第零話
人間が嫌いだ。
我を迷いなく殺してくる。
たちまち火の手が燃え上がり人々を襲う。
その一方、日本刀をかついだ侍が我を囲むと鞘から刀を
抜く。逃げ場を失った我に対して、こう告げた。
「人間と物の怪は友達? 馬鹿にも程がある」
「其方を傷つけたくないのだ。 話し──」
「合う気ない。 物の怪を今ここで殺す」
侍が言葉を遮るように声を荒げる。
どこの誰よりも人間の死を目の当たりした我は、自らの手で周囲にいる侍を殺めた。人間とは、目障りで如く
如く愚かな生き物だ。
「薫──ッ⁉︎」
彼女の事を思い出した直後、激しい痛みを覚える。
脇腹の方から、ぽたぽたと流れ落ちる漆黒の血。周囲を
見渡すと短銃を握ったまま倒れている侍に気付いた。
時間がない。
我は、彼女が住んでいた屋敷へ向かった。何度も
何度も、よろめきながら脇腹をおさえて辿り着いた
屋敷。
そこで足が止まる。瓦礫のように崩れる骨組みに次々と燃え広がっていく炎。彼女の声が微かに聞こえた。
助けて──と囁いているかのように。
「薫…薫……どこにおる⁉︎」
「貴方…気付いて……ここよ」
窓越しに見えた女性の左手。
彼女に間違いないのだが万が一、物が降り落ち当たれば無事でいられる保証がない。彼女がいる窓をすぐに突き破り駆け寄る。
まだ息がある、そう思い背中に担ごうとしたとき。
「私を…置いて…幸せに……なって…ね」
「薫、もう喋らんでいい。 命を代えてもお前を──」
手足が冷たくなり身体が軽くなる。名前を何度も呼ぶが返答しない。ゆっくり彼女を下ろすと優しく抱えて泣き叫んだ。