7羽
「うさぎが出てくる悪夢?」
「そうだ。君たちも依頼を見たかもしれないが、とある方が悪夢に悩まされている」
それも、何年もだ。
びく、とシエラの体が強張る。
「大丈夫?」
「……はい」
手を握ってそう言うと、少し落ち着いたのか、体から力が抜けた。
「……すまない。聞くのが辛ければ退席してくれて構わないよ」
「いえ、大丈夫です。……先を」
ギルドマスターは依頼人の情報は一切教えてくれなかった。
当然だ。依頼を受けていないのにほいほいと個人の情報を漏らすのは信用問題だ。
けれど、話の節々から、きっと偉い人なんだろうな、と思った。
「その方が言うには、眠るたびに恐ろしい形相をしたうさぎが夢に出てくるそうだ」
「恐ろしい形相をした、うさぎ……?」
僕は思いつく限りの怖い顔をしたうさぎさんを頭に思い浮かべた。
むすっとしたうさぎ。
ぷうぷう鼻を鳴らして抗議するうさぎ。
ひたすらパンチを繰り出すうさぎ。
怒って足ダン(※注)を繰り返すうさぎ。
……うん。どれも可愛い。
「恐ろしい形相をしたうさぎというのが、僕にはいまいち……」
うさぎさんは、いついかなる時だって最高に可愛い。
だから僕は、依頼人が悪夢と呼ぶ理由が分からなかった。
うさぎに囲まれる夢ならいつだって大歓迎、僕にとっては最高の夢だ。
「ノアくんはうさぎ使いだものな。服にもうさぎが付いているし、きっとうさぎが大好きなのだろう」
ギルドマスターが僕の服を指さす。
そこにはウサギのワッペンが縫い付けられていた。
「そうです!うさぎさんは可愛くて、僕、本当に大好きなんです!!」
思わず拳を握る。
そんな僕をギルドマスターはにこやかな顔で見ていた。
「……す、すみません」
恥ずかしくなって拳を下ろす。
「いや、いい。熱意がよく伝わってくるよ」
ギルドマスターはそう言って、1枚の紙を取り出した。
「これは、依頼人が画家に描かせたものだ」
紙には、悪魔に取り憑かれたような顔をしたウサギが描かれていた。
「依頼人によると、こんな顔のウサギが沢山夢に出てくるのが怖くて夜眠れないそうだ」
ウサギは人の言葉を喋り、恨み言を言っているらしい。
たしかに、普通のうさぎさんよりは怖いかもしれない。
それに……
「毎晩恨み言を言われるのは嫌ですね」
「そうだろう?」
シエラも同じことを考えていたらしい。
いくらうさぎさんと言えど、眠るたびに恨み言を言われるなら不眠になってもおかしくない。
「そこで、うさぎ使いであるノアくんに相談なんだが……」
ギルドマスターが口を開く。
「依頼人の夢に出てくるウサギを操ることは可能かね?」
「……それは」
無理だ。目の前にいるうさぎさんですら言うことを聞かないのに、他人の夢の中の、鬼のような顔をしたうさぎなんて、操れるわけがない。
そもそもどうやって他人の夢に入るんだ?
鬼のような顔をしたうさぎは、本当にうさぎなのか?
いろんな疑問がぐるぐる巡る。
「……その、」
「ごめんなさい。僕、まだ未熟で……」
うさぎさんのこと、操るのに成功したことが一度もないのです。
ギルドマスターの顔が険しくなる。
「一度も……?」
「……はい」
自分で言っていて悲しくなる。
念願叶ってうさぎ使いになれたのに、ろくに役目を果たせない。
折角僕を頼ってくれたのに、僕はその期待に答えられない。
僕は、僕は……
「ノアくん」
手を握られる感覚がして、はっと顔を上げる。
目の前にギルドマスターがいた。
ギルドマスターは地面に膝をついて僕の手を握っている。
「ノア……」
振り返ると、心配そうな顔をしたシエラが僕の肩に手を置いていた。
「あ……、僕……」
「心配しなくていい。そう気負いすぎないでくれ」
ギルドマスターの言葉に、じわりと目が熱くなる。
「……はい」
頬が濡れた感覚がした。
(注)足ダン……後ろ足を宙に浮かせ、地面に降ろす行為。ウサギが怒りを表すときにする行為だと言われている。