魔王封印
「勇者よ!よくぞここまで来た!」
魔王城 謁見の間。
玉座で待ち構えていた魔王コラプスが、地を這うような声で高笑いしていた。
「魔王コラプス!ワシらが来たからには覚悟せい!年貢の納め時じゃ!」
戦士ラベンド・リラが、勇ましく啖呵を切る。
「威勢のいい事よ!貴様らこそここで散るが良い!」
「……」
そう言いながらコラプスが放った黒い炎を、勇者、リゲル・エストレラの金色の炎が迎え、覆い尽くす。
黒い炎は勢いを無くし、金色の炎の中で消えていった。
リゲルの放つ"魔除けの聖火"の前では、どんな魔物も魔法も燃やし尽くされるのだ。
「ふむ、火では駄目か」
「火だろうが何だろうが通さねぇよ」
「回復はお任せを!」
僧侶、カルディア・アインハルトが両手を組んで祈ると、仲間達の体を自動的に傷を癒す緑色の光が覆う。
「さてさてワシも負けてられんのう!」
ラベンドが斧を振りかぶる。
振り下ろした斧は簡単にコラプスの片手で受けられる。
しかし、すぐにその手から青色の血が滴り始めた。
ミシ、ミシ、と、肉を裂く音を立てながら、斧はコラプスの手にめり込んでいく。
「ぐ……」
直後、聖火を纏った剣が、コラプスの首を狙う。
もう片方の手でその剣を取った魔王を聖火が包み込む。
「観念しろ!魔王!」
「……ナメ腐りおる」
次の瞬間、ラベンドとリゲルが弾き飛ばされ、後方で祈り続けていたカルディアと詠唱していた魔術師、マイカ・ドローイングにぶつかって一緒に壁まで吹き飛んでいった。
「いたた〜……」
「ふ、不覚……」
ラベンドとリゲルを退けて立ち上がったカルディアとマイカが見たのは、玉座の上の黒光りする塊だった。
「あれって、魔王?」
黒光りする塊に見えたものが、金属のような材質の翼で体を覆ったコラプスである事が分かったのは、そのすぐ後の事だった。
翼を開き、中から姿を現すと、コラプスは玉座から立ち上がり、黒く渦巻く闇の塊をいくつも生み出し始める。
「えいっ」
マイカが一面に炎が描かれた紙を丸めて投げると、コラプスの足元に落ちた紙は元通りに広がりシワ一つない平面に戻った。
「ドカン!」
マイカが叫ぶと、紙に描かれた炎がまるで本物のように光を放ち、そこからすさまじい爆炎が生み出される。
とっさにカルディアが祈り、仲間達を緑色の光の防壁で守った。
謁見の間は、炎の海と化した。
しかし、炎の中から何食わぬ顔でぬっと現れた魔王に、リゲル達は焦った。
「そんな!?さっきの側近はこれで一発だったのに……!」
「やはり俺の炎でなければ……」
防壁の中から魔除けの聖火を放つリゲルだったが、コラプスが焼ける様子は無かった。
「効かぬ効かぬ効かぬわぁー!」
コラプスが防壁を叩き割る。
「ならば!聖槍の一閃!」
カルディアの背中から鞭のようにうねる光の筋が無数に伸び、コラプスの体を刺し貫くと、そこからコラプスの体が焼け爛れ始めた。
「ぐおおおお!」
「今です!勇者様!ラベンド!魔王の首を!」
再び、リゲルの剣が聖火を纏う。
「はああああああっ!」
ラベンドの斧がうなりを上げる。
「うおおおおおお!」
魔王がどうにか振り上げた腕をラベンドが刈り取り、その首をリゲルの剣が捉えた。
そして、魔王の首はリゲルの聖火と剣によって断たれた。
少しの間、勇者一行は放心状態になっていた。
「勝った……のか……?」
「勝ちましたわ……」
「私達勝ったんだよ!リゲル!」
四人はわっと喜びの声を上げた。
「勝った……!ついに魔王を……倒したんじゃ!」
「ーっ!勇者様!後ろを!」
カルディアが叫び、リゲルが振り返ると、切り離された首から体に向けて青色の肉が伸び、くっつこうとしていた。
「うわっ!何だ!?」
くっついた肉を素早く断ち、首と体の距離を離すべくコラプスの首を持ち上げるリゲルだったが、首は磁石のように体へ引き寄せられ、思うように距離を離せなかった。
「魔王を封印致します!勇者様、一度その首を離して下さい!」
カルディアの言葉に、リゲルが首を離すと、首は吸い込まれるように体に飛んでいき、元の位置にくっついた。
そして傷口を塞ぎながら再び動き出さんとした瞬間、緑色の光に包まれて石化した。
そして、動かなくなった。
「なんて恐ろしい奴……あと一瞬でも遅ければ魔力を練り直されておりましたわ……」
「だけど、今度こそ……」
「勝った!」
和やかな雰囲気の中、勇者一行は帰路についた。
「これでようやく、世界が平和になるよな?」
「帰ったら何する?」
「コツコツ畑仕事でもするかな」
「鍛錬を続けるに決まっておろう」
「私も今まで通り使命を果たし続けますわ」
「私はね、ドカーンをもっと強くする!」
「そんなもん何に使う事があるのじゃ?」
「だって悔しいんだもん!」
笑い合う勇者一行。
その目の前に、チリ、と空間が歪むような揺らぎが生まれた。
その揺らぎは陽炎のように縦に広がる。
「!?」
「今度は何だ?」
身構える勇者一行。
揺らぎの向こうから、カーテンをかき分けるようにして、一人の少女が現れた。
彼らにとって見慣れない珍妙な格好の少女はどこか妖精のようで、その手には同じく珍妙なデザインの魔法の杖らしきものを持っているのを見て、少女が魔術師である事に彼らは気付いた。
「勇者リゲル・エストレラ様ですね?」
少女は、そう問いかけた。
「その通りだが、お前は何者だ?」
「私はオリヒメ・エストレラ。あなたの子孫です」
「は?」
「時間渡りの技術が確立された500年後の未来から来ました。私達の時代では魔王の封印が解けかけた事をきっかけにその復活を望む者達によって多くの争いが生まれ……手短に言うと、500年後の未来で魔王が復活しました。リゲル様、どうかお力添えをお願いいたします」
オリヒメが頭を下げると同時に、彼らの周囲の空間一面が歪み、彼ら全員が真っ白に輝く奈落の底に落とされていった。
「という訳で、突然で申し訳ありませんが、私と一緒に500年後の世界へ来て頂きます!」
「えええええええ!?」
宙を舞いながら、勇者一行は驚愕の声を上げた。