64話 裏切りの神③
「レシア・レギレス……」
遠目から見たレイムでもわかる。四代目破壊神アレン・レギレスや二代目破壊神レオン・レギレスに感じる同じ力を保有している存在、その感覚がもう一つ増えたのだ。
それが何よりの証拠だろう。
目で見て、意識するだけではっきりと存在していることを理解する。
「レオン・レギレス……まさか自分の娘を傀儡として使うなんて、凄いね?」
三代目破壊神レシア・レギレスは三千年前の世界大戦で死亡した、とレイム・レギレスはジュウロウ達から聞かされた。
それは紛れもない事実であり、その事実に納得する時間はかかったが、レイムの存在があったから最破達は転ぶことはなく、次の主に仕えてきた。
でも、この状況は誰も予想なんて出来なかった。
この事態を引き起こしたのは“裏切りの神”と呼ばれたレオン・レギレスを筆頭であり、目的の一環として同族を殺し、自らの力を蓄えていると……。
「な、ぜ……」
戦意が喪失したジュウロウは生きていたことの喜びよりも、なぜ、ここにいるのかという問いが一番だった。
あの戦い、世界大戦の終盤――発端である実の父と戦い、横槍によって死亡した。
それを見届けたのは無論、ジュウロウ達、最破だ。もう、三代目破壊神レシア・レギレスは死亡したと誰もが納得する時間が流れ、次に進んでいたはずなのに……。
急に、そして強引に過去へと引っ張られた。生きているのは嬉しいが、かつての敵であるレオンと協力しているように再び、現れた。
「なぜ、レオンと……」
「……」
「操られているとか……」
そうだ。まずそれが過る。
完全に生命の終わりを……レシア・レギレスの死を確認したジュウロウは今、目の前にいる彼女が生きているという考えを捨てて、その身体を操られているだけだろうと思う。
いや、そうと思いたいが、それを否定する要素がジュウロウの目にしっかりと刻まれているのだから……。
今、目の前に現れた人『レシア・レギレス』という存在は【破壊】を保有している。
それは彼女の魂が存在している証拠であり、生きているという意味だ。『能力』は『魂』の隣に位置しており、『魂』が生存しているからこそ『能力』がその人体に存在するのだ。
「……いいえ、ジュウロウ。これは私の選択だ――」
それは冷たい声色でそう告げる。ジュウロウの表情から彼女は三千年前、死んだと思われる以前とは雰囲気が違うのだろう。
レイムが最破から聞いた話は正義感の溢れる性格であったが、世界大戦の状況から話し合いでは無理だと理解し、仲間を退け、世界大戦が勃発した原因であるレオン・レギレスを倒すことを目的として動いた。
その結果、レオンとの戦いの最中に死角にして予想外からの刺客によって死に追いやられた。
それを恨むことはせず、敵だった実の父の側についているなんて……。
「選択……」
ジュウロウは俯く。レイムでも彼のそんな表情を見るのは初めてのことだ。
「ジュウロウ……エマ、向こうに行って。私も分からないことだらけだけど、破壊神が二人なら、レシア・レギレスと戦える人が――」
言いたいことは分かる。
あぁ、レイムの判断はトップを担う者として冷酷であるが、正しいものだろう。二代目破壊神レオン・レギレスだけだと思っていたが、三代目破壊神レシア・レギレスも加わった。
そう、この時点で敵は予想外過ぎる破壊神の二人となった。
あのジュウロウでさえ同様する予想外、この状況を落とさないためにもレシアと戦い経験があるエマが補助した方がいいのは明白だろう。
「でも、レイム!!」
「行って!! 私のことは自分で何とかするから!!」
自分で抜けないし、エマでもこれを解決できないなら、ここでエマという重要戦力を留まらせることは良い判断ではない。
それは戦闘経験が誰よりも豊富であるエマ・ラピリオンなら、すぐに理解できるだろう。
今の状況は端的に言って不味いものだ。
「分かった。従うよ!!」
相棒として認めたレイムの言うこと、命令をエマはちゃんと聞く。ただきっぱりと諦めることはなく、自分がレイムの命令をすることで事が上手く運ぶと信じているのだ。
この命令に根拠なんてない。誰も未来予知を行う術なんてない。今を生きる存在が先の事柄を確定することは出来ない。
その事実を引っ張ったところで観測した時点を通過しなければ、『確定』はしない。
そこにあるのは『不確定』なことであり、その時点で出来ることは『信じる』ことだろう。
「させるか!!」
レオンは透かさずエマを妨害するが、圧倒的な魔力による加速で回避され、宮殿が割れ、乖離する断崖も飛び越え、向こう側へ飛び移る。
するとソージがすごい勢いで肩を掴む。
「エマ、頼む。俺達を向こう側に!!」
「えぇぇぇッ!!」
自分はレイムの命令でこっち側に来たが、ソージに関しては何も命令はされていないし、ジュウロウの補助のために来たエマが移った。エマはレシアの対処、レイムはレオンの対処を行うが、正直な見解だと一人では安全とはならない。
「さ、三人?」
「俺達、レイムの役に立ちたいんです!!」
「い、いや、それは分かるが……」
エマはその必死な表情から何故、そこまでと納得するに値する理由を理解した。
自分達三人が最破、そして最古の魔王達より実力が低いことを自覚しているからだ。役に立てないなら、レイムの下に存在している意味がない、そもそも『勇者』として面汚しになるからだろう。
それとソージという一個人としてはお風呂の時にレジナインがレイムに質問していたことと、あの勢いに籠る感情からエマでも答えに辿り着ける。
レイム・レギレスとソージ・レスティアルの関係性、どちらかが一方的というわけではなく、両者が共通した思いを抱えている。でも、言い出せてはいない。
この状況からレシアの方は経験から察するに死闘を繰り広げるだろうから正直、足手まといになる。
それに自分達が望むというのなら、そこに送り届けることも大事だ。
「分かった。私の相棒を頼んだよ!!」
エマはまずソージの隣に行き、背中を強く叩く。
その一瞬でエマの小さな手から魔力を流し、ソージの背中に蓄積させる。人一人分を余裕で持ち上がる量と噴射力を感覚で調整し、それを起動する。
「え、うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
感覚であるため、計算は当然、正確でない。
ちなみにやり過ぎると天井に余裕で激突するため、危険性は非常に高い。
「え、え……あのエマ様」
ソージが強制的に飛び上がり、向こう側へと向かっていく光景を見て、ソピアとサリアは冷や汗をかいて、今一度、問う。
「んん? これしか方法がないの! 受け入れろ!!」
素早く二人の背後に回り、それぞれの背中を強く叩く。
「え、きゃああああああああああぁぁぁぁぁッ!!!」
後ろを振り向くがもう遅く、エマが考案したエマらしい方法によって二人も飛び上がってソージの後を追う。
それをちゃんと見届け、大丈夫と判断してジュウロウの方へ向く。
「なに、俯いているんだが、天才人間?」
彼女も見たことのない俯きをしているが、軽く考えてエマはジュウロウの下へと歩く。




