Hello.07 -side.スミス-
「——それで、知りたいのはドームでのイベントに出演する方法、でいいんやな?」
クラムからの話を聞けることになったスミスとアキラは、巨大なタイヤのないキャンピングカーの中へと招かれた。クラムは迷いなく奥にある革張りのソファに腰を沈めながら、そう切り出した。
足を組み、肘掛けに肘を立てて、軽く握った手に頬を乗せる。年季の入った革張りのソファということもあって、クラムのその振る舞いには大いに風格があった。アキラはその雰囲気に負けて、未だい硬く緊張した面持ちだ。
「はい、その通りなのです」
アキラではうまく話を聞き出すこともできないだろうと判断し、スミスがクラムの言葉に応じて頷いた。
「そもそも、あんたらはあのドームでのイベント内容は知ってるんか?」
「いえ…全く」
「そっか…なら、少し長い話になりそうやな。何せ、今回のドームイベントは、この街のあらゆる住人を巻き込んだビッグイベント、やからねぇ」
クラムはまた不敵に口角の片端を吊り上げる。もしかすると、こう笑うのが彼女の癖なのかもしれない。そう思うようにすれば、アキラのように臆することはない。
「ぜひ、聞かせてください」
スミスは毅然とした態度を維持して、真っ直ぐとクラムと対峙した。
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V.SEKAIに新たな施設が登場!
超大型型イベントスタジアム”ドーム V.V.V 《トリプルブイ》”はV.SEKAIで行われる様々な大型イベントを、見届け人の皆様と共有することができる参加型施設。
ドームの客席には、見届け人の皆様も来場することができ、V.SEKAIの住人たちが届けるイベントの熱狂と興奮を、その身で味わうことができます。
ここから始まる、メタバースの新たな挑戦!
ドーム V.V.Vでしか味わえない感動を、ぜひあなたも体験してください!!
—— V.SEKAI公式ホームページ アップデート情報より。
「新しくできるドームの最大の特徴は、この街の外の人間も来場できるという点や。つまり、そこで行われるイベントは、これまでこの街で行われたどのイベントよりも、遥かに注目度が高く、話題になり…金になる」
「そして今回、施設オープンを記念したイベントは、選ばれたアーティスト達によるライブイベント…それ自体は特に変わったもんやない。ただ、その出演者に選ばれるには、この街の管理局から手配されるスカウトマンから評価を得る必要があるんや」
「あぁ、管理局じゃちょっと分かりにくいか。区役所のことや。この街の行政的な部分を担ってる機関…まぁ、今は別にそこまで詳しく知る必要はないやろ」
「…で、肝心のスカウトマンから評価を得る方法についてやけど、単にパフォーマンスが優れてればいいってわけやない。スカウトマンは機械的な連中でな、決められた時間に都市部の特定の場所に現れて、その場でパフォーマンスをしていた奴の評価をしていく。だからまず、あんたらがすることは、スカウトマンの現れる場所で、各々パフォーマンスをすることや」
「となると、場所も教えろってのが当然やな。もちろん知ってるで。ただ、それを教えたところで一筋縄ではいかないんやなぁ、これが」
「スカウトマンが現れる場所については、予め区役所から公開されている。問題は、その場所でパフォーマンスをするためには、区役所から許可証を発行してもらう必要があるんや」
「そんでまぁ、区役所の奴らは守銭奴でなぁ…その許可証の発行権をオークションで売りに出したんや。それだけやない。今回のオープン記念のライブイベントで、最も注目を集めた出演者が所属する団体には、ドームV.V.Vで行われるイベントにおける、様々な特権を与えることも発表したんや」
「さっきも言うたけど、このドームでのイベントは注目度も高くて金になるんや。そんな施設の特権が認められるってなれば、この街の、特に力ある奴らは是が非でも欲しがる。案の定、オークションは大荒れやったで。結果的に優良な場所の許可証は、この街で最も金を持ってるギャング組織に掻っ攫われたわ」
「ただし、許可証には時間制限があってな。規定の時間が過ぎると使えなくなる。更新するにはとある条件を満たす必要があるんや。そのおかげで、どこかの組織が優良な場所の許可証の独占ができないようになっている」
「その条件は、許可証をかけて、別の団体あるいは個人との勝負で勝利すること。勝負のルールはお互いで決めて、区役所の人間が立会人として行われる。その勝負に勝てば、許可証の時間が延長される。けど、負けたらその許可証は、相手側に渡さなあかん」
「許可証をかけた勝負ができるのは、ドームイベントが開催される3日前までや。イベントは8月末に行われる。つまり、ドームのステージに立ちたいなら、それまでになんとかして許可証を手に入れて、スカウトマンの目に留まらないとダメってことやな」
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ドームで行われるイベントの概要と、その裏で行われている許可証をめぐる戦いのことを聞いて、スミスはすぐにステージまでの算段を頭の中で立てていく。
「つまり、オレたち出演者を狙っている側は、許可証を確保しやすい有力なチームに入れてもらうのが一番ドームに立てる確率が高まるというわけですね」
ならば次に知りたいのは、そのチームについてだ。幸いにも、目の前にいるクラムはその点についても詳しそうだ。
「…まぁ、そう考えるのは当然やな。しかし残念、もう有力なチームは、既に出演者候補を囲って活動を始めてる。ドームイベントの前からこの街でアーティスト活動しとった奴ら中心にな。ドーム目的でこの街に来たあんたらは、かなり後発組ってことや」
スミスが訊ねることを見透かしたように、クラムは先んじてそう口にした。
自分たちは後発組——それは最初の部屋で他の参加者を見ていた時から感じていたことだ。そしてドームに立つなら、許可証を手にしやすい有力な組織に属することが最も効率的だということにすぐ気がつく。当然、みんな同じように行動し、枠はあっという間に埋まってしまうだろう。
かといって、足を踏み入れたばかりのスミスに、その他の方法なんて分かるわけもない。ふとクラムの顔を見ると、彼女は相変わらず余裕の笑みでこちらを見つめていた。スミスは努めて表情を固めて感情の内側を吐露しないようにしていたが、それがかえって切羽詰まっていることを浮き彫りにされていた。クラムはこの世界において、スミスよりも1枚どころか10枚くらいは上手だ。
「ボス…新人にも容赦ないッスね」
「相変わらずおっかないぜ…あぁやって、どんどん追い詰めていくんだ」
近くでナギとショットがあえて聞こえる音声でヒソヒソと会話している。気まずい空気がクラムとスミスの間に流れた。しかしこれはスミスにとっては助けとなった。おそらくこのままの空気が続けば、単に古参のプレイヤーが新人を追い詰める図になる。それを肌に感じ取った近くの二人が、クラムを遠巻きに責めることによってエンタメの雰囲気に塗り替えたのだ。
空気を緩ませ、話を展開させるきっかけを作る一手といえる。クラムだけではなく、ナギとショットもまた、かなり場慣れしている。彼らも長い間このリアルエンターテイメントの世界に身を置いてきたということだろう。
なんて冷静に演者たちの裏側を想像していると、クラムがわざとらしい咳を一つ入れた。
「まぁ…でも全くチャンスがないってこともない」
「本当ですか!?」
クラムの照らした光明に、スミスは食い気味に踏み出す。するとクラムは右手を前に突き出し、ピンと細くて白い人差し指をまっすぐと立てた。
「一つは、いっちゃんグレードの低い場所でパフォーマンスをして、低確率で訪れるスカウトマンの注目を奪い取ること。実はパフォーマンスできる場所は予め指定されてるけど、全部に許可証が必要というわけではないんや。スカウトマンが低確率でしか現れない通称”ガチャ通り”っちゅう場所なら、許可証なしでゲリラ的にパフォーマンスすることも許されてる」
その提案はスミスたちにとって光明というにはあまりにも細い糸のような道のりである。ドームイベントまではおよそ2週間。時間はあるようで、ない。ただシステムによって与えられた機会の中で繰り返すだけでは、ドームには立てないという予感はあった。
だからスミスは口角の端を上げるクラムの言葉の続きを、透き通った翠と、輝く金の瞳の中に力強い光を宿したままで待った。わざわざ人差し指を立てて、「一つ」と言ったのだ。きっと二つ目もあるということだろう。
「その目、いいやん」
「勿体ぶらないでください」
からからと笑うクラムの姿に、スミスは眉根を少し寄せる。でもすぐに湧き上がりかけた感情を、機械的な心で抑え込んだ。主導権は常にクラムに握られている。だからといって感情的な素振りを見せてしまえば、回答を先送りにされるかもしれないと、なんとなく感じたからだ。
「まぁ、ええか…地道にやるのが嫌やったら——と、もうこんな時間か」
肝心なところを言いかけたところで、クラムは取り出したスマホの時間を確認して中断した。
「…そうカリカリせんとって」
スミスは表情を変えているつもりはなかったが、どうやらクラムにはそう見えていなかったようだ。
「せっかくやし、詳しい話をする前に、敵情視察と行こうやないの。そっちの方が、色々と都合もええしな」
そう口にするや否や、クラムはソファから腰を上げて、クイッと顎を動かした。するとショットがイエッサーと何かを受け取ったのか、キャンピングカーを駆け足で出ていく。
「敵情、視察…?」
「そう、あんたらもまずは直接見た方がいいやろ。ドーム出演候補者達が、どんなパフォーマンスをしてるのかって」
背の高いクラムを見上げて、スミスは一言詰め寄ろうという思考になるものの、ここでムキになって機会を失うのも馬鹿らしい。それに彼女の言う通り、現状を把握するのも大切だろう。
そうしてキャンピングカーの外に出て、ショットが運転する車で連れてこられたのは、スミスとアキラが最初に出てきた場所——スクランブル交差点だった。しかしスミス達が出てきた時とは、随分と雰囲気が変わっている。何よりプレイヤーらしき人がたくさん集まっていたからだ。
「ほら、あそこがこの都市一番のステージや…そろそろ始まるで」
助手席からクラムが指差す場所を辿るようにして、視線をその先に向ける。実際の渋谷にもあるハチ公近くの巨大広告ビジョンのビル。そしてそのビジョンすぐ手前に宙吊りのステージが用意されていた。
次の瞬間、ステージの両端からキャノンクラッカーの音が轟、昼の日差しを反射するテープが視界いっぱいをきらめかせた。
そしてステージに現れ、後ろの巨大モニターに映し出されたのは、一人の少女。
「あそこに立ってるのが、今の時点で既にドーム出演確定って言われてる注目株や」
クラムの言葉は、しかしスミスの耳には入っていなかった。世界を極彩色で呑み込む、甘く弾けた声と笑顔。そこに立っていたのは、まるで妖精のような魔王——V/Rのライブイベントで共演したピクシークロックのボーカルだった。
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