Rec.15
まさか自宅だけでは飽き足らず、写野家のコンピューターにも侵入してしまったのか——なんてことは流石になく、PCモニターに映し出されたのは動画編集ソフトの画面だ。
そういえば以前、スミスのMVについて、自分ならどうするか、みたいなことを話していたことを思い出す。
『ここって、写野の部屋だったのか』
「あぁ、うん。チビたちの部屋にはゲーム機とか置いてないから、1人で集中したい時以外は2人の遊び場みたいになってるんだ」
今更ながらの疑問に、写野は視線をテレビの方に動かして答える。テレビの前には、出しっぱなしになっているゲーム機があった。
『仲良いんだな』
「まぁ、結構年も離れてるしね。可愛いもんだよ、2人とも」
その2人は、今は写野のPCに映し出されている、作りかけのスミス動画を再生しては巻き戻して夢中になっている。
『あれ、僕も見ていいか?』
「えっ? いや…いいけど、恥ずかしいな。まだ完成もしてないんだけど」
『ごめん。作りかけは見せたくないか。動画に興味があったんだけど…』
動画制作についてはてんで素人の深琴ではあるが、音楽制作用の編集ソフトを使用しているからか、モニターに映し出された動画が作りかけであることはわかる。
そして写野の立場を自分に置き換えてみて、すぐに失言をしてしまったかもしれないと自覚する。
深琴としても作りかけの曲を聴かせてと言われると、あまり良い気はしない。できれば聴かせたくはないくらいだ。
「皇も動画制作に興味あるの!?」
身を引こうとした深琴をぴったりと追いかけるように顔を接近させる写野。その瞳は先ほど、チョーカーデバイスに興味を示した時の弟妹のように瞳をキラキラとさせている。
流石血の繋がりがあるだけのことはある——と、興奮気味な写野の勢いから距離を取りながら、ふと思う。
『いや…興味があるのはその動画で…』
「これは完全に俺の趣味で、隙間時間に制作してるようなものなんだけど、もちろんコンテストとか用にちゃんと作っているものもあって…あぁ、そっちのデータは部室PCのSSDに保存してて、今は無いんだけど」
『へぇ、コンテストとかあるのか』
「そうなんだよ!今の時代、スマホで簡単にハイクオリティに撮影ができるようになったおかげもあって、色々なコンセプトのコンテストが開催されるようになったんだ。例えばそう、ドローン空撮の動画コンテストなんかもあるんだ。知ってるかい? ああいうのも、今はスマホに連携すれば、1万円以下で空撮動画が撮影できちゃうんだよ」
つい言葉を溢してしまったばかりに、弾丸のような写野の言葉に、深琴は怯んでしまう。
PCの方では写野の弟妹たちが、また動画を再生している。できれば、そっち側に移動してちゃんと見たいのだが。
「そうだ。今度部室に遊びにきなよ。俺はもっぱらミュージックビデオ専門なんだけど、先輩の中にはそれこそドローン撮影していたり、演劇部と協力して映画撮影なんかも行ってるからさ」
目の前にいる写野を避けて、奥のPCで流れている動画を視界に入れようと、若干首を横に傾けると、写野はずいっとそれに追随して視界を塞いできた。
この感じ、どこかで覚えがあるような…深琴の脳裏で、花音が自分のバンドのこや、好きなことを話す姿と写野の今の姿が重なる。
なるほど。チャットグループでも、花音と写野はやけにそりが合っていた感じだったが、2人は同類だったのか。
『その話はまた今度聞かせてくれ。今は、その動画を見てみたいんだけど、ダメか?』
「ダメじゃない、ダメじゃない。むしろ、そうだね。同じスミス好き同盟としては、ぜひ今のうちから意見も聞いてみたいところかも」
そしてどうやら、写野にっては自分もその同類の1人と数えられているらしい。そういえば、スミスが好きな仲間ということで、結成されたグループだったな。
とはいえ、そのグループに所属していたということが、少し渋っていた写野の背中を押してくれたらしい。
全ては花音の通俗的な妄想から始まったグループだったが、まさかこんな場面で有益に働くとは。
ここにはいない花音に一応の感謝の念を抱きつつ、深琴はさっそく弟妹たちの後まで移動する。
「そういえば、まだチビ達の紹介してなかったっけ」
ふと、写野が弟妹と深琴を交互に見ながら言った。確かに、まだ深琴はこの弟妹の名前を知らされていない。
パチリと深琴は弟妹と目が合う。
「妹の方が星、5歳。弟の方は優空、9歳で小学3年生なんだ…ほら、2人とも改めて挨拶して」
写野がそう言うと、顔だけを向けていた弟妹が体ごとこちらに向き直し、声を揃えて挨拶する。
小さい子にかしこまって挨拶されることに、当然の如く慣れていない深琴は、少し気まずそうに片手を首のチョーカーデバイスに当てながら、軽く頭を下げた。
うん、対応としては多分正解とはいえないだろう。
「2人とも、こちらは兄ぃの友達の皇深琴君。ほら、何回か通話で一緒にゲームした人だよ」
「あぁっ! あの時の人か! 言われてみれば、同じ声だ…」
「ふぇ?」
星の方はピンときていないようだが、優空の方は驚きつつも、腑に落ちたようだ。
確かに通話越しだと、旧式のチョーカーデバイスの声の印象は随分変わる。声だけで気がつくことはできないだろう。
「あれからゲーム上手くなった?」
深琴の正体が判明して、それまでどこか一歩引いていた優空が緊張をなくした表情で距離を詰めてくる。
『相変わらず、下手なままだ』
日々夜奏の番組収録が終わってから、ゲームには一度も触れていない。当然、その技量が上達しているわけもなく、むしろ今やれば最後に写野たちとやった時よりも下手になっていることだろう。
ふと、過酷なゲーム修行の日々がフラッシュバックする。深琴はよろめきながらも、変に強がるようなことはせず、ありのままの現状を答えた。
自分よりもずっと小さな子供に見栄を張りたい感情よりも、強がるのが情けないという感情の方が勝ったのだ。
「えーっ、それじゃ、また一緒にやる? とっておきの技、教えてあげるよ」
『…そうだな。先に写野の動画を見てから、相手になってくれるか?』
「そんなに兄ちゃんの動画が気になるの? まぁ、プロ並みだから、仕方がないか!」
「プロ並みは言い過ぎだって…もう、恥ずかしいなぁ」
写野はどんどん上がっていくハードルに気まずそうな苦笑いを浮かべる。
「それじゃ、その後ゲームしようよ」
『…分かった。今度こそ、勝利を収めてみせようじゃないか』
深琴は思ってもないことを口にする。今の心境は、ただ早く写野が制作した動画が見たいだけに占められていた。
優空の提案を受けたのは、ただその方がスムーズに事が進むと思ったからだ。
「そんな大したものじゃないからね。ほら、優空再生していいよ」
「はーい」
深琴の狙い通り、ゲームの提案を受けた優空は満足げな表情で、写野の言うことを実行に移した。
そうしてようやく動画が再生される。もう何度も聴いたメロディと、命の歌が聴こえてくる。
曲はスミスがV/Rイベントで最初に歌ったものだった。
その楽曲を聴いて、深琴は周りに気づかれないように渋い顔を作る。
やっぱりだ。曲を完成したその時よりも、命がライブで歌ったその時よりも、今聴く曲はどこか褪せて聴こえる。
技術的に不足している要素は確かにある。でも、例えば今この曲を創り直したとして、この感覚が消えるとは思えなかった。
楽曲そのものが問題なのではない。多分、もっと根本的な何かを見落としている気がする。
その何かの手がかりが、写野の制作した動画を見れば掴めるのではないかと思った。
しかしその直感は、外れたのか——
そう思ったところで、動画がサビ部分に突入する。この曲の中でもそれぞれの音がとりわけはまり込む展開だ。
その瞬間、動画にも鮮やかな変化があった。それまで淡く構成された画面に色がつき、語るような字幕が叫び出す。
それまで平坦だった深琴の鼓動が高鳴り始めた。曲を完成させた時にも感じなかった、写野によって構成された別の世界観が、脳髄を突き刺す。
色彩、動き、そして文字。音楽とは異なり、膨大で多様な情報が一挙になだれ込み、それまで自分の中になかったイメージが形成されていく感覚。
深琴はその感覚に呑み込まれながら、一方で何か確信に迫った気がした。
『…確かに、これはすごいな。文字や色の濃淡表現で、ここまで印象が変わるのか』
動画を見終えて、深琴はすかさず自分の中にあった感動を言葉にする。写野を讃えるためというよりは、今掴んだこの手がかりを、決して手放さないようにするためという意味合いが強かった。
「スミスの最初の曲のMVなんかは、ほとんどこういった展開はなかったしね。字幕も、ただ歌詞を映してただけって感じだったし…もちろん、そういう雰囲気で作るMVもあるけどさ」
写野の言葉に頷きながら、深琴は今まさに掴みかけている答えを手繰り寄せようとする。
ところが結局、動画を最後まで見ても、腑に落ちるところまでは行かなかった。端っこを掴んでいるものの、まだ何かが隔てているような感覚だ。
その後、優空のゲームに付き合いながらも、深琴の頭の中は、指先でつまんだヒントの正体を探るためだけに稼働していた。
ゲームの勝ち負けは、よく覚えていない。
「それじゃ、また遊びに来てよ。チビ達も喜ぶし」
『またの機会があれば。あの子達にも、起きたら楽しかったと伝えといてくれ』
「ありがとう。気をつけて帰ってな」
気がつくと17時前。夏だからか、まだ外は昼間とそう変わらない。それでもゲームもひと段落し、写野の弟妹2人がすっかり疲れて寝てしまったため、今日はお開きとなった流れだ。
玄関先で写野と別れ、深琴は帰路につく。結局掴みかけたものを引き寄せることはできなかった。家に帰ってから、じっくり考えよう。
そう思いながら歩いている時だった。17時を知らせる街のチャイムが空に溶け込むように響く。
空はまだ青いというのに、その音色を聴くと、自ずと夕焼けが脳裏に浮かぶ。
『…そうか。そういうことか』
今、ようやく理解した。掴んで引き寄せられなかった確信を、深琴はこの瞬間、自分の中に落とし込むことができた。
でもそこに喜びはなかった。あるのは、困惑と薄い線のような絶望。
なぜならその確信が事実なのだとすれば、これまで深琴が向き合ってきた音楽を否定しかねないからだ。
深琴はゆっくりと流れるチャイムが完全に空に溶けてなくなった後も、しばらく途方に暮れながら立ち尽くした。
再び動き出すきっかけをくれたのは、ポケットで振動するスマホだった。命か、いや誰からの着信だった。
億劫さを感じつつも、深琴はスマホを取り出し、名前を確認する。
スマホの画面に映し出された名前は、日々夜奏。現代のアイドルVtuberの先頭を走るその人だった。
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