65話 裏切りの神④
「……選択か?」
そうレシアが述べた言葉を理解するためにジュウロウは呟く。
「なにしているの?」
そこに少し強い波長で声を飛ばす。
「自分の役割を思い出しな。それが出来ないなら、存在している価値はないよ」
「エマ……でも、あれは――」
「――どんな敵であろうと敵は敵。立ち塞がったのなら、それを心に刻め、認めないと……別にこれは戦いにおいてあり得ないことじゃない、むしろ当然のことでしょ?」
エマにはそんな経験はないが、想像は出来る。最古の魔王、最破達のように魂レベルでの絆が築かれているのなら、その経験はないかもしれない。
いや、そんな経験がないことが一つの幸運だったのだろう。
かつての仲間と戦いを繰り広げる行為、それは『裏切り』行為だ。それがあり得ない話でもない、仲間、親友、家族、眷属、同胞であろうと……裏切りなんて存在する。
「選択って、私達もそれは同じでしょ。はぁ~」
実に小さなことで悩んでいることについてエマは大袈裟に息を吐き、額に手を当て、上を向く。
まぁ、これはジュウロウという当事者ではない故のズレであるが、気持ちはわかる。もし、レミナスが敵に回れば、自分もこんな思いをするだろう。
それはもう立ち直れないほどに落ちていくだろう。
そんな時、救いになるのは――自分をどんなやり方でもいいから落ちた地点から蹴り上げ、持ち上げてくれる人だろう。
自力で上げられないなら、それを助けるのが、仲間だ。
自分もそうして欲しいからそうする。
「ふん!! 所詮、戦いだけが取り柄だけのようだな?」
「それは……お前も同じだろが!!」
「ッ――」
エマは反論されると予想はしていなかったため、拍子抜けするが、すぐに立て直す。
「だから、私が助言してやるんだよ!! 黙って聞け!!!」
それ以上の声量で押し返し、裏膝を蹴る。
油断に浸っていたジュウロウは膝をつき、その勢いで冷静さを取り戻してエマの話を聞く。
「なら、その取り柄の中でその『選択』をすればいいだけでしょ。悩んでいても、時間は待ってはくれない。言っておくけど、この期に及んで戦いたくないっていったら、瀕死になるまで殴るからね? 流石に死の淵に立って考えれば、納得できるかな? 天才人間君――」
いつも上の地位として存在の専売特許である煽りも忘れない。
それは皮肉であり、エマの乱暴な励ましだ。
「これだけ言っても分からない? そこまで馬鹿で、無能で、雑魚なの?」
「チッ――あぁ、分かっているさ」
ジュウロウはエマの方を見て、笑みを浮かべる。
何も分からないわけではなく、全てを理解した上で踏み込めないでいたのだ。無能なんてとんでもない、むしろその逆の存在だ。
「そうだな。俺はいつも通りに、戦いでその理由を問おう――レシア・レギレス」
そして表情は真面目になり、怒りさえ感じられる。
それが本気の表情だ。
「あぁ、それがあなたの良いところだ――」
そうレシア・レギレスは微笑み、細剣を抜いた。
「レイムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」
「は、ふざけた登場だな――!!」
エマの魔力によって一時的だが、宙を舞うソージはその勢いで剣を上段で構え、エマの魔力を利用し、勢いでレオンに剣を振り下ろす。
一瞬の有利な高さから出し惜しみせず、剣技を放つ。
黒い光と黄色の光が絡み合うが、少し違う。
「な、なに――」
それを受けた当人が一番最初にその技の特性、自分の魔力の異変に気付く。
それは近くで見ているレイムも確認できる。
「破壊の魔力を……侵食してる?」
ソージが発生する黄金の光が破壊を侵食している。
これはレスティアル流剣技が一つ、第八剣技――《星命・流星残喰》の特性である。光がそれ以外の力を侵食する非常に攻撃性の高いものであり、近接戦闘においては強みになる。
「――《星命・真命聖剣》ッ――《星命・心星崩華》ッ!!!」
レスティアル流剣技、九つの中でも奥義である三つを連続で発動する。
一つ目にレオンの意識を一瞬でも逸らし、二つ目に自分自身を強化し、最後にレスティアル流剣技の中で最後の剣技を放つ。
全身全霊で前へ進む。
それは最も威力が高い、正に一撃必殺の剣撃――己に存在する『全ての光』を込め、荒ぶらせて、それを制御し、相手に叩きこむ。
なぜ、一撃で設定されているのか――それはこの技は一撃で事足りるからである。
そしてレオンの剣を避け、その肉体に聖剣を突き立てる。
「ぐッあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「あぁああああああああああッ!!!」
深く、さらに深く――レイムにやったことと同じことを返す。光が荒ぶる刀身は更に輝きを強めて、レオンとソージは純白に至った光に包まれる。
その光によって全てが歪む。
レオン・レギレス、ソージ・レスティアルはもちろんのことだが、漆黒の宮殿、大気、概念、存在すら歪ませる。
だが、それはほんの一瞬であるが、それはどんな存在であろうと脅威と言える。
その本質は対象を歪めることで崩壊の兆しとし、通用するのは剣を向けた敵であるが、その周囲にも光は届き、崩壊の兆しとして影響を及ぼす。
小さいものなら、問答無用で崩壊し、それを秘めた刀身に貫かれれば、一瞬の歪みは致命傷へと決定づける希望にして究極の光なのだ。
ソージが放った正確な特性をソージ当人すら知らず振るっているが、その特性は実現できている
「うぅッ……あッ――」
そのためレイムの剣にかけられていた小さな力が歪みによって効果が途切れたため、壁から外れ、レイムは膝をつくように倒れる。
「レイム様、大丈夫?」
即座に自分に刺さった剣を抜いてソージの方を見る。
「う、うん。それよりソージは!!」
「ぐあぁッ……」
確かにレオン・レギレスの身体を貫き、その力を発揮したが、まだ意識はある。そう、確実なトドメを刺すためにレイムは立ち上がる。
その時――
「ぐあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ――――」
レオンの絶叫、それに魔力も帯びて増大させ、広がり、宮殿を揺らす。
それは命の危険を感じたことで成った決死の抵抗だ。
ただ力強く抵抗し、周囲にいるレイム達、宮殿を揺るがし、宮殿の乖離を拡大させて遂に崩壊が始まる。
「ぐおぉぉぉッ――」
その勢いはソージすら軽々と吹き飛ばす。
「ソージッ!!」
「お兄ちゃんッ!!」
それをソピアとサリアが受け止めた。レイムはそれを見届け、レオンの方を振り向くと彼は剣を構えて力を発動しようとしていた。
「ッ――――」
それを見て、両翼を展開し、暴風が吹き荒れる起点に向けて突き進む。レオンの傷はまだ癒えていない、傷を負っている状態だ。
良いタイミングが今だろう、とレイムは何も根拠はないが察した。
「ハァァァァァッ――――」
これを逃がすわけにはいかない、と強い意思を込めて《破壊剣ルークレム》を振り下ろした。




