Hello.04 -side.スミス-
V.SEKAIにはたくさんの住人が、それぞれの人生を歩んでいます。その中には善人もいれば、悪人もいます。劇的なドラマもあれば、安寧的なスローライフも同居しています。
ここは電脳空間にある新しい世界。あなたはこの世界で繰り広げられる様々なストーリーを目の当たりにすることになるでしょう。
一瞬一瞬を彩る物語を、どうぞお見逃しなく。
—— V.SEKAI公式ホームページより。
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視界いっぱい広がった白い光が徐々に薄くなっていく。周囲に様々な輪郭が浮かび上がり、やがて色と立体も鮮明になった。
「…ここは、渋谷のスクランブル交差点、でしょうか?」
「を、モチーフにした場所のようだね」
スミスはアキラの言葉に頷きながら周囲を見渡す。記憶している現実の渋谷と、目の前に見える渋谷風の光景を照らし合わせていく。
とはいえ、その必要はないくらいに、スミスたちが現出した場所は明確だった。左手側に横長の大きな広告パネル。そこにはV.SEKAIの中で実際に展開している店や、イベント行事などの広告が一定間隔の時間で切り替わっている。
その特徴的な広告パネルがすぐ側にあるところから、ここが現実世界の渋谷駅にあるハチ公改札口前であることは間違いないだろう。
「建物とか、地形の形は再現されてるみたいだけど、施設とかサイズ感はどうやら少し違うみたいだね、ほら」
隣で同じように周囲を見ていたアキラが、ふと少し先を指差した。視線を辿らせると、現実世界では渋谷の象徴ともいえる商業施設109の巨大シリンダー。しかし本来109のロゴマークあるシリンダーの頂点には、旭日章の桜部分が、クロスされた拳銃と犬のシルエットが描かれたものになっているロゴマーク。
「先ほどの説明の中にも登場してたマークですね。つまり、あそこがV.SEKAIの警察組織の本部ということですか」
「まさかいきなり警察の近くに出るとはね…確か警察ってこの世界における一大組織みたいだし、たくさん人もいるんじゃないかな」
「ドームに関することに詳しい人もいるかもしれませんね。ひとまず向かってみますか?」
スミスが提案すると、アキラは「そうだね」とすぐに頷く。まだ基礎的なことしかこの世界について知らされていない二人にとって、目下の課題となるのは情報を集めることだ。
最初のチュートリアル施設で視聴したV.SEKAIの導入動画によると、この世界には善人だけではなく、悪人としてロールプレイする活動者もいるという。
悪人は様々な個人的、あるいは組織的な犯罪を行い、それを警察が取り締まり、一般市民を守っている。極端な話、この世界は犯罪者派閥と警察派閥の戦いのステージともいえるのだ。
犯罪者は多種多様なグループに分かれているが、警察という組織は一つだけ——つまり、警察組織にはそれらの犯罪組織に対抗するため、それ相応の人数が在籍しているはずだ。
人がいれば、情報も自然と集まる。具体的な行動を移す前に立ち寄ってみるのは、実に合理的な判断といえる。
スクランブル交差点に、プレイヤーは見かけなかった。いるのはどれも人の魂が入っていないNPCだけ。しかも現実のスクランブル交差点と違って、視界を埋め尽くすほどの人数はいない。処理的な問題もあると思うが、初心者がはじめに出現する場所ということで、行動しやすいように配慮しているのだろう。
スミスとアキラは周囲のNPCと同じように信号が青になるのを待ってから渡り、道玄坂に向かう通りに入る。
どんどんと警察本部に近づくにつれて、建物の大きさの実感が強くなっていく。
「あれって、人じゃない?」
現実よりも長くなっている道の先にある109の巨大シリンダーの前に、何人かの集団が見えてくる。NPCは不自然に固まったりすることはないので、間違いなく人が操作しているプレイヤーだろう。
「…みたいですね。まずはあの団体に声をかけてみましょうか」
「そうだね! V.SEKAIでのファーストエンカウントだ」
スミスとの出会いは、あくまでこの世界に足を踏み入れる前だったので、ノーカウントらしい。
アキラの歩調が、それまでよりも少し早くなる。アバターの表情は、出会った時と同じ朗らかなものだが、その動きには高揚が見て取れる。
新しい世界での、新しい出会い。しかもこの世界は現実とは違って、善も悪も、全ての人にとってのエンターテイメントになる。
ドームが目的とは言いつつも、どうやらアキラはこの世界そのものを楽しみにしているようだった。
しかしスミスとアキラが人の集まりに到着する前に、唐突に耳をつんざく轟音と黒煙が、巨大シリンダーの少し左奥手側から吐き出された。
アキラの息を呑む様子が視界に入り、すぐにスミスは意識を人の集団から左側へと向けた。
瞬間、煙の中から白黒の車が飛び出す。サイレンをけたたましく鳴らし、赤い回転灯の光を振り回すそれは、間違いなくパトカーである。
パトカーは地面を滑りながら軌道を変えて、巨大シリンダーの正面の通りを走り始める。それから少し遅れて、複数のパトカーが同じように、前方のパトカーを追うように登場する。
この世界に来たばかりのスミスには、何が起こっているのか分からなかった。正面にあった人だかりは騒然としている様子だ。
突然始まったパトカー同士のカーレース。しかし1番先頭を走るパトカーは、後ろを追うパトカーとどこか様子が違う。
まっすぐ迷いなく追いかける後続と比べて、先頭を走るそれはどこか慌てているような気配を感じる操舵である。相当のエンジンを内部に積んでいるのか、パトカーは瞬きの合間にあっという間に距離を詰めてきた。
そして最前のパトカーのフロントガラスの奥、慌ててハンドルを切る運転手の顔を、スミスはしっかりと目撃した。
「あぶないっ!」
アキラの突き刺すような声と共に、スミスの身体が思いっきり引っ張られる。
先に述べておくと、最前のパトカーがスミスとアキラの方へと突っ込んでくることは予測できていた。それでもあえてスミスが動かなかったのは、深琴よりあまり人の限度を超えた反応や行動を控えろと言われていたからだ。
結果的にアキラが反応できていることから、少し加減を間違えた気もする。そこは今後修正していこう。
そんなことを引っ張られながら思考していると、側で鈍く腹の底に響くような衝突音が、スミスの意識を素早く浮上させた。
先頭を走っていたパトカーが、スミスとアキラを逸れて、近くにあった柱に衝突したのだ。
煙を吹きながら停車したパトカーの周囲を、後続のパトカーがあっという間に囲んでいく。
アキラは慌てて腕を引っ張ってしまったせいか、勢いのまま尻餅をついてしまっている。その状態で、衝突した車の方を呆然と見つめている。
スミスは途中からアキラの手が離れたおかげで、転ばずには済んだ。ただ、それ以外の状況としてはアキラと同様である。
「っ痛たた…ミスったぁぁ…くそっ」
「運転下手すぎるっすよパイセン…」
間も無くして、煙を吹くパトカーの扉が押し開けられ、運転席側から1人、後部座席側から1人が出てくる。
運転席から出てきたのは男だった。襟足が長い黒髪に赤い瞳。右耳には大量のピアスがつけられ、左腕には黒百合のタトゥーが入っている。
一方、後部座席側から出てきたのは、大きめで迷彩柄のマウンテンパーカーをダボっと被り、細い足首の先のダッドスニーカーが主張する小柄なブロンドショートヘアの少女だった。
「あちゃー…煙出ちゃってますけど、これって大丈夫なんスかね?」
少女はこちらに背中を向けて、パトカーを見ながら、首と体を傾けている。その迷彩柄のマウンテンパーカーの背面には、大きな白百合がプリントされている。
「そんなことより、すっかり囲われちまってるよ。やっとのことで盗み出せたっていうのに…準備にどれだけ時間をかけたと」
「あたし達もついにブタ箱行きってことっすかねー」
「ボスの怒った顔見るよりは、マシかもな…」
男の方はがっくりと肩を落とす。その会話で大体の状況は理解した。
つまり目の前の二人は警察組織のプレイヤーではなく、ヴィラン側のプレイヤー。それでいながらパトカーで警察本部内から逃走し、追われていたということだろう。
しかし逃走は失敗。現在、彼らは危機的展開を迎えているという状況だろう。
そしてスミスとアキラも、その現場の中心に居合わせてしまっている。
開始早々、どうやらとんでもない事態に巻き込まれてしまったことだけは確信できた。
こういう時、巻き込まれた側としてどう行動すれば良いか逡巡しているところで、ふいにスミスは黒百合のタトゥーの男と目が合った。
「…おい、まだもしかしたら可能性はあるかもしれねぇぞ」
「何を言ってるんスかパイセン。流石にここまで囲まれたら逃げ道なんてどこにもないっスよ…って、あ」
白百合の少女も、スミスとアキラを見ると、何かに思い至ったらしい。そして直後、その二人の口角がにんまりと上がった。
「…銃は持ってきてるよな?」
「もちろん!豆鉄砲っスけど」
犯罪者を複数台のパトカーで囲い、そこから出てきた警察プレイヤーは銃を一点へと向けていた。
「お前たちは完全に包囲されている! 投降の意思があるなら、両手を頭の後ろに組むこと。しなければ投稿の意思なしと判断し、発砲する!」
プレイヤーの一人が煙の中に向かって叫ぶ。だが返ってきたのは、投降の宣言でも命乞いでもなく——
乾いた発砲音という、およそ投降とは真反対にある反逆の轟きだった。
「こちらこそ宣告する! 人質を撃たれたくなければ、俺たちの要求に大人しく従いやがれ!」
警察たちの目の前に現れたのは、見覚えのない新規プレイヤーであろう男女二人を、それぞれ腕の中に拘束し、そのこめかみに銃口を向ける犯罪者達の姿だった。
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