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File No.17

 三河鳴(みかわめい)との初顔合わせを終え、再び日常に回帰した翌日、月曜日。


 今日からまた学校が始まる。ところが深琴(みこと)は、週明けの億劫さなど忘れて、思考に没頭していた。


 昨日三河が話していた、File:0の動画を制作しなおす件について——ではない。


 そもそも三河は多忙なイラストレーターであり、直近の仕事が終わるまでは着手できないらしい。


 そのため今深琴が夢中になっているのは、当然新しい楽曲制作についてだ。


 登校中も授業中もそればかり考えていた。


 深琴は人のようなAIである命という新しい可能性を手に入れた。彼女の歌は人のような響きを持ちながら、その中核はメカニクスで、歌声も生成される詩も、最適なものが出力される。


 彼女がいれば、深琴は自分の理想の音楽に大いに近づくことができる——最初の1曲を作った段階ではそう思っていた。


 だが今はこれまでとは全く逆の意味で足踏みをさせられていた。


 要はあまりの可能性の広さに、持て余し気味になっているのだ。色々なアイデアがよぎり過ぎて、どこから手をつけるべきか決めあぐねている。


「——と」


 色々と段階を飛ばして、想像だけが膨らんでいる感覚——これは一度方向性から考えるべきだろう。


「ちょっと深琴ってば。聞いてる?」


 思考が一度収束したところで、ようやく深琴は外界から聞こえてくる声に気がついた。


 顔を上げると、深琴の席の前には花音(かのん)がぷくっと頬を膨らませながらこちらを睨みつけていた。


『なんだ、花音か。もちろん、何も聞いていなかった』


「なんでそこで開き直るかな…というか、いくらなんでも心ここにあらず過ぎない? どうしちゃったの、今日はそういう日なの?」


『…ん? どういう意味だ?』


 深琴が首を傾げると、花音は視線を別の方に向けて促した。


 そこには離れた席からでもわかるほどに、心ここに在らずといった様子で、肩肘ついた手のひらに顎を乗せる氷上の姿があった。


「何を話しても応えが上の空というか…」


『まぁ、そういうこともあるだろ』


「もしかしたら、私のせいかもしれないの」


 花音は不安であわあわとしながら、助けを求めるような視線を向けてくる。


『…何か氷上にしたのか?』


 たとえそれを言われても、氷上との関係値が特に高いわけではない深琴にはどうしようもないと思うが。


「…昨日の夜、深琴の音楽動画のチャンネル教えたの…あっ、そういえばあの新しい動画に出てた女の子は何なのっ? メッセージ送っても無視するし」


 話の路線が急に変わった。花音が机を乗り越えて詰め寄ってくる。そういえば、色々と説明をするのが面倒くさくて、花音からのメッセージを見てみぬふりしていたっけ。すっかり忘れていた。


『色々事情があるんだよ…というか、今はそんなことを説明している場合じゃないだろう』


「うっ…それは…」


 花音がちらりと横目で氷上の方を見る。追求したい気持ちが前面に出つつも、今は目の前の問題の方が優先と渋々身を引いた。


 とはいえ深琴にしてみれば、面倒に変わりはない。詰まるところ、氷上の様子が変なのは、深琴が投稿した音楽を聞いたせいかもしれないと花音は思っているのだ。


『まぁ、僕なんかの曲を聞いたところで、あいつは何とも思わなさそうだけど』


「…でも深琴ってば、いおちゃんに嫌われてるでしょ? もしかしたらそれでご機嫌斜めになったのかも」


『そんなわけあるか。というか、僕は嫌われてるのか…』


 そういう気はしなくもなかったが、第三者の客観的視点から指摘されると、ちょっとだけ心に来るものがある。


『それで…まさか僕に何とかしろとか言うんじゃないだろうな?』


「深琴が謝れば、機嫌もよくなるかもしれないじゃない」


 深琴は思わずため息を吐いた。それこそあり得ない話だ。余計に拗れる未来しか見えない。


 でもそれを言ったところで花音は納得しないだろう。隣でいつまでも騒がられるよりも、サクッと無意味であることを証明した方が早い。


 深琴は再度息を吐いた後、席を立って氷上のもとへと近づいた。


 席の前に立つと、ぼうっとしていた氷上の視線がちらりとこちらを向いた。


『そういえば、この前のこと謝ってなかったと思って…悪かった』


「…あんたの曲、聴いたよ。まるで正解みたいな曲だった。あんたってすごいんだね」


 深琴もまるで心にない謝罪を口にして、自分でもどうかと思ったが、それを完全スルーする氷上も氷上だ。


『それは…えっと、馬鹿にしてるのか?』


 氷上のまるで感情のこもらない表面的な言葉に、思わず深琴はそう返してしまった。もちろん苛立ったとか、そういうわけではなく、単に自分と彼女の関係性を考えた時、皮肉なのではないかという推察が過ったからだ。


「あんたも…そう思うの?」


 てっきりさらに追加で嫌味の一つでも飛んでくるかと思ったが、氷上は一度強くこちらを睨みつけた後、失望したようにそんな言葉だけ溢した。


 あんたも、という言葉に深琴は視線だけで花音の方を見て確認してみるが、小首をかしげる花音を見るあたり、どうやら心当たりはないらしい。


 となると要因は花音でもなければ、深琴でもない。ただ言えることは、またしても氷上の地雷を踏み抜いてしまったということだ。


『うん、やっぱり僕には無理だな』


「うん、そうだね…やっぱり深琴に頼んだのは失敗だったよ」


 冷静に状況を判断した深琴と、妙に達観した花音の間で認識は合致した。もちろん分かってるなら最初から頼るなとは言いたくなるものの、地雷を踏み抜いてしまったことは言い逃れできない。


 結局その日も、出会った頃の再来と言わんばかりに、氷上に話しかけるものは花音含めいなかった。


 ただ前回と違うのは、周囲の男子生徒陣が、そんな氷上を見て”氷の伊織姫”と恍惚な表情で囁いていたところだ。


 妙なファンが出来上がってる…


◇====◇ ====◇ ====◇ ====◇


 最後のホームルームも終えて、深琴はノートや筆記類を鞄に詰め込むと、早々に帰宅するために席を立った。


「深琴っ! 一緒に帰ろうよ」


 イヤホンを耳に差して、適当なDTM音楽を再生しようとしたところで、花音に声をかけられた。


『…帰るって、お前は練習があるんじゃないのか?』


「今日は愛美と理緒がバイトの面接だから休み」


 花音はここ最近は毎日のように放課後はバンド練習をしていた。していなくても、バンドメンバーと常に一緒だったが、今日は二人が不在…昼休みの氷上の様子を考えると、なるほど一緒にいるのは気まずいということだろう。


 察した深琴は、あえて追求はせずに、下校の誘いを承諾した。昼休みのことは花音にも責任はあると考えてはいるものの、一応埋め合わせのつもりだ。


「はぁ〜、私も早くバイト見つけないと」


 下校中、ふと花音がスマホを操作しながら言った。既に校門も出て、薄桃色が揺らめく桜並木を抜け、学生がそれぞれの帰路についた頃だった。


『バイト始めるのか』


「うん、ライブハウスのチケット代稼がなきゃならないし、あとはマイマイクも欲しいしっ」


 花音は瞳に闘志を燃やしている。どうやら軽音部でバンドを結成して、思う存分青春を謳歌しているみたいだ。


「あっ、そうだ! 深琴もライブきてよ。もちろんチケットも買って」


『え、嫌だよ。ライブハウスなんて、絶対音酔いするし…』


 当然来てくれるよね、というテンションの花音を、深琴はバッサリと切り捨てた。


 ライブハウスなんて、学園祭ライブとは比にならないくらい音がダイレクトに掻き乱してくる。想像をしただけで、胸の奥から何かが迫り上がってくるような感覚があった。


「大丈夫だよ。私たちの演奏なら、気持ち悪くならないし、それ以外の時はどこかで休んでてもいいから」


 そう言って、花音はスマホを操作したあと、こちらにその画面を見せつけてきた。どうやらスタジオ練習をしている様子を撮影しているもののようだ。


『こんなものわざわざ記録してるのか?』


「だってこれも、青春の1ページだからね。それにもし私たちが有名になったら、きっとこれはお宝映像になるよ!」


 つくづく青春ポジティブ思考なことで…


 動画が再生されると、カメラの位置を花音が調整している後でキャッキャと他のメンバーがリアクションしている。氷上は少し呆れたように、ドラムは調子に乗って、ベースは少し恥ずかしそうに。


 やがて演奏が始まる。その瞬間、それまで別々の感情を抱いていたメンバーの音が、ぴたりと揃い、大きなうねりを作り出す。


 氷上の技術や、花音の歌は言わずもがな、リズム隊の連動もレベルが高いと言わざるを得ない。本当に結成して1週間と少しのバンドとはとても思えなかった。


 その中でも深琴が特に気になったのは——


『ドラムの主張が結構強いな。いや、悪い意味ではないんだけど』


「あはは、やっぱり深琴には分かるんだね。ドラムの愛美は、私よりもずっと体育会系で、中学の頃からドラムをやっていたらしいんだけど、サッカー部にもプレイヤーで入ってたんだって」


 なるほど、どうりに打音の一つ一つがパワフルで、しかもそれが粒立っている。きっと彼女には男顔負けの力と持久力が備わっているのだろう。


「まぁ時々主張し過ぎて、いおちゃんに怒られてるけど…たまにオリジナルのドラムソロとかフィルイン?っていうのを入れちゃうところもあるし」


 確かに動画を見てる限りでも、常に何かを狙っているような狩人の目をしながらドラムを叩いている。


「どう? ライブに来る気になった?」


 動画の再生が終わり、花音が期待に満ちた視線を向けながら近づいてくる。


『…はぁ、まぁ考えてはおくよ』


 とりあえずそうとだけ答えて、深琴は思考を先送りにした。


「やった! …でも、まだライブは先だけど、いおちゃんは大丈夫かな」


 花音はまるで欲しがっていたプレゼントをもらった無邪気の子供のような表情を浮かべたが、すぐに不安という翳りが差し込ませた。昼の表情のことを思い出しているのだろう。


『原因は僕でもお前でもなかったし、どうしようもないんじゃないか? まぁ、時間が経ったら戻るだろ』


「それならいいんだけど、でもそうじゃなかったら…」


 特に関係のない深琴は楽観的になれるが、やはり当事者である花音はそうは言ってられないようだ。


『でもどうしようもないだろ?』


「いや、きっと今のいおちゃんに何かしてあげらられるなら、それは私たちバンドメンバーだけだと思うんだ」


『それは、少し自分たちを高く見積り過ぎてるんじゃないか?』


 深琴は少し茶化すように言うが、花音の瞳は揺らがない。


「きっと何かできることはある。だって、それこそ青春でしょ?」


 何をいうかと思えばと、深琴は呆れて口をあんぐりとさせた。まさか最終的にいき着くところがそこなのか…流石というか、ここまでくると、少し怖いくらいだ。


『お前のその青春主義みたいなところ、ちょっと狂気的だよな…』


「なんでよっ! だって王道じゃん!悩めるメンバーの問題を、仲間が解決して…そうしていおりんは真の仲間になるの」


 花音は意気揚々と、だけどその芯には少し寂しさも込められているような気もした。


『王道…』


 一方で深琴の頭には、花音が発したその言葉が強く刺さっていた。花音と、王道…まさにありふれていて、だからこそ至らなかった閃きを感じ取ったのだ。


 悩み相談をされている中で、そんな思考に至る自分も、人のことは言えないなと思いながら。

よろしければ★★★★★★を入れて応援お願いします。

励みになってやる気が_(:3 」∠)_

ぐーんと伸びます!・:*+.\(( °ω° ))/.:+

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