File No.11
三河鳴は多忙な日々を送っていた。
「…先生、日々夜奏さんの新規衣装イラストの進捗の方は如何でしょうか? いやぁ、すみません。先生も収録などでお忙しいのに、急かすような真似をしてしまって」
「いえ、こちらこそギリギリまでこだわってしまって…ただもちろん納期には間に合わせますので!」
「ありがとうございます。それにしても…今回も素晴らしいデザインですよ! 日々夜さんもとても喜んでおられました」
ビデオ通話で繋げている担当の、気遣いとその中にある賞賛の声に、鳴はクタクタな笑みを浮かべた。
「それはよかったです。奏の新衣装はいつも描くのが楽しくなっちゃって…」
「いつもありがとうございます。でもどうかご体調にだけはお気をつけくださいね。ここ最近、かなりハードスケジュールとお聞きしていますので…」
「あはは…ご心配ありがとうございます。でも全然平気ですよ。好きでやっていることなので…それではまた進捗があり次第連絡しますね」
「はい、よろしくお願いします」
担当が最後にそう締め括ったタイミングで、失礼しますと鳴は通話を切った。
今日一日はずっと座りっぱなしの作業だったから、すっかり体がかちこちだ。PCをスリープモードにして、軽く身体を伸ばした後、すぐ近くにあったベッドへと身を投げた。
部屋は広いが、作業後すぐに眠れるように、デスクトベッドは近くに配置しているのだ。
「ふぅ〜疲れたぁ〜…」
大きく息を吐きながら、脱力する。先ほどまで人と話したり、絵を描いたりとしていたせいか、まだ脳は覚醒状態だ。体はへとへとなのに、不思議と眠くはない。
うつ伏せだった身体を転がして、仰向けになり握っていたスマホを起動させる。まずはSNSでエゴサーチの時間だ。
鳴はイラストレーターであると同時に、自分でデザインしたキャラクター”七夢鳴海”として、主に動画配信サービスで活動もしている。
自分の活動名で検索をかけると、直近の配信に関するコメントやキャラクターのファンアートが大量に並ぶ。SNSのフォロワーは先日50万人を超えた。イラストレーターで個人のVtuberとしては順調といえるだろう。
鳴は自分のキャラクターのファンアートを見て、いくつかのイラストにハートをつけた後、今度は動画配信アプリを開く。このアプリには1分以内の動画を連続で再生してくれる機能があり、それを適当に流しながら眠くなるまでの時間を潰していく。
自分でも無為とわかっていてもやめられないそうした時間をしばらく過ごしていると、不意にスマホの画面にチャットアプリのメッセージ通知が届いた。イラストレーター兼、鳴と同じくVtuberとして活動している知り合いからだった。
「こんな時間に珍しいな…ゲームかな。いや、向こうも確か今はバンドアイドルのキャラデザやってたはず…」
どのみち今日は何かに付き合えるほどの気力はない。しかし流石に無視するわけにもいかないので、気まずさを抱えながら鳴は重くなった親指でメッセージアプリを立ち上げた。
”これって鳴海がデザインした新しい子?”
鳴はゲームの誘いの連絡ではないことに安堵しつつも、メッセージ内容自体には首を傾げてしまう。鳴はVtuberが活動で使うモーション可能な2Dキャラクターの制作も請け負っている。
しかし直近で新しいキャラクター制作の依頼は受けていない。今は大手事務所で活躍しているVtuberであり、鳴が手がけた日々夜奏というキャラクターの新衣装の制作がメインとなっていて、新しい依頼なんてとてもじゃないけど受けられる状況じゃない。
そもそもモーション可能な2Dキャラクターの制作は手間がかかる。Vtuberの動きに合わせてキャラクターを動かすには、イラストを多くのパーツに分け、様々なパターンでレイヤー分けし、モーフィングさせたり、アニメーションさせる必要がある。
滑らかに動かせるようにするには、それだけ多くのイラストパターンを描かなければならないので、制作コストも時間も多くなる。
しかも鳴は自分でもかなりこだわりが強い方なので、単発イラストなどの依頼ならともかく、2Dキャラクターの制作の掛け持ちはしていない。
だからメッセージの返信の内容はNoなのだが、鳴がそのメッセージを打ち込む前に、今度はURLだけが追加で送られてきた。どうやら鳴の活動拠点でもある動画配信サイトのページリンクのようだ。
「…なに、これ」
リンクの先は最近アップロードされたと思われる動画だった。タイトルは”File:0【Original Song】”というあまりに無機質で簡素なものである。
ただタイトルはさほど気にならなかった。それよりも動画のサムネイルのインパクトの方が強かったからだ。いや、サムネイル自体に目立った要素はない。むしろこちらも簡素と言えば簡素だ。背景は真っ黒、文字はなし、真ん中に上半身だけのキャラクターが置かれているだけのサムネイル。
毎秒新しい動画が常に供給されるような、現代のコンテンツ飽和環境において、ファーストインプレッション——即ちサムネイルは重要な要素だ。素材の配置、文字の大きさ、全体の色彩。むしろ今は動画本編よりもよっぽどトレンドを意識して、作り込む必要があるほどだ。
それなのに黒背景にキャラクター素材だけを置く、あまりに意欲を感じない構図。これでは動画の内容が全く予測もできないし、興味も惹かれない。一応タイトルでオリジナルソングだということは辛うじて分かるくらいだ。
普通なら見向きもしない。でも鳴にとってはそうじゃなかった。サムネイルに使われている3Dキャラクターにひどく見覚えがあったからだ。
白に近い淡い水色の髪に、青色のメッシュ。その髪色に合わせたデザインのパーカー。極め付けは、左右色の違うオッドアイとその瞳の虹彩に描かれた幾何学模様、そしてギザ歯。
鳴の好きな要素をこれでもかと詰め込んだ渋滞したデザイン。今見ると全く洗練されていないコンセプトに胸焼けを起こしそうだ。
「間違いない。私のキャラデザだ…しかもこれって…」
共通点があるとか、オマージュとかのレベルじゃない。明らかに、そのキャラクターのデザインは、かつて鳴がまだ無名で趣味で絵描きをしていた頃に初めてデザインし、イラスト投稿サイトに初投稿したオリジナルキャラクターそのものだった。
イラストではなく3Dモデルとして作り直されているが、見間違いではない。瞳の虹彩の幾何学模様もそのままだし、何よりパーカーのデザインの柄の中に、当時自分のサイン代わりとして、オリジナルキャラクターに入れていた共通のシンボルである雷マークを見つけた。
「どういうつもり…?」
昔の絵描きとしてのアカウントは一応残っているにはいるが、該当のキャラクターデザインのイラストは削除している。多分、それでもSNSにも投稿していたから、画像検索をすれば後の方にはきっと出てくるだろう。
盗作という言葉が脳裏によぎるが、それにしたってチョイスがあまりに渋すぎる。そもそも商業用に描いたものでもないし、元の絵のデータも残していないから、盗作だと証明するのは現時点では難しい。
それに直近のイラストを盗作されるとか、昨今話題となっているAIイラストの学習に使われるのではなく、一番最初に描いたオリジナルキャラクターを3Dモデルにアップデートされた。これでは盗まれたという感覚よりも、もはやここまでして自分の最初のデザインを蘇らせてくれた熱意に感激する。
「しかも、よく見るとめちゃくちゃクオリティ高いし…一体誰が、どうして」
ファンの子だろうか? いや、これだけクオリティは明らかにプロレベル。それだったら業界にいる自分が知らされないわけがない。
鳴は動画投稿者を見る。Smithという名前にも見覚えはやっぱりない。ここまでの3Dモデルを作られると、個人的にどのような動画内容なのか気になってきた。
鳴は期待と、どこか不安も感じつつ、再生ボタンをタップした。
瞬間、鳴は宇宙に呑み込まれた。
疲労によって脳に毒素が溜まっている感覚。それが一瞬で消え去って、思考もクリアになって、動画から生まれる音楽の音の一つ一つが浮かんで、繋がって、刻まれていく。
そして自分がデザインしたキャラクターの口が開いた。その歌声は澄み切った思考に真っ直ぐな杭が打ち付けられるような響きを持っていた。
機械的な声——でもボーカロイドじゃない。人の声音の美しさも間違いなく宿していて、それなのに汚れを全く感じない歌だ。機械的だと思ってしまったのは、それだけ人間離れしているからだろう。
鳴は別に歌や音楽に詳しいわけじゃない。それでも鳴とてクリエイターの1人、仕事のつながりで歌手とも知り合いになる機会もあったし、ライブにだって何度も招待されたことがある。
ライブでは特にその場の盛り上がりとか、そういう熱を歌に乗せて表現する場合がある。それもまたライブに一体感を生んで、かけがえのない体験となるのは確かだ。
でもこの曲は、その対極で洗練されている感じだ。音の流れ、歌詞に込められた感情を、まるで混じり気なく歌で表現している。一切の不純物のない真水のような音楽。
「すごい…」
音楽の向こう側に、確固たる意志とこだわりを感じる。鳴も長らくクリエイターとして活動しているが、あくまで自分とは違う創作畑でここまでのこだわりを肌で感じたのは初めてだった。
Smith…一体どんな人なのだろう。どうして自分が初めて作ったキャラクターで歌っているのだろう。
鳴の指は半ば無意識に、Smithのチャンネルにあるダイレクトメッセージを開いていた。
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