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第08話「心の交差点」

―― サンクレア寺院 女王の戴冠式

サンクレア寺院では女王の戴冠式が行われていた。参列者は新たなに王となるアデリーナの姿をみて口々にささやいた。

「女王陛下、立派なお姿。」

「この国難の時によく決断された。」

「アデリーナ様をデプリヴンが狙っているという噂もあるが大丈夫なのか。」

「我々がお守りするしかあるまい。」

アデリーナがサンクレアに戻り、最初におこなったことは王位継承を宣言したことだった。兄が戻らないのであればそれまでの間、仮で自分が王となりこの国難を乗り越えるという意志表示であった。

貴族院も宰相も、その他の誰もがそれを拒否する理由はなかった。もともと王が亡くなるか退位をした場合に次に王となるものはその王位継承順位により自動で決まることがほとんどだ。長子相続制度であるため、本来ならば兄のフレデリック王子がその対象者だが現在は行方不明。誰も王位を継承しないままという通常では起こりえない不測の事態であった。そして、本来なら王子を除けば次の継承順位となるアデリーナが王に即位して国を治めるのが筋なのだった。

アデリーナは王冠や王室のローブ、宝石などを身につけて式に臨んでいた。彼女の希望により、それは通常のものとは比べ物にならないほど質素なものになった。この国難の時期に豪華な戴冠式をやる意味はないと言い出したのも彼女だった。

戴冠式は粛々と進み、大司教がアデリーナ女王の頭上に王冠を戴かせ、剣を授与する。それからアデリーナは参列者に向き直りゆっくりと、そして力強く宣誓を行った。

「私は、私の全力で、サンクレア国と人々を守り、その繁栄を促進し、法と正義を維持することを誓います。」

その様子をリリーは参列者の一人として見守っていた。それはいままでみてきたアデリーナのどの姿よりも美しく、そして力に溢れていた。きっと彼女ならこの国、人々を守ることができるのだろうと感じられた。彼女はやるべきことをはっきりと見据え、そこに向かって歩み続ける決断をしたのだ。

リリーはそのようなアデリーナの姿をみて羨ましかった。

(どうしてアデリーナはそれほど心が強いのだろうか。それに対して私は一体なんのためにここにいるのだろう…。)

その疑問については簡単に満足をえられるような答えを見つけられそうにはなかった。


戴冠式の後、本来であれば日中にパレードが執り行われるはずだったがアデリーナの希望で無くなった。衛兵の負傷も激しく、パレードをする余裕がないという実情もあった。だが、夜の祝賀会は厳かに行われることとなった。規模は通常よりも縮小された。それでも国中から招かれた賓客たちは、優雅なドレスやタキシード姿でこの歴史的な瞬間を祝っていた。

宮廷楽団が奏でる美しいメロディが、庭園に響き渡り、人々は舞踏に身を委ねていた。アデリーナは美しいガウンを羽織り、祝賀の中にいた。

ガリアーノ宰相はとなりにいたブラックスに話しかけた。

「新しい時代の幕開けですな。この国難を乗り切る気運が高まればよいが。」

ブラックスは頷きながらこたえた。

「しかし戴冠式は素晴らしかった。まさかアデリーナ様が国境から戻ってくることになるだなんて思いませんでした。そして王位継承を決意された。彼女の決意に私は感銘を受けています。」

ブラックスは感極まった様子だった。彼の王への忠誠心は広く知られるところであった。

だがガリアーノ宰相は眉を顰め、口元を固くして言った。

「これが裏目にでなければいいが。もし何かあったときに貴族委員の連中が何をはじめるか…。」

「そうだな、あの連中は…。まぁ今日はそんな酒のまずくなる話は無しにしよう。」

二人の話し合いをだまってきいていたケイデンは浮かない顔をしていた。ブラックスはその様子をみてからかって言った。「どうしたんだ。またトイレが壊れでもしたのか?」

ケイデンはからかいに応じることなく、ため息混じりに言った。

「侍女長のドーリーがサンクレアを離れ、隣国のレイシア国に移住するというのです。彼女はもともとレイシア出身ですし、彼女の息子や娘もそちらに住んでいるのです。その娘が病気がちで看病しなくてはならなくなったそうで。」

ブラックスは眉をひそめた。

「なんと。アデリーナ様をここまで育ててくれたのは彼女だろう。若くして母であるレジーナ様をなくされた悲しみから立ち直れたのも彼女のおかげだ。今回の事は堪えるかもしれんな。」

「困りましたよ。早ければ明日には出発するというのですから。アデリーナ様にお伝えしないわけにもいかず・・。」

ケイデンはいいながら、新女王の様子に視線をむけた。多くの貴族委員たちの挨拶に答え、あるいは歓談している様子が見てとれた。その姿はとても凛として、気品の感じられるものであった。ケイデンはぽつりといった。

「祝賀会が終わったら伝えようと思います。」

「まぁ、そういうのはお前の役目だな。」

ブラックスはグラスにワインを注ぎ、ケイデンに無言で差しだした。それからケイデンは思い出したように言った。

「ところで、ブラックス。女王様の警備はどうするのですか?特に夜です。衛兵を外においておくだけでは心配ですね、この間のこともありますから。」

「そこは私がお守りしますよ!」

ケイデン「ブラックス。気持ちは十分わかりますが、これは室内の警備の話です…。」

ブラックスは少し照れた後、ひたすら食べ物をほおばっているリリーに目を向けて言った。「いや、あの子にお願いするとしよう。」


――― 翌日の早朝

ようやく日が昇り始めた薄暗い刻。ドーリーは宮廷の門前に立つと宮廷内の様子をゆっくりと見渡した。彼女を見送るために、女王となったアデリーナ、リリー、お世話になった侍女たちが集まっていた。ドーリーはみなの顔ぶれをみてひとしきり声をかけ、それからアデリーナに言った。

「申し訳ありません、女王陛下。このようなときにサンクレア国からはなれることをお許しください。」

アデリーナはいつもと変わらぬ様子であった。

「喫緊とした事情があるのだから仕方がありません。どうかご家族とともに幸せにお過ごしください。」

ドーリーはその言葉をきき、顔をしわくちゃにして涙ぐんだ。

「立派になられた。本当に。そのような姿を最後に拝見することができ、私は大変感激しております。いつまでもサンクレア国のことを、女王陛下のことを思っております。どうかお元気で、またお目にかかれる日を楽しみにしております。」

アデリーナは笑顔で彼女を見送った。彼女の姿がみえなくなるまで全ての者がその姿を見守っていた。

リリーは動揺を隠せずにいた。はじめにここに来た時にあらゆる面で世話をしてくれたのがドーリーだった。彼女のおかげで様々な事を知り、あるいは思い出し、今日ここにいるのだ。胸の内に穴があき、つめたい風が通り過ぎていくようだった。そしてアデリーナが笑顔で見送っているのが印象的だった。

(やっぱり、アデリーナは私とは違う。とても強い心を持っているんだ・・・)


その日の夜、リリーの部屋を訪ねる者がいた。ちょうど明かりを消して寝ようとしたところだった。コンコンと部屋をノックする音がきこえた。扉を開けるとそこにはアデリーナがいた。

「女王様?」

そういうとアデリーナは少し怒ったように言った。「アディ、でしょ?」

リリーは謝った。「ごめん。」

それからアデリーナは何も言わずリリーのベッドにもぐりこんだ。

「どうしたの?アディ?」

「今日はここで寝ることにするの。」

「どうして?」

リリーの問いに対してアデリーナは何も答えなかった。

アデリーナは丸まるように毛布をかぶり、窓際で横になり動かなかった。リリーはしばらくどうしたものかと思いその様子をじっと見ていた。それから諦めたように彼女の隣に横になり、仰向けになったまま天井を眺めていた。ただ静かな時だけが流れていた。ふと窓の外に目をやった。深い青色の空に美しい星々が瞬いていた。


――― 宮廷内の庭園にて

リリーは宮廷内にある庭園を一人で歩いていた。庭園の中にいると、まるで国がデプリヴンの脅威にさらされていることなど忘れてしまいそうなくらいに穏やかな気持ちになれた。しかし今日の空は厚い雲で覆われどんよりとして薄暗かった。中央には噴水があり、その周辺にはいくつもの植栽がされている。しかしその管理が行き届いているとはいいがいたい状況だった。雑草は生えわたり、いくつかの植栽は色が茶色や黒に変色しているようだった。おそらく多くの職員は傷ついた兵士たちの看病や諸手続きのことで手がいっぱいで、このようなところまで気が回らないのだろう。それは当然のことだ。

ひとしきり歩いて回った後、噴水の傍でベンチに腰を掛けてひとりぼんやりとしていた。

記憶はほとんど思い出すことができないでいた。どのようなところにいて、どのようなところで生活をしていたのか。それからどのような経緯でミスティック・オベリスクにいたのか。どれくらいそこにいたのか。

(一体自分は何者なのだろう…)

しかし、答えは簡単に出るものではなかった。


しばらくして草むらの奥に誰かがいて、何か作業をおこなっていることに気が付いた。ケイデンだった。リリーが何をしているのか尋ねるとケイデンはおおきな鋏を動かしてみせた。「ここしばらく様子をみていませんでしたから。私もここは大好きなのですが、人手が足りなくてね。職務の合間、気晴らしにここへやってきて手入れをしているところです。」

ケイデンは言った後、これも職務なんですがね、と付け加えて笑ってみせた。

リリーはその様子をよく見るために草むらに立ち入ろうとした。すぐに足元に痛みを感じた。気が付くと足元が小さな傷ができ、血が滲んでいた。

「そのあたりはバラが植わっていますからね、気を付けてくださいよ。」

リリーが足元の植物を子細に観察した。いくつかの大きな木々は葉が黒ずんで、枯れているようにみえた。花も咲いてはいなかった。枝からは鋭い棘がいくつも出ており、まるで周囲に対して威嚇しているようだった。どうしてこのように枝から棘がでているのか不思議だった。

「そのへんのバラはもうダメだね。後で切っておくよ。また別のものを植えないといけない。バラの中ではそれでも長寿なんだけど最近は手入れもされてなくてね、持って15~20年くらいかな。それ以上のものもあるようだけれども見たことはないね。」

リリーはじっとそのバラを見つめた。ほとんどの枝は茶色に変色していた。

「もし欲しいならもっていってもいいよ、あっちに鉢がたくさん置いてあるだろう。まぁ、いらないか、もう枯れてしまうから。新しい苗も来週届くはずだよ。」

ケイデンの提案にリリーは首を振ってこたえた。

その時誰かの視線を感じ、周囲を見渡した。間違いなく誰かが自分を見ていたようだった。ひとしきり確認はしたが周囲には人影が見当たらなかった。


――― 某所にて

そこは比較的広い部屋だった。大きな窓がいくつかついていたがカーテンがかかっており、部屋内部はいくぶん暗かった。本棚やデスク、チェアなどの家財が一式そろって配置されており、つやのある大きな絨毯が敷かれていた。おそらくもとは誰かが生活するために使っていた部屋なのだろう。しかし、今は別の目的で利用されるようになったようだった。

椅子には一人の男が座っていた。

「しかし、このような場所に潜んでいて大丈夫ですか。モランさん」

モランと呼ばれた男はカーテンの隙間から遠くをじっと見つめていた。モランは答えて言った。

「バーナード。ここで大きな手柄をとるしかないだろう。やらなければ俺たちは一生、下層の辺境の地で国境を守るだけの一生だ。」

モランはバーナードを咎めるようにしていった。

彼らは小さな人型のデプリヴンを殺したために近衛騎士団長から叱責を受け、引き続き国境警備隊の配属となっていたのだった。そのことを思い出し、モランは悪態づいた。

「クソッ。何の評価もされないとはやり切れないな。近衛騎士団のブラックスもおかしな奴だ。忠誠心の厚い、国一の剣技の腕前として名声も高いのだろうが俺たちのことなんて顎で使えればよいとさえ思っているだろう。」

モランは外の景色を見た。中央に見える庭園に若い女と身なりのよい男が話し合っているのがみえた。男はおそらく貴族院のケイデンだろう。もう一人の女は帽子をかぶっていてよく分からなかった。服装からして近衛騎士団に属する者であるようだった。よくみていると、ちらりと見える顔つきはどこかでみたことがあった。しかし思い出すことができずにいた。

「モラン。そもそも、きみの考え方は根本から間違っている」奥で声がした。青髪の青年は二人の会話を中断させ、宣言するように言った。

「まず己の手柄を第一に考えていることが間違っている。兵士の心得としてそのようにあるべきではない。」

モランは頭を掻いた。眉をひそめ、下から覗き込むように青髪の青年に質問をした。

「といいますと?」

「まずは国のために考える、王のことを考えるべきなのだ。すべては国のため。自分の事などどうでもよいことではないか。君たちがわかっていないところだ。」

モランもバーナードも黙り込んだ。この男に対して口答えするつもりはないようだった。

「その証拠に君には慕ってくれる部下がいないではないか。君の周りを見てみなさい。間違っていなければ人は君についてくる。間違っているから誰も近くには寄りたがらない。そこのバーナードだってもはや君の部下ではない。」

モランはバーナードに顔を向けた。バーナードは我関せずという表情をしていた。

「どういうことだ、バーナード?」

バーナードはやれやれと言わんばかりに手を広げ、それからモランの問いに答えた。

「私はあなたの上司としての器量のなさにうんざりしているのです。もうあなたとはやっていけない、それをホワイト卿と話しておりました。」

「なんだ、お前どういうつもりだ?おかしくなっちまったのか?」

「おかしいのはあなたの方ですよ。」

バーナードはモランの顔に視線をあわせることもなく言った。冷たい水の入ったティーカップに口をつけ一口飲んだ。

青髪の男が続けて言った。「もう君はここにいるべきではない。この意味が分かりますか?」その声色はひどく威圧するものだった。重大な決断が今すぐに下されようとしているようだった。


――― 議会にて

王女は議会にてスピーチを行った。

近衛騎士団を含む軍に対して、デプリヴンの討伐を行うことの他にもその発生原因究明への手がかりを掴んでほしいとお願いをした。原因の追究とその対策を行うためであった。そして、彼女が次にお願いしたのが人々を守るための対策をあらゆる角度から検討してほしいということだった。もしこれ以上デプリヴンで溢れ、国が立ち行かなくなった時にどうするのか、ということもそこには含まれていた。

彼女の発言に議員たちは口々に話し合い、議論をおこなった。

「これ以上デプリヴンが発生したら?そして、わが軍が疲弊した後がどうなるのか?決まっている、我々は全滅だ。もし国外に逃げなければね。」

「おい。お前、そんなことを口にするもんじゃないぞ。」

「そうだ、国民に知れたらどうする。」

「しかしタブー無しで話し合わなければ議論などできんぞ。」

「国から逃げるなどと軽々にいうものではない。それ以外の可能性についてまずは考えるべきだ。」


議会が終わり、王女が宮殿から戻るとき、ジョエル・ホワイトが彼女に声をかけた。

「女王陛下。今回のスピーチ、とてもすばらしいものでした。」

「ホワイト卿、ありがとうございます。ところで貴国での調査はすすんでいるのでしょうか。」

ジョエルは少し表情を曇らせて言った。「それが、尽力をつくすよう依頼はしているのですがあまり進んではいないようです。私が至らぬばかりに申し訳ございません。」

「いいのです。こちらはお願いしている身ですから。これからもよろしくお願いします。」

アデリーナが笑顔を見せると彼は顔を赤らめた。彼のその反応はしばしば男女の間で行われるそれと同じものだった。「微力ながらお役に立てるようこれからも尽力してまいります。」


―――

リリーは近衛騎士団から伝令されたことを思い出していた。

そして、庭園で感じていた怪しげな視線のありかを探していた。それはとても近くであることを肌で感じ取っていた。あの時に感じた視線は間違いなくなにかの手がかりになる。ふと行き交う人々の中から気になる男を発見した。その男は以前一緒にいたことがある。ジョエル・ホワイトと言っただろうか。

リリーは妙に気になり、その男を追うことにした。ばれないように十分に注意をはらいながら尾行した。宮廷から外へでてそれからしばらくしたところで男を見失った。その周囲を見渡して目の前にあったのは一軒の屋敷だった。それは宮廷に設けられた城壁から比較的すぐそばにある大きな屋敷。おそらくそれなりに成功した者がこの屋敷の持ち主なのであろう。門は閉まっているが、最近までその管理は行き届いていたのではないかと思われた。建物やその外壁、門構えにほころびはなかったが、ポストには多くの宅配物が溜まっているようで、入りきらないものは直接その周辺に置かれているようだった。長い間留守にしているのかもしれない。

リリーは屋敷の周囲をぐるりと確認をした。裏側は林になっており、木々が生い茂っている。ここからならなんとか陰に隠れて家に立ち入ることができそうだと考えた。

リリーは家の裏手に設けられた扉から家に入り込んだ。鍵がかかっているだろうとふんでいたがするりと開いた。屋敷の中は明かりがついておらず薄暗かった。分厚いカーテンのかかった窓からうっすらと漏れた光がかろうじて、その屋敷の様子を映し出していた。人の気配はしない。リリーは剣の柄に手をかけながら慎重に歩を進めた。

中央の部屋の扉が開いていた。誰かの気配がする。慎重に見て勢いよく部屋の中に入り込む。神経をとがらせて周囲に意識を向けるがそこには誰もいなかった。ふぅとため息をつき奥のテーブルに目を向けたとき、強烈な痛みが全身を襲った。リリーはその痛みにたまらず倒れ込む。

(…なに?)

手足がもがれているかのような痛みを感じる。かろうじて頭を動かし、全身の様子を確認するが外傷はない。なにもされていないはずなのに、痛みの感覚でまともに動くことができない状態だった。

「あらら、女の子。可愛くもないし頭も悪そう。」

女の声がした。

「困ったものですね。おそらく誰かが後をつけられたのでしょう。」

男の声もした。しかしそちらに首を振ることさえ敵わなかった。何かに強烈に抑えられ、そして全身を針でおさえつけられているような感覚だった。

女は言った。「もうだめだね、ここも。そろそろ殺した奴らの遺体も隠しきれない。」

「そうだな、場所を変えるか。この女が来たように、そろそろ嗅ぎつけられる頃だ。」

それからリリーの体に強い衝撃が走った。今度こそ剣で一突きにされたのだと分かった。休息に全身の力が失われていくのが分かった。そして意識は遠き、暗闇に包まれた。

男は息の途絶えたリリーの顔を足で蹴り上げ、ゆっくりと確認した。

女が男に問いかけた。「死んだ?」

「どこかで見覚えがある。たしか、以前このような顔をした獣を殺したことがある。偶然か…。」

「この手の平凡な女はどこにでもいる。私とは比べ物にもならない。」

「そうですか?なかなか整った顔をしていますが。」

「死人を褒めたって、あなたにいい事なんてないと思うよ?」

男は笑った。「ああ、分かったぞ。お前は容姿にうるさいくせに、その基準がまったくなっていない類の女だ。」

女は鼻で笑った。

「どうでもいい人になにか言われたって本当にどうでもいい。」

部屋にはいたのは二人だけではなかった。もっとも奥に誰かが座っていた。ゆっくりとした物腰でどこか威厳を感じさせた。「君たちの話こそどうだっていい。」

その男は立ち上がり、それから続けて言った。「大事なことは、アデリーナを救うこと。そしてあるべき姿を取り戻すこと。ただそれだけが俺の使命だ。」

男は言った。「では、その使命を果たすためにもここからは退散するとしましょう」


それからどれくらいの時間が経っただろうか。

リリーは目をゆっくりと開けた。それから体をゆっくりと点検するがもうほとんど完治しているようだ。どうも体が修復される速さが上がっているような気がする。そしてすぐにここで何があったのか明確に思い出すことができた。そうだ、あの人たちの話していたことを伝えなければいけない。きっと何かよい手がかりになるはずだ。

リリーは立ち上がった。そしてその部屋の様子を見渡した。どうやらもう彼らはここにはいないらしい。何の気配も感じられなかった。部屋をよく確認してみると、どうやらここは誰かの私室だったようだ。一人用の机の上があり、そこには一枚の手紙が置いてあった。宛先にはエリゼ・ハートフィールドと書いてあった。


――― 女王の執務室

アデリーナ「リリーが戻らなくなって3日が経っている。まだ見つからないの?」

ブラックスによると、顔見知りの衛兵が最後に彼女を見たのは宮廷の外を一人で歩いているところだった。しかし、それ以降の彼女の足取りはつかめてはいない。女王は胸の中で手をぎゅっと握り締めた。きっと彼女なら大丈夫だと信じるしかなかった。

急いで執務室に入ってきたのはケイデンだった。「女王陛下。リリーが戻ってきました!」


―――

リリーは衛生兵に手当をうけ、ベッドに寝かされていた。

衛生兵はブラックスに言った。「手当は彼女自身がやりました。動かないようにと言ったのですが、問題ないというばかりで。」

「ふむ?」

「衣類に付着した血を確認しました。それは至死量を軽く超えています。しかし、彼女はこうして生きている。そして3日の期間を置いて自力で歩いて帰ってきたのですよ?信じられないことです。」

ブラックスは髭を撫でながら考えた。やはりこの者は普通の人間ではないようだ。それは頼もしいようでもあり、ひどく不気味でもあった。衛生兵に席を外すように伝えてから、ブラックスはリリーと対面した。

「内通者と思わしき者の後をつけ、奴らの寝床をみつけたのはお手柄だ。しかしな…」

ブラックスは一呼吸を置いた。どこか部屋全体の空気が緊張しているようだった。

「奴らの足取りを逃してしまっては意味がない。他の衛兵が向かったときにはもぬけの殻だった。これではせっかくつかみかけた尻尾もつかめずじまいだ。だがそんなことはいい。もっと言いたいことがある。」

ブラックスは語気を強めた。「お前は自分の命をなんだと思っている!一人で死ぬところではなかったか。もしそうなれば無駄死だ。いいか。二度とこのような事を一人でやるな!」

リリー「はい…」

リリーはうつむいてそれ以上なにも言葉を発さなかった。

ブラックスが部屋を出ると、そこにはアデリーナが待ち構えていた。

「女王様。」

アデリーナは戸惑いの表情を浮かべていた。

「厳しい口調で言うのですね。」

「部下達の命を預かっている者としての責務と考えます。」

アデリーナは頷いて言った。「そうですね。ブラックスのいう通りです。」

(リリー…)

声をかけようと考えたがかけることができなかった。なにか励ましの言葉をかけたかったのだ。

「それで、その屋敷はハートフィールド家の屋敷だったの?」

「ええそうです。中には多くの遺体が発見されました。それがだれのものであるのかは確認中ではありますが、そこにはその家主であるダン・ハートフィールド、それにその妻であるメアリー・ハートフィールドの遺体がありました。娘のものは見つかっておりません。」

「エリゼ・・・エリゼは私の友人です」

「さぞご心配でしょう。今部下のものが関連する家や付近を捜索中です。」

ブロンド髪の肩ほどの髪を思い出した。とてもかわいらしい子。父や母への思いやりのある、控えめな子だった。


―――

日が暮れ始めて、雨はさらに強くなっていた。あたりは厚い雲のためにとても暗かった。リリーはふらりと庭園を歩いていた。服は雨にさらされてびしょ濡れだった。アデリーナに作ってもらった帽子も濡れていた。ふとケイデンが言っていたことを思い出した。ここに植わっている草は刈り取られてしまうらしかった。

足元に小さな枯れそうなバラがあった。枝はほとんどが茶色に変色し、葉も黒くくすんでいた。ふと、昔のことをまた思い出した。


―その日も雨が強く降っていた。

体はどういうわけか泥だらけで、ボロボロの服をきていた。歩くのもやっとだった。誰かを見つけたくて、誰かに見つけてほしくて歩いていたのだ。それなのに周りには誰もいなかった。暗闇の中を歩いていた。そして、ようやく人をみつけた。私が近づいてみると彼らは私に疑念の視線を送った。じろりと一瞥をした後、冷たく言い放った。

「なぜこのようなところにいる。王族を侮辱する盗人が!」

もう一人の男が頭を指さして言った。

「ちょっと待て、この女、悪魔じゃないか、人々を襲う悪魔デプリヴンだ!」

多くの兵士たちが手に鋭い剣を持ち、私に向けた。


リリーはぼんやりとその時のことを考えながらバラに手を伸ばした。鋭い棘が手にふれ、痛みが手から体に伝わった。思わず手を引っ込めた。

リリーはバラに向かって話しかけた。

「なんのためにそのようなところで咲いていたの?」

力を入れると手から血がでた。それから土をかき分けてバラを掘り出し、鉢に移した。手は土で汚れ、ところどころ痛んだ。その鉢を両手で抱えて、リリーは立ち上がった。

部屋に帰ると、小さなキャビネットの上にメモが置いてあることに気が付いた。アデリーナよりと書かれていることがわかる。いつから置いてあったのだろう。折りたたまれていたメモ用紙を開いて中を確認した。


  いつも一緒にいてくれて、ありがとう。 

  いつも優しいリリーにはきっと良い未来が待っている  

                             アデリーナより



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