退屈な令嬢はその寸劇に喜ぶ?
短編です。
こういう空気クラッシャーっていいですよね。
誤字脱字報告ありがとうございます。
登場人物の1人、アティカスが途中からカティアスになっていました、すみません。彼の名前はアティカスです。
「退屈ねぇ」
とある令嬢は紅茶を嗜みながら、つまらなさそうに呟く。すぐさま、側に侍る者から「アプロディーテ様、おやめください」と制止の声がかかる。
アプロディーテと呼ばれた令嬢は分かっている、とても言いたげにため息をついた。
退屈とはすなわち、平和であること。平和であることはいい事であり、退屈なのは幸福なことであるとこの国では考えられている。
退屈とつまらなそうにぼやくのは、つまり戦争したいのか?と飛躍した考えを持つ者が少なからずこの国にはいるのだ。だからこの国でそう呟くのはあまり好ましくない。
「わたくし、今の発言は聞こえなかったのだけれど、今度の王家主催の夜会で面白いことが起こりそうというのは噂に聞きましてよ」
アプロディーテと対面する位置で紅茶を飲んでいた令嬢が微笑みながらそう言った。
「まあ!本当?王家主催の夜会ってどの夜会のこと?」
「おそらく若年の夜会のことかと」
「王子殿下が主催の夜会ね。そちらは出席する予定だったから嬉しいわ。オフィーリアも行くでしょう?」
「えぇ、もちろん。なんでも、寸劇に似たことが観れるとか」
「夜会で劇が観れるなんて!ああ、さすが王子殿下だわ。そんな革新的なことをしてくださるなんて!」
「あくまでも、噂よ。だからあまり広めないでね」
「ああ楽しみだわ!」
アプロディーテと対面する位置で座っていた令嬢、オフィーリアは思わず苦笑いを浮かべた。聞いてないわねこの子。それに、私は寸劇に似た、と言ったのだけれど、アプロディーテの中では夜会中に劇が観られると思っている。
まぁ、これはこれで楽しそうなのだからいいか。それに、あるかどうかも分からないのだし。いや、起こらない方が断然良いのだが、公共の場での婚約破棄など。そんなことは、まさしく寸劇に似た出来事。
実際にもしあれば彼女はその寸劇が終わった瞬間に拍手をして感想を述べるだろうことは大いに予想できた。劇場に観に行っても同じように誰に聞かせるわけでもなく拍手しながら褒め称えているのだから。
迎えた夜会当日。その日は王子殿下3人が主催ということで、出席者は主に未婚の者である。王子は3人とも独身だ。
もちろん、国王や王妃、王太子が主催する夜会やお茶会もあり、全ておおよその参加年齢が定められている。パートナーの年齢がその中に入っていればどの夜会にも出席は可能である。
パートナーを父に頼み、ルンルンで会場入りしたアプロディーテ。早々に父と挨拶回りをした後、父はこの夜会に出席している自身の友人のもとへ、アプロディーテもオフィーリアを見つけそちらに向かう。
久しぶりに会う友人たちと話に華を咲かせていると、
「今宵はよく集まってくれた。感謝する」
第一王子殿下が現れて口上を述べた。と、いうことは実質的にはこの夜会は第一王子が主催なのだろう。それが終わると尊敬と感謝の意を込めて皆拍手をする。
あら?劇のことに触れなかったわね。きっとサプライズでみんなを驚かせようとされているのね!そのサービス精神旺盛なところも素晴らしいわ!!
アプロディーテは最初首を僅かに傾げながら拍手をしていたが拍手を終える頃には満面の笑みになっていた。
その後はオフィーリアを含めた数人で話をしながらも、考えるのは劇のことである。
このしばらくの歓談の後、ダンスが始まる。と、なると劇が始まるのはダンスの前である。
ダンスにとっている時間は長く、またダンスを終えると形式的にはいつ会場から離れてもいいとなっているためその後に劇をするのはもったいないと自分だと考える。その分観てくれる人が減るかもしれないもの!
ソワソワ、ワクワク、いつになく落ち着きのない彼女のことをオフィーリアは苦笑いで見つめる。「アプロディーテ様、」そう声をかけたとき。アプロディーテにとっては待望の、オフィーリアにとっては望まぬ出来事が起きた。
「オフィーリア・モンブラン!ここへ!話がある!」
場が静まり返る。見事な演奏も止まってしまった。
ああ、やってしまったか。本当に。あの阿呆は。尊き王子殿下主催の夜会で。いくら仲が良いとは言っても、顔に泥を塗る行為を殿下が許すはずがないのに。
ため息をつきそうになるのをグッと堪えて、歩を進める。アプロディーテが「まさかあなたもキャストだったなんて…!」とおそらく寸劇が始まったので邪魔にならないように小声で言っているのが聞こえた。
これは寸劇でもなんでもない。リアルだ。情報を掴んだ時から相手方の屋敷に行き義両親となる2人に相談しに行った。そんな阿呆なことするわけがないだろう、と相手にされなかったが。もちろん自分の両親にも報告。そんなことをしたら相手方有責の婚約破棄になるから大した心配はいらないと。
「アティカス様、どうなさったのですか」
わたくしが相談した皆様、彼はその阿呆なことをしますよ、きっと、今から。本当、頭どうしちゃったのかしら。虫でもいるのだろうか。
「今!この場にて君との婚約を破棄させてもらうよ」
「…理由を聞いても?」
「僕には愛する人がいるんだ!君、僕の愛する人の家族に圧力をかけただろう?僕が知らないとでも思った?そんな下劣なことをする人は相応しくないだろう?僕に」
なんて劇だこれは。こんなにつまらない劇があるのか。何気にオフィーリアの後ろをついていき、ちゃっかり最前列をゲットしたアプロディーテは驚愕していた。
これまでにいくつもの劇を鑑賞してきた。好き嫌いはせずに、趣味じゃない劇も見たこともある。趣味ではなくても、脚本や演技に感動し、毎回拍手で称賛を送っていた。
しかし、なんだろうこの脚本は。誰が考えたのか。もう少しましなものは書けなかったのだうろか。
「アティカス様、わたくし達は婚約関係にあるのですけれど、破棄するということですか?」
「だからそう言っているだろう。君との婚約を破棄し、僕は僕の愛する人と結婚するんだ」
婚約破棄。それを題材にした劇はいくつもあるし、観てきた。
彼女は持病があり、いつも彼に病を理由に婚約破棄しようと提案していた。自分はもうすぐ儚くなると分かっていたから。新たに愛する人を見つけて幸せに過ごして欲しいから、と。ずっと彼は婚約破棄をしなかった。でも、もうすぐ夫婦になるって時に病に倒れ儚くなってしまう。彼は苦渋の決断をする。遺言通り、泣く泣く婚約破棄したのだ、なんて物語もあった。あれはよかったな……。
おっといけない。目の前のものが酷すぎてつい考え込んでしまった。
「お話は分かりました。では屋敷に戻って詳しくお話いたしましょう」
「駄目だ。今この場で婚約破棄をさせてもらう。君は婚約破棄に同意するだけでいい。僕の愛する人を悲しませたことはそれで許してやるさ」
「はぁ……分かりました。同意します。みなさま、ご迷惑をおかけしました。このように場を乱したこと、深くお詫びいたします」
オフィーリアがこちらに戻ってくる。と、いうことはあのお粗末な劇は終了か。しん、と静まり返った中、しかしアプロディーテは一応劇に対して、拍手をする。
1人分の拍手が響き渡る。皆が、王子でさえも、その音源の方を見ているのに気付かない彼女はオフィーリアを見ながら感想を述べ始めた。
「まさかあなたがキャストなんて思いもしなかった!あなたの演技とアティカス様の演技はとても自然で良かったと思うわ!でもねぇ、この劇の脚本はいったい誰が書いたのかしら?こんなお粗末な物語みたことなくって驚いたわ。よくこれを第一王子殿下がこの夜会でやることを許可したわね」
「アプロディーテ様、これは劇ではなくてね、」
「でもねオフィーリア!誤解しないでほしいのよ!私、王子殿下の感性は疑ってないのよ、本当よ。普段の王子殿下は素晴らしい感性の持ち主よ。だからいっそう疑問なの」
「あ、アプロディーテ、ちょっと落ち着いて」
オフィーリアが話しかけるが、アプロディーテは止まらない。困った。彼女の父は会場の端の方にいたらしく、人垣をかき分けてこちらに来ているのが見える。
そう、彼女の父は知っているのだ、感想を言い始めると周りの空気など関係なくなり、止まらないことを。貴族として致命的な欠点を今まで必死に隠してきたのだ。この父は。
「脚本は本当に誰が書いたの?婚約破棄系と言うとミューラー夫人が得意としているのだけれど、こんなお粗末な物はぜったい違うわよね。婚約破棄の理由がおかしすぎるもの。愛する人の家族に圧力をかけた?貴族ならそんなの当たり前よね。だって婚約者にちょっかいかけてるんですもの」
「なっ…!!」
「泥棒猫に対して牽制しても無駄、だから実力行使に出て暗殺依頼をするっていうのは劇の中ではお決まりだけど、それは充分破棄理由になるから良いとは思うのだけれど。どうしてそこを脚本は書かなかったのかしら。そこまでするとありきたりになるから?もしそうだとすると……。!なるほど!これは観客参加型の新しいスタイルね?!」
彼女は止まらない。アティカスと呼ばれた青年は既に顔は真っ赤にしている。それはそうだ。自分が考えた筋書きをこんなにもメタメタにされているのだから。
彼女の父はようやく近くまで来れている。だがまだ彼女を回収できそうにない。皆、彼女の言動に興味を惹かれ彼女を中心に円になって聞いているのだ。
「そう考えれば王子殿下がこれを許可したことは納得できるわ!だってこれより先は脚本なしのアドリブ劇ってことでしょう?なんて楽しそうなの!!さすがは王子殿下だわ!!………まぁ!私はなんてことを!終わりだと思って拍手をしてしまったわ!王子殿下にお詫びしたいわ!王子殿下のところに行きましょう早速!」
「アプロディーテ!!」
夜会に似合わぬ、怒声が響いた。彼女の父である。マナーが悪い?行儀が悪い?いやいや、すでに娘のアプロディーテが充分やらかしている。
劇場に行く時はボックス席を取っており、脚本家に対する賛辞も劇が終わり次第オーナーなどに伝えに行っていた。だからといってはなんだが、彼女は通常運転なのである。今までバレてなかったのが奇跡なのである。
「あら?お父様、どうなさいましたの?夜会でそのような声を出して」
「お前こそ夜会で何を言っているんだ」
「あらあらまあまあ。お父様?この夜会は王子殿下が主催ですのよ?で、あれば劇についても、王子殿下にお話をしようと思いまして」
だから!これが劇なわけないだろう!と父含め、周りの人間は思う。しかし、これを劇だと信じ込む令嬢に誰も口を挟めない。
「アプロディーテ嬢」
神の一声である。皆、そう思った。この状況を収められる人間はこの場においては彼しかいない。
そう、実質的な主催者である第一王子殿下である。
「先ほどからの話、聞いていたよ。そうだね、寸劇はずいぶんお粗末だったね。私の方からも謝るよ」
「い、いえ!王子殿下の責任ではないです。謝らないでくださいませ!観客参加型の劇など今まで見たことがなく、思い至らなかった私が悪いのです!」
王子が劇だと認めた。こうなれば話は早い。なにせ、この事態を全て劇でした、とまとめることができるからだ。
「はは、さすがにいきなり観客参加型は無理があったか。失敗したね、アティカス・ムース」
アプロディーテに対してにこやかに笑いながらも、後半の言葉は冷たい目で事を起こした当事者を見つめる。よくも泥を塗ってくれたな、この令嬢に感謝しろよ、と。
その目線を受け、アティカスは悟る。これは劇にしなければならないと。
「は、はい!!まずは自身の劇場で試すべきでした!申し訳ありません!」
「そうだね」
「で、では!私はこれで失礼します!」
脱兎の如く逃げ出したアティカスに見向きもせずに王子殿下はアプロディーテに向き合う。
「アプロディーテ嬢、先ほどの演劇に対する情熱をもっと聞かせてもらいたいんだけど、テラスで話さない?」
「はい、殿下の望む通りに」
アプロディーテをエスコートして歩き出した彼は、思い出したかのようにこの夜会参加者を振り返り、
「あぁ、皆、すまないね。私のくだらない挑戦に付き合ってもらって。すべては彼女の言うように“寸劇”だからね」
そう言い残して2人でテラスに消えた。
王家が黒といえば黒になる世界である。たとえそれが白だとしても。
その後、オフィーリアとアティカスは婚約破棄。当然のことながらアティカス有責で。
アプロディーテは第一王子殿下と良い関係になりますがそれは今回関係のない話なのでカットします。
ちなみにアプロディーテの父は王子が喋り出すと自分の出番は終わったとばかりに観衆に混ざりました。