第1章:出会い
若き日の城は、今思えばどこまでも明るかった。
陽の光が庭の噴水に反射し、白い石畳の上に光の粒をこぼしていた。
衛兵の鎧はきらめき、楽士たちの奏でる旋律は、まるで空気に溶けるようだった。
その城に、騎士はまだ名もない若者として仕えていた。
階級は低く、表舞台に出ることはほとんどない。
けれど剣の腕を見込まれ、王女の側近の一人として選ばれた時、彼は夢を見ているような気がしていた。
彼女に初めて会ったのは、初夏の終わり、庭園の回廊だった。
王女は一人で花を摘んでいた。
金の髪が風に揺れ、薄桃色のローブが石の小径を滑るように歩いていた。
「お前が……今日から私の護衛になるのね?」
その声は、思ったより柔らかく、思ったより近くから響いた。
緊張で固まっていた騎士は、とっさに膝をつき、剣の柄に手を添えて頭を下げた。
「……はい。お傍にて、命を賭してお守りいたします」
そんな決まり文句しか出てこなかった。
だが王女はくすりと笑い、彼の顔をのぞき込むようにして言った。
「大げさね。そんなに怖がらなくても、私は人を斬ったりしないわよ?」
思わず顔を上げてしまった。
そして目が合った。
陽の光を反射するような、澄んだ琥珀の瞳。
笑みをたたえたその表情に、彼は息を呑んだ。
(この人のために、剣を振るうのか)
その瞬間、ただの忠誠ではない、名前もない感情が胸に芽吹いた。
それからの日々、彼は王女の一歩後ろを歩いた。
侍女たちの軽口に耳を貸すこともなく、ただ常に、彼女が安心して微笑んでいられるようにと、その背を守った。
王女は、あまり人を距離で分けるような性格ではなかった。
高貴な身でありながら、庭師に話しかけ、料理人の失敗を笑って許した。
彼にも時折、花の名前や古い詩について問いかけてきた。
「返事は短くてもいいのよ」と言いながらも、その度に彼女はうれしそうに頷いた。
けれど彼は、決して自分の気持ちを言葉にすることはなかった。
(望まれているのは、護衛であり、兵士であり、名もなき者だ)
恋をしてはいけない。
それは無言の戒律のように、彼の中で日ごとに重なっていった。
ある日のこと。
王女が一人で立っていた庭園に、ふらりと彼が現れると、彼女は小さな声でこう言った。
「……あなたがいてくれると、安心するの。何も言わなくても」
それは、ただの信頼の言葉だったのかもしれない。
でも彼には、それがどれほど重く響いたことか。
心が軋む音がした。
叫びたくなるほど、近くて遠い。
その日から、彼は少しずつ心を閉ざしていった。
言葉を減らし、感情を削ぎ、ただ護衛としての務めを全うすることに努めた。
王女も、それを責めることはなかった。
彼女は賢く、優しかった。
そして、季節は流れた。