1羽
「お手!」
僕の前には、グレーでふわふわのうさぎさんがいる。
鼻をヒクヒクと動かし、時折耳を動かす。
今だって、僕の方を向いていた。
……なのに。
「ああっ、クシクシし始めてしまいました」
目の前のうさぎさんは、「何か言いましたか?」と言わんばかりに毛づくろい―うさぎ好きにはクシクシとも呼ばれる―を開始した。
「うぅん……何がいけないんだろう……」
僕は今、ピンチの真っ只中にいる。
うさぎさんが、僕の言うことを全く聞いてくれないのだ!!
「ノア、うさぎ使いの才能ないんじゃない?」
「そ、それは……」
左耳を毛づくろい中のうさぎさんと目が合った。
……かわいい。
僕はうさぎ使いだ。
うさぎ使いといえば、沢山のうさぎさんを従えて、世界中の人々にショーと幸せを届けるお仕事。
ずっと、憧れの仕事だった。
うさぎ使いになったときは本当に嬉しかった。
でも僕は、未だに1匹のうさぎすら従わせることができていないのだ。
目の前のうさぎさんだって、そっぽを向いて優雅に毛づくろいをしている。
「半年修行してるって言ってたけど……アンタ、1回も成功してないじゃない」
「エ、エリー」
「職業がそんなに大変なわけないでしょ」
エリーは狩人だ。
狩人は、山に入って野生動物を仕留める職業。
僕がエリーと出会ったのはつい2ヶ月前だけど、エリーはその前から狩人として頼りにされていたらしい。
エリーだけじゃない、他の狩人も、他の職業の人も、皆そう。
12歳になるとみんな、神さまが決めた職業になる。
ひとたび職業に就いてしまえば、その職業に関わることはあっという間に習得できる。
……僕みたいに、半年練習しても上手くできないなんてこと、ないんだ。
「世の中のうさぎ使いの皆さんは、どうされているんでしょうか」
「……分からない」
「それを探しに行くんでしょ?」
そう。
僕とエリー、シエラの三人は、王国へ向けて旅をしている。
王国は、うさぎ使い発祥の地。
王国なら、うさぎを従えるヒントが分かるかもしれない、って思ったんだ。
「でもさ、シエラ」
「何でしょう?」
「アタシ、ノア以外のうさぎ使い、見たことないんだよね」
「……そういえば、私もありませんね」
二人の眼差しが僕に向けられる。
「ぼ、僕は小さい頃見たことあるんだよ!広場で、噴水の前で、」
「知ってる。アンタのその話は何十回も聞いた。」
エリーが呆れたように僕の話をぶった斬る。
本当だ。僕は見たんだ。
お父さんに連れられて、街に買い物に行ったとき。
たまたま通った広場の真ん中で、噴水をバックに、うさぎが宙返りをしていた。
……それも1匹じゃない。3匹同時だ。
うさぎさんが飛んで、跳ねて、回る。そのたびに、銀紙が舞って、太陽に照らされてきらりと光って。
僕はそのとき、自分が神さまの国にいるんじゃないか、って思った。
それを見た誰かが「うさぎ使いだ」と呟く。お父さんも「うさぎ使いだって、すごいな」って言ってた。
それを肯定するように、3匹のうさぎが並んで礼をした。広場は当然、拍手で満たされた。
……本当に、うさぎ使いはいるんだ。
「うさぎ使いがいることは疑っていないのですが、道中に一度もお会いしていないのは不思議に感じています」
シエラが呟く。
僕たちは半年間、いくつかの街を経由して旅を続けてきた。道中で、たくさんの職業を見た。けれどその中に、うさぎ使いはいなかった。
「田舎道だからじゃない?きっと、うさぎ使いは都会にいるんだよ」
だって、ショーには観客がいなきゃ!そうでしょう?
シエラがそれはそうだ、と頷く。
エリーは首を傾げた。
「シエラ、アンタはうさぎ使い見たことないの?」
「はい。私はその時広場にいなかったので……」
シエラは僕と同じ街で生まれ育った。職業は薬師。道中で薬草を見つけて調合するのが上手だ。
「うさぎ使いがいるなら、ネコ使いもいるかな」
「いそうですね。ペンギン使いもいるでしょうか?」
「ペンギン使いは、寒いところに行かないと会えなさそうだね」
ペンギンはうんと寒いところにいる生き物らしい。僕は見たことがないけれど、シエラが写し絵を見せてくれたことがある。
「うーん……ネコ使いなら会えるでしょうか……」
「ネコ使い、会いたい!猫ちゃんのショーとか、想像しただけで可愛いもん」
「猫って言うこと聞くの?」
「聞かなくてもいいの!そこが可愛いんだから!!」
エリーは猫が好きだ。
僕は、猫は目つきが鋭いから、ちょっぴり苦手だ。
前にそんなことを話したら、「猫は捕食者ですからね」ってシエラが言ってた。捕食者っていうのは、他の動物を捕まえて食べる生き物なんだって。
エリーも狩人だから捕食者だね、猫と一緒だねって言ったら、エリーに怒られたんだっけ。
毛づくろいを終えたうさぎさんが、僕の周りをぐるぐると回る。
「はは、ご機嫌だね」
君も一緒に来る?
しゃがんでうさぎさんに手を伸ばす。
うさぎさんはプイとそっぽを向いて走り出した。
「行っちゃった……」