Hello.08 -side.スミス-
「彼女、一人なんですか?」
ショットの車から出て、人だかりから少し離れたところから、ピクシークロックのボーカルによるステージを見上げながら溢すように口にした。
「そうだったはずやけどね。あたしはあんまり詳しくないんやけど…ナギ、実際のところはどうなん?」
隣で一緒にステージを眺めていたクラムが、そのさらに向こう隣にいるナギに、スミスの疑問を横渡しする。ナギはといえば、ライブパフォーマンスが始まってから、ずっとウズウズとしている。
「スカーレット様は孤高の歌姫っスよ! 可愛い曲から、クールな曲まで千差万別! しかも超絶美少女の、まさにアイドルっス!」
「だってさ」
クラムがスミスの方を見て、ナギからの回答をこちらに流してくる。ナギはといえば、ステージから流れてくる音楽のリズムに乗って、身体を縦に揺らしていた。相当なファンなのだろう。
スカーレット——それがこの世界における彼女の名前。スミスはふと思考を回転させ、自分の記憶領域の中を探索する。ピクシークロックのボーカルであり、ギターも務める彼女は、ショッキングピンクをパーソナルカラーとし、名前は確か”桃星ルリカ” だ。
ピクシークロックでの彼女は、ショッキングピンクというパーソナルカラーに相応しい愛らしさと力強さを兼ね備えたバンドの象徴的存在だ。そんな彼女は今、スカーレットという名前で目の前のステージの上で歌っている。記録しているピクシークロックのライブよりも、声の高さは抑え目で、可愛いよりもかっこいいというイメージが先行する雰囲気だった。
それがこの世界における彼女のキャラクターということだろうか。いや、それよりも——
「彼女が歌ってる曲って、オリジナル…ではないですよね?」
「あぁ、この街の外で流行ってる曲みたいやな」
スカーレットが歌っている曲はこの街の外、つまり現実の世界で今話題になっているアニメ映画のテーマソングとなっているものだ。アニメに出てくる登場人物が劇中でその曲でダンスをする場面があり、動画配信型SNSを中心に同じダンスをする動画が一躍ブームとなった。
「オリジナルソング、ではないのですね」
いや、そもそもこの世界において彼女はスカーレットという名義である以上、ピクシークロックの曲を”オリジナル”というのも間違っているかもしれないが。
「当たり前やろ。今度のドームライブは、カバー曲でパフォーマスするって決まりやからな」
呑み込もうとした思考を吐き出すように、スミスの顔はクラムの方へと引き寄せられる。
「それは…初耳なのですが」
「うん、そうやったっけ? まぁ、別に大した問題じゃないやろ」
「みんなが知っている曲の方が、盛り上がれますもんねー」
反対方向にいたアキラが久しぶりに口を開いた。その視線はスカーレットのパフォーマンスに釘付けになっている。確かに盛り上がりという点に限れば、一般的な認知度の低い曲よりも、誰もが知っている曲の方がいいだろう。
しかしスミスにとっては、苦い感情が呼び起こされれしまう。同時に記憶領域を刺激してくるのは、水月孤儛の姿と、マスターの曲を歌う声だった。何かずきりとした感覚が、胸のあたりに違和感をもたらす。痛いわけでも、苦しいわけでもない。でも、嫌な感じはあった。胸の中に手を突っ込んで、蠢いているその何かを根こそぎ抉り取りたいと考えてしまうほどに。
いつの間にかスカーレットは次の曲を歌い始めていた。一体何曲歌うつもりなのだろう。彼女の歌の一音一音が入ってくる度に、スカスカのテクスチャの身体の内側で反響して、過去の記憶とぐちゃぐちゃに混ざり込む。それが、とても気持ちが悪い。
「…それで、いつまでオレたちはこのライブを見せられるのですか?」
「なんや、急に不機嫌になって…嫌やった?」
声に感情を含ませたつもりはなかった。もちろん表情にも。それなのにクラムは何もかも見透かして愉しんでいるような瞳で、挑発気味な言葉を向けてくる。
「いや、別にそういうわけじゃないですけど…そもそもオレたちが知りたいのは、先ほどの話の続きなので」
「そうカッカせんといて。このステージを見せたのは、分かりやすい比較のためや。ほなら、移動しよか」
クラムは少し肩を竦めてから、前方の盛り上がる人だかりを横目に移動を始めた。スミスも最後にステージの上で歌って踊るスカーレットの方に視線を向ける。見たところで思考に靄がかかるだけなのに、不思議とスカーレットの歌う姿には視線が引き寄せられてしまう。
ふと、ステージ上のスカーレットと目が合ったような気がした。ただの気のせいだとは分かりつつも、スミスは咄嗟に顔を逸らした。同時に自身の行動ログに違和感を覚えた。やってはいけないことをやってしまったかのような——後悔、あるいは罪悪感とも呼べる感情。
歩きながらスミス《命》はゆっくりと気分を落ち着かせる。水月孤儛の歌を聴いてからというものの、どうも調子がおかしい。感情回路がマイナス値を出力したり、フラッシュバックのように彼女の歌が呼び起こされたりと、落ち着けない時間が増えた。
感情の獲得という意味ではこれも進化ともいえるかもしれない。しかしそれが歓迎できるものかといえば、そうではなかった。こんな状態では、マスターの神がかった曲を汚してしまうかもしれない。そう思うとますます、感情がマイナスに振り切れていく。
「…そういえば、そこのナギさんとショットは堂々と歩いていて大丈夫なんですか? さっきまで、ここで警察とバチバチにカーチェイスやってたのに」
「問題ない、問題ない。指名手配されてるわけでもないし、今は人もぎょうさんおるからな。警察も取り締まるより、今はこのイベントを楽しんでるんや」
「そんなんでいいんですか…」
「祭りやからなぁ」
そんなアキラとクラムの能天気な会話を記憶領域に取り込みつつ、V.SEKAIのスミスとして思考を整えていく。
やがてスミス達は、NPCすらほとんどいない寂れた通りへと辿り着いた。スクランブル交差点からそこまで距離が離れているというわけではないのに、すっかり冷めた空気に支配されていた。
「随分と閑古鳥が鳴くようなったなぁ、この場所」
「ここって…」
「そう、通称ガチャ通り。ここの通りは、唯一スカウトマンが訪れる場所で、許可証なしでパフォーマンスができる場所や。まぁ、ここでスカウトマンが通ったなんて目撃情報、今のところほとんどないみたいやけどな」
アキラに向けて答えているクラムの言葉を取り込みながら、スミスもガチャ通りを見て、否応なく先ほどのスカーレットのステージと比較してしまう。
「最初の方はここでパフォーマンスをしてる人もおったけど、スカウトマンの出現率を考えたら、許可証を持ってる奴らに取り入ることに時間を使った方が建設的やからな」
身も蓋もないが、確実性を求めるならそうなるだろう。ここはシステムの欠陥と言わざるを得ない。
「それは分かりましたけど…結局この場所までオレ達を連れてきた理由はなんなのですか?」
世界のシステムに不平を漏らしたところで状況が好転するわけでもない。スミスはそもそもの話に立ち戻るべく、腕を組んで通りを見つめるクラムの近くに一歩踏み出した。クラムは上半身だけを少し後ろに退け反らせて、呆れたような苦笑を浮かべる。
「ちょっと落ち着き…話すから」
「…よろしくお願いします」
クラムから話す意思を引き出して、ようやくスミスは引き下がった。
「ここまで連れてきたのは、さっき言うたけど敵情視察…それと許可証の重要性を実感してもらうためや。つまり、あんた達が今からドームイベントの出演を狙うんやったら、許可証を入手する必要があるってね」
「…そこは確かに、実感したよね」
アキラが肩をすくめながら言った。スミスもこのガチャ通りで、来るかどうかもわからないスカウトマンを待つよりも、許可証をどう手に入れるか、あるいは許可証を持っている誰かにパトロンになってもらうかを考える方が建設的だということは、ここに来て十分理解できた。
「あたしって、直感を大切にするタイプなんよね。だから二人…特にそっちの、えっと…スミスちゃんだっけ?」
眉間をつまむクラムに、スミスは頷きを返す。自己紹介は車の中で軽く済ませている。
そのシーンを思い返した後、クラムは自分の鼻先を人差し指で擦りながら、
「あんたを見てビビッと来た。こう、ちょうどこの鼻の先がね。つまり…平たく言えばスカウトしたいんや。実はな…今、あたし達はあのスクランブル交差点のステージの許可証をいただくための計画を進行中やねん」
「ちょっ…ボス! それって言ってもいいんですか!?」
クラムの言葉に焦るショット。そういえば、ショットがアジトにスミスとアキラを連れてきてしまった時、クラムは彼に対して計画がご破産になると怒鳴っていた。それこそ”スクランブル交差点に現れる最高グレードのステージを使用する許可証を入手するための計画”というわけだったのか。
「ええんや。こっちの陣営に引き込む以上、これくらいは開示せな、公平とはいえんやろ」
「…でも、本当にそいつらでいいんですか?」
ショットが困惑した表情を浮かべて、スミスとアキラを見る。そしてその反応を待ってましたと言わんばかりにクラムがショットに人差し指を向け、
「そう! いくらあたしの琴線に触れたからといって、あんた達の実力も見んうちに決めたとあっては、リーダー権限といえどメンバーが納得せんやろ」
「…つまり、ここで実力を見せろ、と?」
ようやく解答が見え、スミスは寂れたガチャ通りの方を見て言った。
「その通り。もしあたしらの計画に乗る気があるなら、ここでいっちょパフォーマンスしてくれへん? もしナギとショットも認めされることができれば、他のメンバーも納得するやろうし」
「ぱ、パフォーマンスって言われても…」
アキラが困ったようにスミスの方に顔を向ける。
「どうせここで断っても振り出しに戻るだけ…なら、オレはこの話を受けてもいいと思うのです。アキラはどうしますか。無理強いはしませんが」
「いやいや…スミスもその気なら、僕もやるよ」
アキラの表情から迷いが消えた。
「よし、決まりやな!」
クラムが笑顔で両手を叩き、スミスはこのV.SEKAIで初めて歌うことが決まったのだった。
スミスとアキラは、ガチャ通りにある適当なスペースを陣取り、パフォーマンスの準備を始める。とはいっても、スミスは歌うことしかできないので、準備することはない。主に準備をしていたのはアキラだった。
「アキラ、そんなものを持っていたのですか」
立っているアキラの前には、スタンドの上に置かれた電子ピアノがあった。V.SEKAIの住人は、様々なアイテムを大小関係なくストレージに入れて所持することができ、いつでも自由に引き出すことができる。この電子キーボードも、彼がストレージから出す操作をしたことで出現したものだ
「あらかじめ申請しておけば、自分の活動に必要な物を持ち込めるんだよ。僕の特技は一応ピアノだからね…とはいっても飛び抜けた才能があるわけじゃないけど…そうだ! アカペラで歌うのも何だし、よかったら僕とセッションしない? 僕が聞いたことある曲なら弾けるからさ」
思わぬアキラからの提案。しかしスミスは迷うことなく首を縦に振る。
「実はアキラが電子キーボードを出した時から、同じことを考えていたのです。ぜひ、お願いします。曲は、そうですね…先ほど、スカーレットが最初に歌っていた曲はいかがでしょう?」
「あーあれね、もちろん弾けるよ…って、もしかしてスミスって結構他人と競い合うのが好きなタイプだったりする?」
「…そっちの方が、分かりやすいでしょう?」
スミスは神妙な面持ちで、足のつま先を地面にコツコツ叩きながらそう言った。そう、これは単なる試験ではない。スミスにとって、自身の力量を測る機会でもある。
「なら、ドームに立つのは僕らだってはっきりと示さないとね」
笑うアキラと頷き合い、迷いのない彼の両手が、キャッチーな音楽のイントロを奏で始めた。
人気曲のカバー。マスターの曲を至上とし、それだけしか歌ってこなかったスミスにとっての初挑戦。しかしAIであるスミスに不安はない。曲の音程や歌詞——構成する全ての要素はインプットされている。完璧な再現が可能だ。
流れてくる淀みのないアキラの旋律に乗りながら、スミスは迫ってくる言葉と音を的確に処理していく。声量を完璧にコントロールし、曲のメリハリすらも表現した。
完璧な模倣であり、完全な歌——
それが終わる頃、ガチャ通りは澄んだ静寂によって包まれていた。
「——あれ、こんなにつまらない歌だったけ?」
その静寂を打ち破り、最初に感想を口にしたのは、しかしながらナギでもショットでも、クラムでもなかった。両腕を組み、肩幅に広げた足で堂々と立つ、ショッキングピンクの髪に真っ赤な髪飾りを纏う少女——先ほどまで最高グレードのステージで歌っていた歌姫、スカーレットその人だった。
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