第03話「翼を広げる刻」
アデリーナはアカデミーへの登校がない休日を利用してリリーを外に連れ出し、様々な事を教えて回っていた。なにか記憶を取り戻す糸口になればと思っての事だった。今日はリバーウォーク街で古くからかまえている料理店で昼食をとっていた。
「美味しい!」リリーが顔を輝かせて言った。
そうでしょう、と満面の笑みをして得意げな表情のアデリーナ。
「ここは知る人ぞ知る名店なんだ。パリーダンフィッシュクリームでは右に出るシェフはいないかも。後、サーモンとトマトのスパイシーライス、これもトマトの酸味とサーモンの濃厚な味わいがマッチしていて美味だわ。また来ましょう。」
二人は料理店を出た後、町を散歩することにした。彼女たちはグレード・バリケードの上に設けられた通りを歩いていた。周囲には所狭しと商店が立ち並び、人通りも多い。
「このリバーウォーク街は宮殿を囲むように一周できるんだよ、歩いてだいたい4時間くらいはかかるかな。」
「へぇ、大変だったね。」
「リリー、私は実際には歩いてないからね。」
「そっか。」
しばらくしてリリーは足を止めてからアデリーナに尋ねた。
「あれはなんだろう?」
リリーが指さしたのは国中心部に聳え立つ巨大な光り輝くモニュメント。まるで剣を逆さにして立てたような恰好をしている。青白く輝き、特別に存在感の大きい建築物だ。
アデリーナは言った。「セレスティアル・クレスト。建国を宣言した中心地にモニュメントとして立てられたそうよ。代々の王が記した石碑もある。」
「どうしてあれほど光っているの?日中だというのにとても明るく輝いている」
「あれはエレクタという魔法が使われているわ。まだ現代の技術では原理がわかっていないのだけれど、技術的な一種だと思ってもらったほうがいいかも。なんでもできるわけじゃない。夜中に光をともしたり、機械を自動で動かしたり、そのようなものよ。」
「とにもかくにもこの国最高の技術が用いられた巨大な機械の塊。でも技術的な仕組みは昔から何も変わっていない。1700年前、天才と称された初代王が開発して以来変わらず最新の技術なの。天才を超える天才はまだ現れていないということ。どう?さわやかな青色が美しいと思わない?」
リリーはその建物をじっと見た。そして、その青色にとても冷たく心がキュっと縮こまるような気分になった。似たようなものを見たことがある、そんな気がした。
それから二人はグランド・バリケードから降り、ヴィクトリア・ストリートをゆっくりと散歩することにした。人通りも特に多いこの国一番のメンストリートだった。周囲には通りに沿うようにふんだんに様々な花が植栽され、色とりどりの花が咲き誇りっている。歩くだけで気分が晴れるような空間になっていた。
「宮廷は、もう知っているでしょう?王がいる場所よ。ロイヤル・グレンヴィル・フォートレスと言われている。政治的な決定がなされ、社交行事や文化的な活動も行われる。劇場や政府機関などの庁舎もある。この国の心臓部といったところかしら。」
リリーは頷いて、宮廷に目を向けた。そしてしばらく考え込むように黙り込んだ。それから意を決したようにアデリーナに向き直って言った。
「ねぇ、アデリーナ、私は王と会って話したいことがあるの。二人で王に会う方法はあるかな?」
アデリーナは驚いてリリーを見つめた。リリーの表情はとても固く、強い意志を感じられた。リリーがミスティック・オベリスクに囚われていたことを思い出した。彼女は何者かによって囚われていた。そして、それは王である父がやったことかもしれない。
アデリーナは迷った。リリーの意図が何であるか計りかねていたからだ。二人で合わせることはできなくはないかもしれない、しかしその時に一体どのような事が起きるのか、想像することができなかった。よからぬことが起こるという一抹の不安も浮かび上がった。
リリーはアデリーナの考え込む様子をみて遠慮したように言った。
「ごめんなさい。難しいよね。アデリーナは侍女なのになんでもできるから。」
「え?」
「え?」
しばらく二人の間に無言の時が過ぎる。
そしてリリーは付け加えて言った。「違った?私やドーリーと同じ場所に住んでいるよね、建物違うけれど。」
「ま、まぁ、そうだよね。侍女とはちょっと違うけど、まぁ似たようなものかもね。私に関して言えば。でも、もしかしたらうまい方法があるかもしれない。あまり期待せずに待っていて。」
「本当に?ありがとう。」
アデリーナはリリーの認識を正しく修正しなかった。考えてみると自分が王女であると名乗ったことは一度もない。王女であることに気が付いていないのならそれでもいいと、アデリーナは考えた。かえってそのほうがいいかもしれないとも考えた。その方が変な関係にならずにすむ。
アカデミーの友人たちを思い浮かべた。どうしても彼女たちとは本当の友人にはなれないような気がしていたのだ。それはきっと立場が違いすぎるからだ。
立場の違いは、互いの関係をぎこちないものに変えてしまうのだ…。
―――
アデリーナは王立図書館で借りてきた本をベッドの上に並べて呼んでいた。本来図書館から持ち出せないものをどうしてもといって借りてきたのだ。調べていたのはミスティック・オベリスクについて。しかし欲しいと思っていた情報は得られなかった。建国してから数年後に建築されたということ、そこは主に魔物デプリヴンを研究するための施設であったこと。それ以外の情報はない。代々の王が直接管理することになったということだがその理由についてはなぜか記載されていない。そこにアデリーナは違和感を覚えていたのだ。
歴史的建造物を含め、貴族院の担当議員が責任をもって管理をしている。しかし、これだけはどういうわけか王が直接管理することと明記されているのだ。
(やはり何か、秘密が隠匿されているんだ・・・)
しかしそれが何であるかはまだ分からない。おそらくリリーが深く関係している・・・。
アデリーナは寝転がり自分の腕を見たとき、あることに気が付いた。急いで体を起こし、そして自分の腕を凝視した。小さなアザがあったのだ。そしてすぐに思い当たる事があった。これはリリーやバラ園であった男のものと同じようなアザだ。どちらかというと、男の腕についていた痣とそっくりだ。指でこすってみたり、ひっぱたりしてみたが消えるようなものではなかった。一体これは何なのだろうか。
(なにかが起きようとしている、あるいは既に起きている…)
アデリーナの直観だった。今すぐに王に訊かなくてはいけない。リリーの事、あの男の事も、もしかしたらこの痣のことも何か知っているかもしれない。王だけが知っている何かがあるはずだ。
――― オズワルド国会議事堂にて
「お父様!」
アデリーナの声に王は振り返った。その目はいつものように冷静な、あるいは感情のこもらない目であった。「どうしたというのだ?」
「どうしても今すぐに確認しなくてはいけないことがあります。」
アデリーナの真剣な様子にもかかわらず王は動じることはなかった。
「そうか。しかしこれから重要な議会がある。今は話し合うことはできない。」
「・・・。」
アデリーナはうなだれて肩を落とした。王はアデリーナの思いを感じ取ったのか、少し考えてから付け加えて言った。「会議の後でいいか?」
アデリーナは頷いた。王の隣には兄のフレデリックも並んで立っていた。兄とは夕食会で喧嘩をして以来一言も言葉を交わしていない。兄は何かを言おうとしていたが口を紡ぎ、父の後を追って去っていった。兄に関して、アデリーナは一抹の気まずさを感じていた。夕食会での振る舞いは私にもきっと非があった。謝るべきだと思っているのに、謝ることができずにいた。
アデリーナは国会議事堂前で待つことにした。ちょうど真上にはセレスティアル・クレストが聳え立っている。大広間の中央部には記念碑が設けられ、そこには歴代の王達の名前が刻まれていた。一番最初に掘られているのは初代王の名だ。
(……オズワルド・グレンヴィル)
約1700年前に最初に王となった者、勇者とあがめられた者。グランド・バリケードを作り上げた者。そして、私の遠い祖先。一体どんな人だったのだろうか。
―――
それからずいぶんと時間が経過した。議会はまだ終わらないようだった。アデリーナはしびれを切らし、入口の衛兵に話しかける。
「ちょっと通してくれない?」
衛兵は少し驚いたような表情をしてから礼儀正しく答えた。「申し訳ありません。たとえ王女様といえど、勝手に中にお通しすることはできません。」
「そこをなんとか」
手を合わせお願いするが、衛兵は首を横に振るばかりだった。
その時は突然にやってきた。
何か全身に小さな衝撃が走るのを感じた。そしてアデリーナは体の異変に気が付いた。痣のあたりがひどく熱い。すぐに体中に汗が噴き出してきた。それは熱いからではない、なにかしらの異変に全身が警戒している。視界が歪む、霞む。しかし衛兵はこちらを見ておらず気が付いていないようだった。
アデリーナは言葉を発しようとしたが声がでない。ふと記念碑に目をやると、あの男が立っていた。ジョエル、蒼い髪をした男だ。男は衛兵に対して何かを話しているようだった。何を話しているのだろう、聞き取ることができない。
その直後、どこかで巨大な音が鳴り響いた。轟音とともに建物自体が揺れた。そして、多くの者の叫び声や悲鳴が聞こえる。あたり一帯がざわついている。何名かの衛兵たちが急ぎ国会議事堂に入っていく。
(どうしたというの・・・何が起きているの・・)
巨大な轟音が近くで聞こえる。何かが起きている。
「獣だ。体に角の生えた獣が暴れている。」
「早くしろ、もっと衛兵を呼んで来い。」
獣?そんなものが一体どうしてこの建物内に?どうやって侵入してきたというの?どうにかしてその様子を確認しようと体を起こそうとするが腕に力が入らない。体が熱い。
(私がこんなもんに負けるか・・・!)
一度も病気をしたことがないほど身体は強いと勝手に自負していた。床に手をつき、そして膝をつき、立ち上がろうとしたとき、それは建物の壁を破壊して、目の前に現れた。
巨大な姿をした人間のような生き物だった。人の数倍ほどもある巨体だ。両腕に大きな角が生えて、手足はまるで獣のようだった。大きな彷徨を上げ、アデリーナの前にたちはだかった。周囲は、おそらくそれが大きく暴れたことによって建物が破壊され、破片が周囲に散乱し、土埃があたりを包んでいた。気が付くと何名もの衛兵達が床に血を流して倒れていた。
(何・・、一体目の前にいるのは・・・)
アデリーナは恐怖で足がすくみ、立っていることがやっとだった。ただただその様子を凝視し、身動きができずにいた。
「なんだ、この化け物は…。」
後方で男の声がした。ジョエルの声だ。彼は右手に剣を持ち、獣に対峙していた。彼はアデリーナに気が付いたようだった。彼女に向き直って、気恥ずかしそうに言った。
「お怪我はありませんか?王女様。」
アデリーナは声が出なかった。人は恐怖に支配されると何もできないのだと初めて知った。声を出すことさえできないのだ。まるで体全身がどのように筋肉を動かせば声を発することができるのか、深く悩んでいるようだった。
ジョエルが言った。「王女様、私には自信があまり無いのですが…。お守りします。」
アデリーナは反応することもままならない。仕方がない、こんな生き物は生まれて初めてみた、野生の猛獣でもこのように大きな図体をした個体はいない。どうにかして逃げなければみな殺されてしまう…。危機的な状況に得るが良い方法を思いつかない。
しかし、ジョエルは剣を片手に構えたかと思うと獣との間合いをつめた。それは一瞬だった。ジョエルが獣の懐にもぐりこむと、獣も対応して応戦する。巨大な手を振り上げ、鋭い爪とともに一撃を加えるべく、ジョエルに向かって振り下ろす。巨大な轟音と土煙が舞い上がる。その一撃で中央部の記念碑は大きく破壊され、破片が周囲に飛び散った。
次の瞬間、ジョエルは獣の上空にいた。宙に浮かびながら、ゆっくりとした動作で彼は剣を持ち直した。その表情にはうっすらと笑みが浮かべていた。まるで、最近配属された新兵に手ほどきをする熟練の武官のような表情をして。
それから獣がその敵に攻撃をし損ねたことを認識し、敵が自分の後頭部にいることを認識するまでの間に決着はついていた。ジョエルが首筋めがけて振り下ろした剣は獣の胴体と頭部をあっさりと二つの物体に分離させた。獣はゆっくりと体制を崩し地面に倒れ込んだ。その体からは血が吹き出し、あたりを赤く染めていた。
ジョエルは言った。
「どこから現れたのか。やはりこの国に災いが起こるというのは本当だったのか・・・。」
アデリーナは震えながらかろうじて声を発した。「災い?」
「この国に災いが起こるという話を祖国で聞いてやってきたのです。獣が現れる前、王子とはお話をさせていただいたのですが・・。わたしがレイシア国の特使であることをお伝えしてもご理解いただけなくてね。それから彼がどうなったのか分かりません。どうしてこんなことが起き続けるのか・・・。」
アデリーナは意識が朦朧としていた。ジョエルがその後何かを言っていたがもはやそれが何についてなのか理解もできなかった。
(アデリーナ様、大丈夫ですか?)
何か聞こえた気がする。そして意識がプツリと切れて、闇につつまれた。
―――
リリーは外が慌ただしいことに気が付いた。何かが起きているようだった。
窓越しにそれを確認する。衛兵たちが慌てて宮殿の中心部に向けて走っていくのが見えた。巨大な轟音と、喧騒が周囲に渦巻いていた。
(何が起きているんだろう…)
窓越しに外を注意深く眺めて確認した。中央の大きな建物の付近に土埃が舞い上がっていた。大きな争いごとが持ち上がっているらしかった。
(チャンスだ・・)
何かのときに、と部屋に置いてあった包丁を手に隠し持って部屋を飛び出した。それから宮殿に入りこむ。
(王はどこにいるのだろうか)
リリーは王がどこにいるのかを探しだす必要があった。しかし場所が分からない。「一体どこから現れたんだ。」「とにかく急げ。国会議事堂付近だ。」「どうやら一匹だけじゃないぞ。やつらには角が生えている。」何名もの衛兵たちが鬼気迫る声で連絡を取り合いながら中央の大きな建物に入っていく。
リリーは衛兵たちに見つからないように物陰に隠れながらその様子をじっと観察していた。(王はきっとあそこにいるんだ)
迷いはなかった。衛兵たちがいなくなった時を見計らって走り出した。大きな建物に入り、それから周囲を見渡す。
(国会議事堂?どこだろう・・)
大きすぎる宮殿の内部を把握するにはまだ時間が必要だった。リリーはそこからうろうろと建物をさまよった。どこにも人がいない。衛兵もいない。遠くで何かが壊れる衝撃音や衛兵の声がする。
右も左も分からぬまま歩いていると大きな広間にやってきた。そこには壁一面に巨大な絵画が飾られていた。中央に王が玉座に座りとなりには女性が、そして二人の子供の絵。家族?これが現在の王なのか。もう少し子細に確認しようと近づいた時、壁面にヒビが入り、轟音とともにそれが破壊された。
目の前に現れたのは天井に届きそうな図体をした生き物だった。それは人のようで人ではなかった。体からいくつかの角が生えていた。たしか、衛兵たちが言っていた、今この宮殿を荒らしている輩は人ではなく獣なのだ、と。
顔はまるで猛獣のようだった。人のそれではない。破壊された壁の向こう側で倒れている男がいた。リリーにはそれが王であると一目でわかった。間違いない。さきほど絵画で確認した王と酷似した衣類をまとっている。しかし王の衣類は血で汚れ、そして、生命に危機が訪れていることが見て取れた。
化け物はこちらに気が付いたようだった。リリーはとっさに持っている包丁を両手で握った。猛獣はリリーに向かって走り、そして巨大な腕を振り落とした。リリーはその直撃を受け、弾き飛ばされ、壁面に激突した。
「・・・!」
声が出なかった。全身が悲鳴をあげているようだった。腕が真っ赤に染まっていた。
ドクリ・・・。ドクリ・・・。・
体全身が熱くなった。頭は血が上ったようにクラクラとした。
それからの記憶はなかった。気が付くとひどく破壊された天井や床、散乱したがれき、大量に残された血痕が見えた。そして目の前には王が倒れていた。さきほどまでいた化け物はどこにも見当たらなかった。そして自身の体がなんらかの返り血を浴びて真っ赤になっていたことに気が付いた。
まだ王は生きているようだった。こちらをじっと凝視していた。王は震える腕で床につき、それからよろりと立ち上がってから言った。
「お前は…。どうしてここに……。やはりお前が、災いの元だったのか……。」
王はリリーの体を突かむようにして倒れ込み、そこからずるずると床に倒れ込んだ。
「おい・・・。」後方で声がした。振り返るとそこには衛兵が2名立っていた。「グレンヴィル王・・・。」
彼らは王の様子を確認しながら、リリーに目を移した。そしてリリーが持っている包丁を凝視した。一人が恐る恐る口にした。
「お前がやったのか・・。」
「私は、やっていない。」
彼らは顔を見合わせた。リリーは付け加えて言った。「王は既に倒れていた。」
「そうか。」
男は言って、王の様子を確かめた。そして首を振って答えた。
それから男たちは小声で話し合い、リリーに向かって言った。
「分かった。話を聞こう、私は国境警備隊のモランだ。」
男はそう言いながら、手を広げて見せた。どうやら理解してくれたようだった。リリーは息を深く吐きだした、手に持っていた包丁を床に落とした、鈍い金属音が鳴った。
次の瞬間、体が強い衝撃で打ち付けられたようだった。
後ろから強く押されたような衝撃だった。腹部をみた。そこからは一本の剣先が飛び出していた。背中から強い力で一突きにされたようだった。
「・・・あ。」
痛みはなかった。血が噴き出して、それから視界が揺れ、次の瞬間には頭部が地面について倒れこんでいた。体が熱い。意識が遠のいていく。
「嘘をつけ、化け物め、証拠にお前の頭に角が生えている。」
頭に・・角・・?
「苦しんで死ね、王殺しの化け物め・・。」
「お手柄ですな。モラン隊長。」
「とどめを刺しておけ。」
遠くで男たちの声が小さく聞こえた。そして何度か体が衝撃を受けて床に打ち付けられた。
私は長い間暗闇の中で過ごしてきた。王は私を外に出してはくれなかった。アデリーナの事を思った。あなたが私を救い、暗闇から出してくれたというのに、私はここで死ぬのか。また暗闇の世界に行かなくてはならないのか。もうすぐ思考も途絶える。このまま私は闇に消えるのだろう。でもそれもいいと思った。もううんざりだった…。
――― 翌日 宮廷の庁舎
一夜を超えて、被害の全容が明らかになった。
現在分かっている情報だけでも昨夜の事件はこの国の根幹に甚大な被害をもたらしていた。宮殿の一部は破壊され、国の象徴であるセレスティアル・クレストは根本から崩れ、一部の建物を押し倒していた。衛兵たちの死傷者、負傷者は多数に上った。
「グレンヴィル王は・・最初に現れた獣との抗戦をされていたが、その後行方不明。後に化け物に襲われているところを救助したとのことだが・・。残念ながら、その時には既に亡くなられていた。」「なんということだ。」「それに、王子様も行方不明だ。この調子だとおそらく王子様も・・・。」
貴族院は緊急で招集され、今後の対応について議論が重ねられていた。全ての者が鬼気迫る表情をしていた。室内は騒然とした雰囲気で満たされていた。
「化け物にもいろんなタイプがいるようだ。巨大なものから人と変わらないようなものまで」「そもそも、どこから現れたのだ。グランド・バリケードを突破されたというのか。」「そもそも王が亡くなられたこの国を、今後どうするのか考えなくてはならない。」「第一継承者はフレデリック王子か?しかしいまだ行方不明だ。」
議論は結論をみることはなさそうだった。宰相が耐えかねたかのように立ち上がり、周囲をゆっくりと見渡しながら、宣言するように発言した。
「王の跡継ぎのことは喫緊の課題ではあるが王子も見つかっていない今、話し合うことではない。いづれにしても!今も獣たちは城内で何匹もの獣が被害を発生させている。その対応が最優先事項だ。同時に行方不明となった王子の調査だ。今後しばらくの間、お亡くなりになった王の変わりを宰相であるこのガリアーノが代理で担当する。異論はないな?」
室内は彼に注目して静まり返っていた。険しい表情で、あるいは眉を顰め、この国の行く末に不安を抱いているようだった。
「さぁそれぞれが役目を果たすべき時だ。誰かが我が国の崩壊を意図して裏で動いていた可能性もある。怪しい奴は全員捕らえて徹底的に調査せよ!」
―――
アデリーナは茫然としていた。一体何が起きたというのだろうか。それにしても私は・・。
「お気づきになられましたか。」
目を覚ましたに気が付きドーリーがやってきた。どうやらここは私の部屋のようだった。
ドーリーは目に涙を浮かべて言った。「大丈夫ですか。アデリーナ様。昨日お倒れになって、衛兵がつれてきてくれたのです。まったく目を覚まされないので心配しました。」
昨日、一体何があったのだろう。正体不明の化け物に襲われた。あれは一体なんだっただろうか。どこからやってきたのか。
「お体大丈夫ですか?」
アデリーナは腕や足、首をゆっくり動かしてみた。「うん、なんともないみたい。」
なぜあの時、あのように体が熱くなり、立つことさえできなくなったのかはよく分からなかった。その後轟音がして、そして、あの蒼髪の男ジョエルが現れた。全ての事が同時に起きた。
ドーリーは安堵し、胸をなでおろした。その後、少しのためらいの間を置いて付け加えて言った。
「それから王女様。王が亡くなられたとのことです。まだ口外はしないようにということですが、姫様には伝えてくれ、と。」
「そんな・・。」
「それから、フレデリック王子も行方不明だそうです。」
アデリーナは茫然としてその言葉を頭の中で繰り返した。父が亡くなった?兄が行方不明?一度に多くの事が起こりすぎて、感情も思考も追いついてこなかった。一体この後この国に何が起きるのか想像することもできなかった。
ふと、自分の腕をまくって痣を確認した。痣はやはりそこにあった。少しの変化があった。それは少し大きく拡大しているようだった。
「獣たちはまだ外にいるかもしれないそうです。この宮殿を中心に複数現れたとのことで。外出禁止になっていますので、姫様、ご注意ください。」
「そう…。」
「一体どうなってしまうのか、不安で仕方がありません・・。」
あんなものが、あんな恐ろしい獣が外にまだうろついているのか。あれは一体なんだっただろう。体全体に角・・・。そうだ。アデリーナはふいに思い出した。建国歴史劇で聞いたではないか。
(悪魔になると人の骨格が変化して角が生えるのだ。そして、まもなくその魔物・デプリヴン達は人々を襲いはじめた。)
まさにそうだ、あれは1700年前に現れたという、魔物デプリヴンなんだ。どうしてそのような大昔の魔物が今現れ、国を襲っているのか。
「・・・それからアデリーナ様。」
「なに、まだあるの・・?」
「リリー様が昨日から行方不明で・・。」
リリーが?魔物に襲われたのだろうか?どこかで怯えているかもしれない。彼女はまだ記憶も取り戻せていないのに・・。早く探さないと・・。アデリーナはベッドから立ち上がり外をみた。国のところどころで土煙があがっていた。獣たちと兵士たちが織りなしている喧騒があたりを包んでいた。
アデリーナは胸元で指を交差させた。
(リリー・・・どうか無事でいて・・・)