Hello.11 -side.深琴-
新宿・歌舞伎町。
昼間ならともかく、日が沈みネオンの光が夜闇を彩る時間帯に訪れることは、東京に住んでいても一度もなかった。
何せ深琴はまだ未成年の学生であり、その場所にある大抵の場所に入ることは許されていない。そしてこの先の人生においても、きっと無関係のままだろうなと思っていた。
そんな場所を、同じ学生の氷上がアコースティックギターの入ったハードケースを背負ながら、顔をまっすぐ前に向けて歩いていた。緊張も後ろめたさもまるで感じられない。
そう思うと、引き寄せられるようにネオンの光に目移りをしている自分が、少し情けなく感じてくる。
ちなみにここに来るまでに路上ライブ用のセットを持ち出すために、氷上の家に立ち寄っている。シールドやマイクスタンド、アンプといったものをまとめて、機材用キャリーにくくりつけて、それを深琴が運んでいた。
これではまるで…というよりまんま荷物持ちである。しかも多分挙動不審な。
『こんなところでも路上ライブしてたのか』
気を紛らわせるように、二歩先を歩く氷上に問いかけた。夜の歌舞伎町は色めいた仮面をつけた人たちの声が宙を彩り、耳の裏に粘着するような雑多な足音が闇色に染まったアスファルトに吐き捨てられていて、少し大きな声を出さないとすぐ近くにいる氷上に声が届かなかった。
すれ違う人の好奇な視線が、一瞬機械音声の深琴に向けられ、すぐにネオン色の街に戻っていく。
ここでは深琴の機械音声なんて、異物でもなんでもなく、混沌の中に紛れた少し角のある石ころみたいなものらしい。
「前のバンド活動をしていた頃は、むしろこっちがメインの場所だったけどね。従姉がここを管理している会社で働いてたから」
『じゃあ、なんで拠点を渋谷の方に変えてたんだ?』
何となく発した疑問に、氷上が盛大に顔を歪めた。
「それは…まぁ、一番は気まずかったからよ。従姉のお姉さんはメンバーとも仲良かったし…ただもちろんそれだけが理由じゃない。今向かってるのは路上ライブ活動を公認している特別な場所で、渋谷とかとは色々と違うから」
『路上ライブは路上ライブじゃないのか』
「全然違う。特に客層…公認の場所には、そもそも路上ライブを聴きに来る人が半分以上占めてる。しかも妙に肥えている人ばかりなのよね…要するに、通りすがりの誰かじゃなくて、路上ライブを聴きに来ているその人に聴かせる音楽を演る場所ってこと。だからバンド活動の一環としてならまだしも、独りのストレス解消目的で利用する場所じゃないのよ」
『…なんだか妙にハードルの高い場所だな』
「だからこそ新しい曲を試すにはもってこいでしょ。ここの生の音に飢えた人たちを満足させることができれば、きっと本物に違いない…さぁ、着いたわよ」
氷上が足を止めたそこは、まさしく周囲をネオンの光に彩られた広場だった。建物がひしめき合う、歌舞伎町街の中にある異質な空白地帯。建物と建物の間がぽっかりと開いた形で、正面奥にはネオンタワーの巨大モニターの広告が映し出されている。
広場の周囲は腰ほどの高さの柵で囲われており、氷上が足を止めたのはバルーンのアーチで作られた正面入り口だ。その中を見てみると、手前側と奥側の対角線上の位置関係で2つの人だかりができている。そしてその人だかりは、それぞれ別の演奏者を注目していた。
「ちょっと早く着きすぎたかな…」
氷上が自分のスマホを見つめながら呟いた。もう一度それぞれの演奏者の方を見る。どうやらどちらのグループも締めに入っているみたいだ。
『路上ライブなのにタイムテーブルはしっかりしてるんだな。もっとゲリラ的な感じを想像してた』
演奏者が立っている場所も、ステージというほどのものではないが、周囲を囲う柵と同じ柵で聴衆との間を隔てている。それが手前側と奥側に二つ。つまり、この広場では二つのグループまで同時にパフォーマンスが可能なようだ。
「ここのライブはSNSの公式アカウントでも告知されるし、他の場所も使った大規模な音楽イベントもすることあるから。まぁ、公認ってだけあって、最近はそれこそ有名なプロのアーティストも演ってたりするらしいわ」
『…ということは、氷上のことも告知されているのか?』
「私は当日飛び込みだから、告知はされてない。次のタイムテーブルで告知されているのは元々予定していた出演者だけ。ほら」
氷上はそう言ってスマホ画面をこちらに向けてくる。画面には”Neon Street Live”というSNSの公式アカウントページが表示されていた。最新のポスト内容は今日のタイムスケジュールになっており、13時から21時まで、1時間刻みで出演者の名前が並んでいる。
今日の空いている枠は20時の1枠だけだ。それ以外は埋まっている。他の日も似たようなもので、かなり人気なライブスポットであることが分かる。
『よく都合よく空いていたもんだな。普段、こんなにも埋まっているのに…この時間だけって』
「あぁ、それは…」
「——ちょっと、そこ入るのに邪魔だから退いてくれない?」
氷上が何かを言いかけたその時、不意に後ろから誰かに声をかけられた。そこで深琴は自分たちが入り口の手前に立ち止まって進路の邪魔になってしまっていることに気が付いた。慌てて体を横にずらして、入り口の道を開ける。
『すみません』
深琴の謝罪に併せて、氷上も軽く頭を下げた。
「全く…こんなところでイチャコラすんなよ」
しかしそれだけでは怒りの矛は収めてくれず、その人物はボソリと棘げ棘しい言葉を鋭い視線と共に投げつけてくる。氷上が一瞬ぴくりと瞼を反応させ、避けた足が一歩戻りかけたところで、深琴はアイコンタクトで制止させた。概ね恋人同士に見られたことが気に障ったのだろうが、こんなところで揉め事はごめんだ。
幸いなことに、その人物は氷上の苛立ちには気づかず、そのまま広場の奥へと進んでいった。
それにしても、とんでもなくインパクトのある人だった。
独特なざらつきのある声と、外側にはねた銀髪のウルフカットが特徴の女性。しかし一番目を引いたのは、その手にあるものだった。彼女はケースにも入れていないそのままのアコースティックギターを掴み、持ち歩いていたのだ。
随分とワイルドな運び方である。当人の鋭利な雰囲気とその容姿の特徴から、深琴は自然と狼を連想した。
「あれが噂の”ライカ”って人ね…」
『知ってる人なのか?』
「今夜私と同じ枠で演奏する人。私も今日従姉から話を聞いて知った人なんだけど、最近新宿にある路上ライブスポットを回っている”路上荒らし”らしいわ」
『なんだその物騒な異名は…大丈夫な人なのかそれ。演奏中に噛み付かれるんじゃ』
もしかすると、獰猛な狼のような雰囲気だけではなく、あの閉ざされた唇の内側には、鋭利な牙が隠されているのかもしれない。
「はぁ? なにそれ。そんなわけないでしょ。荒らしっていうのは、実際にその場をめちゃくちゃにすることじゃなくて…ていうかそんなことしたら犯罪じゃん」
氷上の冷えた突っ込みに、深琴はつくづく相性の悪さを実感させられる。彼女には深琴流の冗談が通じないらしい。
『じゃあ、なんでそんな物騒な名前がついてるんだよ』
「…要するに、一緒に同じ場所でライブしたら、ファンを奪われてしまってコミュニティを好き放題に荒らされる…そういう意味での”路上荒らし”ってことよ。従姉の話によると、彼女がライブの枠を取ると、同じ枠で予約していた人がキャンセルするくらいらしいわ」
『相当な実力者ってことね…まぁ、確かに雰囲気はすごかったな』
「態度もね! こっちが進路塞いでたのは悪かったけど…よりにもよってあんたとイチャコラしてるなんて最悪」
氷上はこちらを睨みつけながら肩を持ち上げる。元はといえば、氷上側が巻き込んできた結果だというのに、理不尽である。
『…でも、同業者から共演NGくらうって、相当特別なんだろうな』
これでは検証にはならないのでは…そう言葉を続けようとしたところで、深琴の肌に熱の感触があった。熱源は氷上の滾りを抑えられていない瞳だった。
「上等じゃない。私の演奏で、あのウルフカットに吠え面かかせてやるわよ」
氷上は掌に拳を突きつけながら、メラメラとテンションを上げながら宣戦布告をした。
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