表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/52

File No.12

 Vtuberとして歌いたい——


 曲を動画配信サイトにアップロードするくらいは想像していたが、まさか自分も表舞台に立ちたいとまで言い出すとは思わなかった。


 というより、逃亡の身である事情を踏まえれば、ネット上に存在を晒すのはリスクでしかない。その辺りを自覚して言っているのだろうか…どうもAIらしからぬ雰囲気に、もしかして本当に何も考えていないのではないかとも思ってしまう。


 ともあれあの曲の扱いを任せてしまった手前、即突っぱねるわけにもいかない。説得の末に、あくまで活動は様子を見ながら段階的に行なっていくという条件で認めることした。もちろん素性がバレないことを第一優先事項であることは変わりない。


 それにしたってちょっと甘くなってしまっているのでは、と自覚しつつも、どうやら今回の曲の出来に、深琴みこと自身も少々舞い上がってしまっているようだ。


 活動の第一段階は、ひとまずSmithのチャンネルで、動画としてのアップロードと、その動画にミコトを映すことだった。


 命には本来アバターみたいなものはなく、今の水色髪ギザ歯の少女姿も、ネット上で見つけたデザインを自分で3Dにしたものだという。


 いきなり配信したり動画で話すのは危険そうだが、今の姿で歌う様子を動画にするくらいなら、おそらく問題はないだろう。


 そう判断して動画を投稿してから数日が経った。今日は土曜日、深琴は相変わらず自室に引きこもっていた。


 これまでインストの曲しか制作してこなかった深琴に、新しい可能性が生まれた。AIの命による歌——しかもただ歌わせるわけじゃない。命に歌あり曲を作成する代わりとして出した要求が結果的に正解に働いてくれたのだ。


 今回制作した楽曲は、ただ命が歌った曲ではない。その歌がなぞる歌詞も、命が出来上がったメロディを聴いて作詞したものだ。


 AIによる作詞。一昔前にもチャットタイプのAIで似たようなことは流行ったが、その当時は取ってつけたような言葉を出力するだけで、おもしろネタ以上のコンテンツにはならなかった。


 しかし命は人のような感情を表現することができる。もしかしたら彼女であれば深琴の音楽を感性的に受け取り、そのメロディにとって正解といえる詩を生み出すことができるのではないか。


 深琴にとって素晴らしい音楽とは普遍であり不変であること。それでていて当然のように人の心を動かし、音の一つ一つが意味を持って並び、全体で完成されたものだ。


 言語化してみるとそれがどれだけ漠然としたものか分かる。深琴にとっても、理想の音楽は常に漠然と心の中で響いているだけなのだから。


 花音と氷上が路上で聴衆を沸かせたライブ。あれはきっと、あの瞬間においてまさしく正解であり、人の心を動かす生きた音楽だった。


 でも深琴が求めているのは一瞬のための感動じゃない。だからこそ、調子によって浮き沈みしたり感情が移り変わる人の声は不安定だと採用してこなかった。


 だからこそ命であれば、と思った。人のようなでありながら、その芯は決して揺るがないロジックで動いている彼女であれば、100%不純物なしの感情を表現できるのではないかと。


 人のような機械にしか表現できない音楽——曲が出来上がった時、これまでになかった手応えを感じた。自分の曲と、命がいれば、今よりずっと前に進める。


 既に次の曲の構想なんとなくできている。深琴はこの土日も充実した音楽漬けになることに喜びを感じながら、モニターと鍵盤へと向かった。


「マスター! 大変なのです、大変なのですぅ!」


 せっかく集中モードに入りかけていた意識が、文字通り横から飛び出してきて喜びを弾けさせる命によって突き飛ばされた。


『…おい』


 深琴のチョーカーデバイスは旧式で、出力される機械音声には、本来音の高低を細かく変えられる機能は搭載されていないのだが、集中の開始を邪魔されたことへの不快感が、機能の限界を突破して、すこぶる機嫌の悪そうな低音の声を再現させていた。


「ひっ、ごめんなさいなのです」


 深琴の剣幕に、命は気おされた猫のように体を飛び上がらせて、モニターの端に逃げていく。


 モニター端から顔半分だけ出して、プルプルと震えながら縮こまっている。


 その様子に段々と苛立ちが呆れに変わって、深琴は感情を押し出すようなため息を吐いた。


『…それで、何が大変なんだ?』


「えっと、その…マスターのチャンネルにダイレクトメッセージが届いているのです」


 命は以前モニター端に身を隠したままだ。そこまで怯えさせるほど凄んでしまったのだろうか。不快とは感じたが、既にそれは息に吐き出してしまったので、今の命の様子をみると若干罪悪感がある。


『はぁ…もう怒ってはいない。それより、ダイレクトメッセージって?』


 恐る恐るといった感じで画面端から出てきた命は、PCモニターにSmithのチャンネルのTOPページを開き、そこからユーザーページに遷移する。さらにそのページにあるアイコン横のポップアップメニューを立ち上げられたところで、深琴は端に隠されるように配置してあったDMという文字に気が付く。


 こんな機能があったのか…普段コメント付き保管場所としてしか利用していないから、チャンネルの機能にDMがあったことなんて知らなかった。


「ここに投稿したマスターとオレの曲についてのメッセージが届いているのです」


『あの動画に…? コメントじゃなくてダイレクトメッセージでって…嫌な予感しかしないんだけど』


 もしかして命を開発した研究機関とやらからのメッセージだろうか。いや、もしそうなら喜びはしないだろうから、もっと別の人物からのメッセージか。


 ともかく危ないものではないことに安堵しつつも、深琴はDMを開いた。


『…七夢鳴海ナナユメナルミ? 誰だろう。いや、どこかで聞いたことがあるような』


 どうやらこのDM機能は動画配信サイトのアカウント登録しているユーザーのみが使える機能らしい。深琴はメッセージの内容を確認する前に、この記憶への引っ掛かりを確かめるべく、七夢鳴海のアイコンをクリックした。


 アイコンはそのユーザーのチャンネルページにリンクされており、出てきたのはイラストレーター兼Vtuberとして動画投稿や配信活動している、登録者数50万人を超える有名なチャンネルだった。


 深琴はそのままブラウザを開いて、検索欄に名前を打ち込み調べる。


『めちゃくちゃ有名なイラストレーターの人だ。大手のVtuber事務所のキャラデザも担当してる』


 どうりで聞き覚えがあるはずだ。イラストレーターとしてだけではなく、本人もVtuberとしてインフルエンサーをしており、多くの企業とタイアップしたりしている。


 深琴も直接配信を見たことはないが、CMなどでその顔は見たことがあった。


 そんな人からなぜDMが…?


 深琴は息を呑みながら、送られてきたメッセージを開いた。


 長々と丁寧な挨拶と、自己紹介の後に続く内容は、最初に楽曲への賞賛だったが、本題はどうやら命のアバターについてだった。


 どうやら命のアバターに用いられているデザインが、七夢鳴海がかつて無名の頃に初めてデザインしたオリジナルキャラだという。


 その証拠と言わんばかりに、命の衣装に用いられている一部の模様が、七夢鳴海の過去デザインで一時期共通で用いられていたものだという画像も添付されていた。


「やっぱりマスターの音楽はすごいのです!まさかオレのこの姿をデザインした人にこんなに早くも届くなんて」


『呑気に喜んでいる場合か…これってつまり、デザインを盗用したあの動画を止めろって言いにきたんじゃないのか』


「いえ、そうではなさそうですよ?」


 いつの間にかウキウキ顔で出てきていた命に促されて、深琴はメッセージの続きを読んだ。


 てっきり途中まで読んで、あの動画を差し止めろと直談判しにきたのかと思ったが、続きを読んでみるとそうでもなさそうだった。


 そもそも現在の命のデザインは商業用のイラストでもないし、Smithの動画も収益化していない以上、命のアバターを動画で使うこと自体に問題はないらしい。


 それよりも向こうは命の存在にかなり関心を持っているようだった。どうしてかつての自分のデザインを用いているのか、これからも同じデザインで活動する予定はあるのか。


 最終的には、もし今後同じデザインで活動するなら、ぜひデザインのブラッシュアップをしたいという申し出によって締め括られていた。


「どうするのですか、マスター?」


 そう尋ねてくる割に、命の顔は分かりやすいくらいに期待に満ちていた。七夢鳴海は、命のアバターを破格なクオリティであると評価していたが、確かにここまで細かな感情表現ができるアバターは、Vtuberという文化が発祥し、その技術レベルが飛躍し続けている現代においても、高次元であることは確かだろう。


 相手は著名人で、ここで断ってもし余計な勘繰りを入れられでもしたら、今より面倒な事態になるかもしれない。


 そう思うと、深琴の選択肢としては一つしかなかった。

よろしければ★★★★★★を入れて応援お願いします。

励みになってやる気が_(:3 」∠)_

ぐーんと伸びます!・:*+.\(( °ω° ))/.:+

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ