、仕方なく一人で見に来たのだ。

 『偶然だね。いや、必然なのかな?』

 …そういう意味だったのか。

「どした?」

 いきなり黙り込んだ私に、智がいつかのように、私の顔を覗き込んで言った。

「いや、何でもないよ」

 それほど長くなる話ではなかったが、私は作った笑顔ではぐらかした。

「送ってくれてありがとう。じゃあね」

「ん。じゃ」

 程なくして着いた私の家の前で、私達は手を振って別れた。



***



 私は千恵美と、一緒にあの桜を見に行こうという約束をしていた訳ではない。けれど、どうしても私は、罪悪感を感じずにはいられない。今日私は、智ではなく千恵美とあの桜を見に行くべきだったのではないかと―思うのだ。



 千恵美は、私と智が付き合っている事によって、高校に行っても私達は変わらない、と言った。けれど本当に、彼女はそう思っているのだろうか。私が千恵美と離れると感じたように、千恵美はそう感じなかったのだろうか。千恵美が言ったそれは、こうでありたいという、彼女の願望なのではないだろうか。

 もしそうであるのならば、この状況はあまりにも皮肉だ。私も、千恵美も、このままでいたいと、変わらない事を願っているのに、望んでいるのに、二人が感じているのは、このままではいられないという状況だという事が。それは多分、私と千恵美がお互い同じ願望を抱いている事に気付いても、変わらない状況であるという事が―だからこそ私達は、そんな願望を抱くのだという事が。

 いつかそうしたように、もしくはいつも朝そうしているように、私は部屋の窓を開け放した。外はもう薄暗い。春とはいえ、夜は寒い。冷たい空気が、私の顔を包んだ。

 智はどうなのだろう。繋がっていられない事に、変わらずにいられない事に、私達のような虚しさを、感じているのだろうか。同じような、というのは無いのかもしれない。私と千恵美は、智とはまた違った関係だから―

 私と智は、依存関係にある。なら私と千恵美は、どうなのだろう。

 つかず離れずで、最適な距離を保ってくれる友人。それぞれの中の優先順位の、上位にお互いがある。でも一番ではない。だからこそ、心地良い。しかし当然、お互いにそれぞれ相手より優先するものがある。だから、代替の利く友人。そう―不即不離の関係。

 その関係を崩してしまって、もっと近付けば、私達が今抱いている願望は叶えられる。

 しかしその関係を崩しては、いけないのだと私達は知っている。これ以上近付いてしまえば、私達はお互いがお互いを最も求めるべきものになり、同時に最も嫌悪するものになるからだ。

 一度、小学六年生の時だかに、それと似た事が起こった。その時に、元に戻れたのが私と千恵美で、そもそも元からそんな気があった所為か、その状態から抜け出せなかったのが私と智だった。

 あの時私と千恵美は知ったのだ。近付きすぎる危険性を。だから私達はそれから、努めて適度な距離を取り合ってきた。主に適度に調節してくれたのは、千恵美だったのだが。

 ―なんて、ジレンマ。

 しかしこれは選びようがない事であった。私と千恵美は、もし願望が叶うとしても―決して近付く事を選んだりはしないのだから。




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