63話 裏切りの神②
「あぁ、そうだな……」
少し不味い。
それは誰もが思ったことだろう。跳ね返し、反射……その力の性質は正確には把握していないが、それが基本情報であるなら、これからの攻撃はレオンには届かず、自分の攻撃で傷を負うだろう。
だが、一つ可能性としてあれは能力という枠から行使したものではなく、ただ魔力操作の可能性もある。
あのジュウロウも吹き飛ばされたが、彼の攻撃はちゃんと通っていた。後、ジュウロウの動きが初見ということもあって反応が遅れただけなのか……でも能力であっても、ジュウロウの【無】の性質を持つ力を完全に防ぐことなんて出来ないし、攻めの姿勢ではなく、受けの姿勢になる方が命取りだ。
分からない。
でも……。
「止めて――」
レイムは渾身の叫びで全員が彼女に意識を向けた。
「私と戦え、こんな事で足止めしているってことは私と戦うのが嫌なんでしょ? そうじゃなければ、すぐに殺しているはず――」
咄嗟に出た意見だったが、本当にレイムだけを行動不能にした理由が分からなかった。でも、この状況から察するに彼の目的は同族であるレイム・レギレスではないのか、と予想していた。
それなのにレイムを殺さない。
単に他の五人を殺してから最後に殺すとか、レイムの絶望みたいとか、色々予想が立てられるが、根拠はないがレイムが確信に思っていることは同族なら自分に普通の痛みが襲ったように通用する、ということだ。
「は、そう思ったのならそれで構わない。なら、早くその剣を抜いて掛かってくればいい!!」
「ぐッ――」
だけど自分の剣である《破壊剣ルークレム》は自分から抜けない。
それにあの返答……一向にレイムが戦っても問題ないというものだが、誤魔化しているように感じる。
つまりレイムの推測は正解に近づいたということか。
そもそも破壊神には【破壊】が通用するなんてことは今の自分が証明しているわけであるため、後はこの剣を抜くだけでレオンと一対一で戦える。
「ぐぅぅぅぅぅッ――――」
レイムは踏ん張る。
「ソージ、ソピア、剣撃ならダメージは最小限に抑えられるだろう。あれは能力向上なんてほざいていたが『剣術』は向上もないだろう。サリアは隙を見て、攻撃をしてくれ。エマ、レイム様を頼む」
ジュウロウの指示を四人は何も言わずに頷く。
「さあ、さっさと絶望してくれ――」
レオンは五人への挑発を止めない。
だが、全員が平然とした表情をしている。
正直、誰もが怒りを湧かないわけではないだろうが、そのエネルギーを全て攻撃に変換し、そして――ジュウロウとソージが走り出す。
それと同時にレオン・レギレスは漆黒の魔法陣を展開する。
遂に【破壊】を発動し、ジュウロウとソージに向けて射出する。漆黒の光弾は驚異的な正確性を持ち、二人に迫るが、それらを剣で防ぐ。
「ハァァァッ!!」
最初に到達したのはジュウロウだ。
敢えてレオンに攻撃を受けさせて次に繋げ、ソージの第一剣技――《天火閃光》が炸裂し、レオン・レギレスの右肩を切り裂くが、深くはない。
奴も本気となったのか、奔流のような勢いで魔力を放出し――ジュウロウとソージが足止めを担っている隙にエマがレイムの元へ突き進む。
「レイムぅぅぅぅぅッ!!!」
エマの全力疾走なら、ジュウロウとソージの一瞬の足止めでレイムに辿り着く。
「えま……」
痛みというものがいまだに続いてレイムの目には涙が蓄積しており、瞬きをしてしまえば、涙が流れてしまうほどに……。
「今、抜くから!!」
少しの身長差はあるが、そこはエマが魔力で浮遊して柄を握って引き抜こうとする。
「え、何で!!」
「くッ……やっぱり――」
自力で抜けない時点から薄々だが勘づいていた。
この状態は普通に剣が壁に深く突き刺さったことで成り立ったわけだが、如何にレイムという少女であろうと魔力で強化した腕力なら、何も苦戦することなく出来るはずだが……。
「魔力放出は?」
レイムはすぐに首を振るう。
なんと不思議なことに魔力があの異様な光景のように上手く放出することが出来ない。
裏切りの神レオン・レギレスはレイムに剣を刺すと同時に何かの力を発動したのだろう。
本人は能力向上という言葉を使っていたからには『唯一者』のジュウロウや大魔王エマ・ラピリオンに豪語できるほどに『能力』においては自信満々なのだろう。
それに能力発動がものすごく静か、というよりレイムやエマのように発動すれば、目視できるようなものとは異なる系統の力なのだろう。
単純に力技で跳ね返すことは不可能であるため、それは確実だろうが、その詳細は分からない。
「魔力が制限されて……エマ、何とかして抜けない?」
「任せてよ!!」
一度の失敗で諦めるほど軟ではないし、そんな性格ではないエマはもう一度、自分に魔力を込めて思いっ切り、引き抜く。
「え――」
破壊剣を引き抜くことに意識を集中しているエマは気付かないが、前を向けばソージとジュウロウがレオンと戦っている光景が見えるレイムはすぐに気づく。
レオンがこっちに迫ってきていることを――でも、おかしい。
あの二人を退けてこっちに向かってくるなんてよっぽど、レイムが解放されるのは不味いようだ。
「エマ、後ろ――」
レイムの絶叫に近い忠告を冷静に聞き、自分でも迫ってくる存在を補足して振り返り、《太陽剣ソルリウス》を突き立てる。
ガンッと超近距離で戦闘が開始する。
さっきまでレオンがいた場所には黒い影、レオン・レギレスに似た雰囲気だが、まさか分身か、手下か……。
「な、なんだ? 邪魔をするな!!」
エマは本気を出し、レイムとレオンは炎に包まれる。味方であるレイムも巻き込まれているが、今はそんなことを言っている場合ではない。強く踏み込み、人体的な大きさなど諸共せずにレオンを退ける。
「どうしよう……剣が抜けないとなると、ジュウロウに頼むか!!」
「チッ、その魂胆を口に出すとは相変わらずだな。おい!!」
誰かに投げかけ、レオンと黒い影は同時に剣を地面に突き刺す。
その瞬間、バチバチと音を立てて宮殿が大きく揺れ、半分に割れるほど亀裂が生じて宮殿は二つに分かたれる。
下方から激流のように大気が流れる。
「ぐッ……わざと?」
まぁ、レオン本人が飛行可能なら、この地形を敵に利用されるのを防ぐために自ら破壊する事は一見、無謀に見えて良い判断であるだろう。
「では、計画を始めよう――」
レオン、そして黒い影が晴れて誰も予想していなかった人物が一同の前に姿を晒した。
「なッ……う、嘘だろ――」
レイムとエマはレオン・レギレスと対峙しているが、奴の代わりとして存在している黒い影から現れたのは、それを知る人物はかつてを生きるジュウロウとエマくらいだろう。
その存在を目にした途端、ジュウロウは胸が張り裂けそうになり、それを抗うために渾身の訴えを叫ぶ。
「なんで――!!!」
その声色、表情から伺って、あのジュウロウ・ハリアートが非常に、生涯でも一度くらいは経験したことのあるレベルの同様をしている。
だが、彼が同様するのも無理もないだろう。
レオンの影として現れたそれは自身の姿を覆っていたそれを脱ぎ去り、恥ずかしげもなく、命令された通りに己の姿を晒した。
それはレイムと同じく黒髪に黒い瞳……大人びた女性と言える見た目であり、一見、冷酷に見える冷めきった表情をしている。
「レシア・レギレス――――!!!」




