70話 破壊と再生のプリンセス④
「ッ――――」
ダメもとでソージは剣を前に突き出して迫ってくる漆黒の渦に対抗するが、自分でもわかっているのか反射的に瞼を閉ざした。
そう、彼――ソージ・レスティアルにも恐怖は存在した。当たり前だが、感情が欠落していない限り、状況に応じて感情が浮上する。
今、ソージには恐怖が存在しているが、それを勇気で抑え込んでいる。
しかし何事にも限界がある。もう覚悟はできているが、一瞬でも勇気が揺らげば、恐怖が一気に全身を飲み込む。
「え、これは――」
ソージに迫った漆黒の渦は寸前で動きを止めた。
自分の身に何も起きていないことを自覚し、瞼を開けると黒い半透明の防御壁が展開されていた。
「大丈夫……大丈夫、だよ。ソピア、サリア、エマ、ジュウロウ、ソージ――」
「え……」
亡骸に近い肉体を抱き抱えて涙を流すソピアの頬に少し冷たい手が触れる。
「大丈夫――」
ただ皆を安心させたいがための言葉、さっきまで死の淵にいた存在が発しているとは思えないほど暖かいものだった。
見た目は黒が多いが、それは邪神の類ではなく、女神だった。
彼女はすっと立ち上がった。心臓を貫いていた槍は既に塵となり、傷後は白い光によって塞がれていく。
あれは今まで行っていた治癒とは違う。
以前は自分を構成する力、魔力で傷を治癒することが出来るだが、回復性能に関しては様々だ。
それが【破壊】であるなら、回復の性能を持つ力に劣り……エマのような炎であるなら、回復性能は期待できる。
その理由は根本的な問題、能力の性質によるものだ。【破壊】は【破壊】であって今まで用いていた自己回復は欠損した部分をただ補っていたにすぎない、一言に言い表すのは【破壊】は回復には向いていなかった。
「グハハハハハハハハハハ、あはははははははははははははは――――」
誰かの高笑いが聞こえる。
流石に戦況をひっくり返すためにエマ・ラピリオンが自分に向けて最大出力を浴びせに来たとは思わなかった。
だが、やはり俺には才能があった。
いや、なければ……自分という存在は現れていなかっただろう。自分という存在が生まれた時点で自分の運命力の高さは証明されている。
「あぁ、新たな能力――能力の適応は正に正解!! 間違っていれば、適応なんて不可能な話――」
彼は接触を受けた。
それを一言で表すなら、この宇宙において最大に近い影響力を持つ者。
それに彼は道を示された。
それを辿っていくのは本人の意思と努力……後はレオン・レギレス次第である。
「『破壊神冠』――『叛逆神冠』――!!!」
――まさか、今までは能力解放もなかった、のか……。
『いや、バックアップがあったみたい、この要塞がそのバックアップの役割を果たしていたの』
――そう、つまりは能力を解放したということは……。
『うん、バックアップはもう限界……それにレオンの中に二つの……』
――うん。まさかとは思うけど、私とレイネルみたいに……。
「さあ、さっさと消え失せろぉぉぉッ――ん?」
ソージの後ろから誰かが近づいてくる。
「え?」
気配を感じ、振り向くとそこにはレイムがいた。
「ソージ、後は任せて――」
その左手をソージの右肩に触れて、そう告げる。
ただ安心した。もう自分の身体は動かないのなら、レイムの言う通りにソージは後方へ下がる。
その後ろ姿は変わっていないようで少し変わったようだ。小さな背中だが、一歩一歩と敵であるレオン・レギレスに歩むそれは勇敢なものだった。
「嘘、だ……即死だったはずだ!!! しかも己で作り上げた武器、破壊の要素がある武器なら、破壊神に通用するというのに――あ?」
確実に殺した、という事実が覆されて慌てふためくが、怒りでレイム・レギレスを見た時、その答えが示されていた。
明らかに以前のレイムと違っていた。
漆黒の力、自分と同じである【破壊】を司る子孫――決められた通りに時間を経て、何かを継承されていった。
五代目破壊神レイム・レギレス、時代の最前線にいる者を下し、自身が生まれた意味を問うための礎として――
あれで殺したと思ったが、展開は予想外に傾いた。
「お前……目が――」
レオンから見て右の瞳、レイムからは左の瞳。
普段は黒色だった髪の左側、瞳の左側、服の左側が白く染まっている。
「嘘、だろ……何故、それは正反対なものだ。だというのに、何故、お前はそれを所有できている!!」
普通なら不可能だろうが、レイム・レギレスはそれが可能なのだろう。詳細は分からないが、それが実現してしまった以上、ここから先はレオンが計画していたものとは別物、いや未知数となる。
ドクンドクンと激しい心臓の鼓動が全身を揺らす。溢れ出す不安に飲み込まれそうになる自分を奮い立たせ、力を強める。
バキバキとレイムが展開した黒い半透明の防御壁が激しく揺らいでいる。
それに右手に握られている《破壊剣ルークレム》を防壁に突き立て、力を注ぎ、強化する。
まだ、少し馴染まない。
『大丈夫、戦っていれば、すぐに慣れると思う』
うん、自分が――レイネルが言うなら、そうだね。分かりやすい、自分を信じるということは……。
黒と白、二つの力を表に現す。
「俺の前から消えろぉぉぉぉぉッ!!!」
バキバキと防御壁に亀裂が入る。レオンの力は【破壊】と【叛逆】、そして【障害】が混合されている。
だが、それを持ち前の魔力量で防御壁を保っているが、体力を消費されるだけだ。
予想外の展開――自分に近づいて来るもはや意味不明な存在であるレイム・レギレスに激しい恐怖を感じているのだ。
そしてレイムは左手を横に伸ばし、虚空を掴む。
「レクイエム――」
そう唱えると少女の左手に《破壊剣ルークレム》を白く染めた純白の剣《再生剣レクイエム》が虚空から顕現した。
「まさか、そんな――」
前方で恐れている力が示される。
黒である【破壊】と白である【再生】――どっからどう見ても正反対の性質を持つはずなのにレイムはそれをその身に宿している。
まず、能力は『魂』の隣に位置して接続される。能力を一言で言い表すなら、『魂』の特徴であり、詳細であり、色なのだ。
大雑把に言うなら能力と『魂』は同等なのだ。
だからこそ能力の本質を認識している者からすれば、個人の色から複数の能力が宿ることなんてその目で見たわけではないが、驚愕することはない。
だが、火と水、陰と陽という表と裏の概念は二つが揃って完璧な存在である。
だが、相反するものをその身に宿すことなんて可能なのか……光が闇の事を理解できるのか、善人が悪人を理解できるのか、という域より奥底の話だ。相反する二つを理解し、どちらも有することなんて――
それは可能ではない、だからこそレイム・レギレスという『魂』は自己崩壊を防ぐために補助装置として同一人物、少し差異はあるが自身のコピーを作り上げた。
黒として主人格に対して白が支えとなる。
それは多重人格というものとは違い、完全なもう一人の自分を内包しているなんてことは神でも不可能な行いだ。
それを死の淵で可能としたレイム・レギレスという少女は何が違うことをレオン・レギレスは悟る。
目の前にいる少女、悪が重要人物として登録していると言った対象がこれほどまでにイレギュラーな個体だった。
だが、それだけで臆することなんて出来ない。
「いいだろう――その忌々しい例外すら、この俺が打ち砕こう!!!」
「そう、私も逃がさない。どこに行こうと絶対にお前は私の前に現れるだろう。何度でも私はお前を倒そう。何故なら私はお前という『悪』を許さないからだ!!!」




