第10話
『はい…朋です』
話し方にこの声…間違いなく、朋ちゃんだ。何より、本人がそう言っている。
『加奈先輩。わたし、知ってました』
「…何を?」
『…智先輩が、加奈先輩を好きなのを』
「それは―」
その事に智自身が気付いたのは本人曰わくついさっきである。そんな事―本人すら分かって無いような事を。それとも、無自覚の恋でも、分かる事があるのだろうか?
私がそういうような事を言うと、少し間が空いて―どうやら相づちを打ったようだ―、そして朋ちゃんは答えた。
『分かります』
そんなものなのかもしれない。
断言した朋ちゃんに、私はふと浮かんだ、浮かんで当然の疑問を口にする。
「じゃあ…なんで、告白したの?」
それは、振られるしかない―傷付くしかない行為ではないか。朋ちゃんは声を低くして答えた。きっと答えながら目を伏せているのだろう。見てもいないのに、見ているかのように明確に想像できる。
『伝えたかったんです。私が中学二年、十四歳の一年、ずっと部長を好きでいた事を―私が確かにそうであった事を、忘れないように』
そして、と朋ちゃんは続ける。
『いつまでもずるずる引き摺らないように、きっぱりとけりをつけたかったんです』
そこからまた、進む為に。
『だからまさか…いいと言ってもらえるとは、思ってませんでした』
だから。
だから朋ちゃんは、きっとすごく嬉しかったはずだ。叶うはずの無い願いが、思いがけず叶ったのだから。
なのに、それは、たった一日の夢だった。
『さっき部長からごめんって、前言撤回された時、すごく―すごく悲しかったです。すごく悲しくて―加奈先輩が憎くて…』
私には何も言うことができない。
でも。
と、朋ちゃんは、ぽつりと言った。
『【ああ、やっぱりな】って、どこか嫌にあっさりと諦める私がいました』
ある種の安心、と朋ちゃんは形容した。
『だから、その…加奈先輩』
「うん」
『気を遣わないで、いいです…』
「…うん」
私は電話を切った。
切った携帯電話を智に返しながら、私は言った。
「朋ちゃんはいい子だよ」
朋ちゃんは聡明だ。賢いし、聡い子だ。そして、いい子だ。だからこうやって、短時間で自分の気持ちを整理して、私にこんな電話をしてきた。私の中での朋ちゃんに対する、もしくは―というよりおそらくどちらもだが―彼女の中での私に対するわだかまりのようなものが、残らないように。
智に電話をかけたのは、まず私の電話番号を知らなかったからだろう。だから智に私の電話番号を聞こうとか、そんな感じだったんだろうと思う。
「…ああ、そうだな」
目を伏せて、智は答えた。
罪悪感を感じてるのだろうな、と思った。
***
家に帰ってすぐ、着替えた私は布団に潜り込んだ。幸い、私が家を出て行っていた事は家族に露見していなかったようだ。一人部屋万歳である。
ああ今、自分は幸せなのだなと思う。否。幸せだ。
何故だかいちいち客観的な風に、自分の感情を感じてきたけれど、今は違った。ちゃんと主観的だった。ちゃんと、自分の事だった。
これからも、智と離れずに済む。
これからも、智と一緒にいられる。
依存し合っていると言うと、離れた方が良いと思うかもしれない。しかし、それは支え合っているとか、補い合っているとか、修正し合っているとかいうように言えはしないだろうか。勿論一概には言えないし、私も、自分と智の関係性を表すのに、それらの言葉が当てはまるとは思わない。でも、ごく近いと思う。だとしたら、離れろとは言えないのではないだろうか。
私は離れたくないし、離れればお互いバランスを著しく崩し、到底正気ではいられないだろう。事実、私は死ぬ直前にまで行った。
もう、眠い。
眠気が私の思考を邪魔する。
仕方なくも私は、思考を停止した。幸せを感じながら、私は心地良い微睡みの中へと引きずり込まれるのを感じた。




