Hello.03 -side.スミス-
意識をサーバー内に構築された世界へと接続する。
「接続、完了です…」
オールグリーン。システムとの接続は正常に完了する。命は電子空間に広がる世界の空気を吸い込み、ゆっくりと閉じていた瞼を開いた。
正面に見えたのは、黒塗りの窓ガラス。床は大理石のようにツルツルとしていて、すぐにそこが建物オブジェクトの中であることに気がついた。
外が見えるはずの窓ガラスが真っ黒なのは、きっとここがV.SEKAIのワールドとは直接繋がっていない別空間だからだろう。
視界が確保できた後は、周囲の音声データが届き始める。周囲を見ると、幾人かのアバターが複数の箇所で固まって談話しているようだ。
中央に円状のカウンターがあり、その中には二人の受付ロボット風のアバターが背筋をピンと正しながら立っている。中に人の気配は感じない。つまり彼らは案内用のスタッフAIだ。
次に右側に視線を動かす。そこには赤いスポーツカーがあり、その隣に同じデザインのスタッフAIが立っており、何人かのプレイヤーアバターが周囲を取り囲むように立っている。
視線を頭と一緒に180度動かす。左側には大きなモニターがあり、V.SEKAIに関する映像が流れ、その前にも人がちらほらと立ち止まっていた。
そこまでこの空間について見渡したところで、スミスはここがV.SEKAIへの導入のための場所であるkとおを確信する。
スミスは歩き出した。自分はまだV.SEKAIについて知らない。マスターである深琴から話を持ちかけられた時から、あえて関連情報をシャットアウトしていた。その方がこの世界で自然に振る舞えると考えたからだ。
唯一、深琴から与えられた情報で、この世界には直近のアップデートで、巨大なドーム施設ができたという。
つまりスミスが持つ目的は、そのドームに歌い手として立つことである。
「そのためには…まずは情報収集、ですね」
一人呟き、どの場所に向かうか思案していると、ついつい周囲への意識が散漫になっていたせいか、背後から近づいてくる気配に気がつくことができなかった。
とんっ、と背中が軽い衝撃に押される。
「あっ、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ少しぼーっとしていました」
振り返ると、外ハネした金髪と翠の瞳が特徴の、あどけない童顔の人と目が合った。その後全身を見ると、英国少年風のファッションの概念を取り入れた派手目の衣装を着た青年で、雰囲気からしておそらくこの彼は VTuberあるいはネットでの姿を持つ活動者なのだろう。
このV.SEKAIではオリジナルの3Dモデルをコンバージョンして流用することができる。当然スミスも、イラストレーターである七夢鳴海がデザインした姿のままである。
ちなみにネットでの3Dアバターを持っていない人は、V.SEKAIの運営が用意したプリセットから作る必要がある。これはこのサーバーに来る前の準備段階で知ったことだが、スミスは3Dアバターを所持しているため、このセクションはスキップしている。
「な、ナンパ? 違うって…!」
スミスが思考内で情報を整理していると、青年がふと慌て始めた。しかしその言葉はどうやらスミスに向けられてものではない。かといって、今その声の届く範囲に誰かがいるわけではない。
スミスが黒尾を傾げていると、青年がそれに気がついてあわあわと表情を次々と切り替えながら、
「ごめん、今視聴者のコメント見てて…あぁ、だからそう言うことじゃ…っ」
「大丈夫ですか?」
スミスは青年の顔を覗き込む。そして改めてその顔を確認し、自分の中にあるアーカイブと照らし合わせ、すぐにその答えを得た。
「あなたは確か…ティーリンクプロダクションENのルミナス、ですよね?」
「あぁ…うん、そうだけど…えっと君は?」
「オレは個人で活動しているスミスといいます。マスターの神曲をこの世界に轟かせることを使命とした、スーパーAI!なのです」
ルミナスはスミスの自己紹介を聞きながら、エメラルドのようなその瞳を少し細めた。
「スミスさん、かぁ…どこかで見たような気がするけど…まぁいいか。よろしくね」
「はいっ、よろしくなのです」
「そうそう、一応こっち世界での名前は”アキラ”ね」
「ルミナスだけに、ですか?」
話しながらスミスは記憶にルミナス——もといアキラのことを打ち込んでいく。ラテン語で光を意味するルミナスから派生させた名前だ。
「やっぱり安直かな? ガッツリロールプレイするわけでもないから、近しいものにしようと思って」
「いえ、そんなことは。オレは素敵だと思います」
スミスが自分のことをオレと呼称したせいか、青年はわずかに面食らうような表情するものの、すぐに飲み込んで切り替える。
「ありがとう。でも、そういったメタ発言は、ここの外を出たらしちゃダメだよ。まだ今はチュートリアルだから、大丈夫だけど、この建物の外は現実とは違う、別の世界の住人として振る舞わなくちゃならない。もちろん、現実と同じ名前を使っていてもね」
「ご忠告、感謝するのです。ルミナ——アキラはV.SEKAI経験者なんですか?」
「いいや。僕も今日が初めて。というか、この建物はチュートリアル用の施設で、最初のログイン時にしか入れない場所なんだ。だからここにいるのはみんな今日が初ログイン。まぁ、僕は以前にも似たような企画に参加したことがあるんだけど」
アキラの表情に少し先輩風が吹き込んだ。親切で優しさを纏う彼だが、それだけではなくお調子者な一面もあるらしい。
全く情報を仕入れてこなかったスミスにとって、似たような企画に参加していたアキラからもたらされる情報はきっと貴重だろう。それこそ、この施設内で得られるものよりも価値がある。
「そうだったのですね…あの、実はオレこういう企画に参加するのは本当に初めてで。同業者の友達もほとんどいないですし、よろしければ少しの間一緒に行動しませんか?」
自身の思考演算回路によって導き出された結論に身を任せ、スミスはアキラに提案する。
アキラは大きな瞳を瞬かせ、その後しばし考え込んだ。時折視線を外し、彼に見えている視聴者のコメントと言い合いしながら。
「——そうだね。ここで会ったのも、何かの縁だと思うし、一人で行動するのも寂しいし、うん、いいよ。とりあえず一緒に周ってみようか」
断られた場合どうするかと思案していたスミスは、とりあえず安堵する。よく考えてみれば、男性VTuberを軽々しく誘ってしまったのは、少しリスキーだったかもしれない。
実際、彼がコメントとやり取りをする中でそのような話に触れていた。とはいえ、これから始まるのは新しい世界での新しい人生。新世界より紡がれる物語には、現実の都合を入れてはいけない。それはファンダムであろうと冒してはならない不文律。
そのモラルがきっと最終的にアキラの背中を押してくれたのだろう。
それからスミスはアキラと共に、様々なスタッフAIに話しかけて、V.SEKAIにおけるイロハを学んだ。どんな要素があり、どんな人達がそこに住まうのか。その他にも禁則事項や、もしV.SEKAIで困ったことがあった時に頼るべきキャストの居場所など…
ふと気になったのが、これらの説明はすべて日本語だった。そもそもこのV.SEKAIは日本の企画コンテンツであり、言語は当然全て日本語だ。
「アキラってイギリスのVTuberなんですよね?」
「そうだけど」
「それにしては、日本語も流暢だし、説明もしっかり理解できている様子だったので」
スミスは気になったことを素直に口にする。この建物から出てしまっては聞けないことだ。スミスにその好奇心を抑える防波堤はなかった。
「あぁ、そういうことね…これは一応公開している情報だから問題はないんだけど、僕の実の父親が日本人なんだよね。ちなみに母親はイギリス人のハーフ。小さい頃は日本に住んでいたこともあったし、その頃からずっと日本のコンテンツには触れてきたから、僕としてはどちらかというと英語よりも日本語って感じなんだよね」
「なるほど、そういうことだったんですね」
インターネットから収集した情報では、主にキャラクターとしての設定が中心だったので、スミスは新しくもたらされたアキラの”魂”に関するその情報をインプットする。
「僕からも一つ聞いていいかな?」
この施設の出口に向かう足は止めないまま、今度はアキラが問いかけてくる。スミスが「どうぞ」とその続きを促すと、アキラは前を向いていた視線をこちらに向け、
「君はどうしてV.SEKAIに参加したんだい?」
「オレ、普段はマスターが作曲したオリジナル楽曲を動画として投稿しているのですが、今回このV.SEKAIに大きなドーム施設がアップデートで追加されることを知り合いから聞いて、挑戦してみようかなと」
スミスが言うと、アキラは口元を僅かに緩め、他人色のあった表情の皮を一段階剥がし落とした。
「やっぱり。そうだと思った。というか、今日から参加する人って、大半それが目的だよね」
「ということは、アキラもですか?」
聞きながら改めてスミスはVTuber”ルミナス”の情報を思考の引き出しから取り出していく。
イギリスで活動する彼のメインの配信は雑談。しかしただ喋るだけではなく、コンクールで優勝経験もある本格的なピアノ技術を織り交ぜた配信が若い世代を中心に人気を誇っている。
特にルミナスは顔以外の身体部分だけを配信に移し、自宅のピアノやストリートピアノで演奏した動画も度々あげており、その技巧っぷりにVTuberファン以外の視聴者層も開拓している。
「最終的な目標はそうかな。何やらドーム施設では大きな音楽イベントもやるみたいだから…ということは、僕とスミスはこれからライバルにもなりそうだね」
二人は施設の外に通じる扉の前にたどり着く。立ち止まり、剣を向けてくるような挑戦的な笑みを向けてくるアキラに、スミスは同じ表情を返した。
「オレと一緒に行動するのやめたくなりましたか?」
「そんなまさか。僕ら初心者同士。まずは力を合わせようよ」
「…そうですね。では、これからしばらくの間よろしくお願いします」
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