62話 裏切りの神①
「ッ!! れ、レイム!!」
少女の絶叫、それは瞬きの間に状況が一変したことを示す。咄嗟にソージも叫び、絶叫が聞こえた方へ振り向き、立ち上がる。
「ん……あぁ、終わったのか」
そう言った黒いローブに身を包む人物がレイムの剣《破壊剣ルークレム》で彼女を突き刺していた。
その状況を理解したソージの右手は腰に携えているであろう聖剣の柄へと伸ばす。
それは確かに存在しており、武器は奪われていなかった。
「お前は、レオン・レギレス――」
聖剣を抜刀する。
「あぁ、その通りだ。ソージ・レスティアル――」
あっさりと肯定したということは遂に時が来たのだろう。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
今までの所業、そしてレイムへの攻撃ゆえに怒りを運動エネルギーに変換し、特攻する。
どんな事態であろうと怒りで我を忘れてはいけない。
それを念頭に置きながら、第一剣技――《天火閃光》を繰り出す。
ソージの目線はまだ顔が見えない部分に集中し、視界の端で奴はローブの中に手を入れ、剣らしきものを抜く。
ガンッ――とそれは受け止められたが、ソージは食いしばり二人は鍔迫り合う。
両手でつかんだ政権は光輝き、ローブで覆われた顔がうっすらと見える。輪郭は人間の男のそれだろうが、色素は失われている。
「ぐあッ――」
強い力で押し返され、突き飛ばされる。
「そ、そーじぃ……」
か細い声で少年の名を呼ぶ少女。
いつもの戦闘時は刃の刺し傷で絶叫するほどの戦闘不能にはならなかった。レイムの防衛本能として身体から魔力を放出し、それを維持すれば、身体が強化された状態となる。
そこに痛覚、精神など外部からの攻撃の耐性となるわけだが、その耐性を実現していたのは紛れもなく、【破壊】の魔力によるものだ。
そのため《破壊剣ルークレム》という同じ属性の武器で隙を突かれて肉体を貫かれば、通常の痛みとなり、その痛みは十二歳という少女には重すぎる。
「――お兄ちゃん!!」
「――ソージ!!」
「――レスティアル!!」
それぞれの声に呼び掛けられる。ソピアとサリア、ジュウロウ、エマが同時に三つの通路から現れる。
塔に侵入するメンバーが揃ったが、状況は最悪だ。
レオン・レギレスはそれぞれを目で追い、ローブに手をかけて覆うフードをめくる。
その素顔は少々大人びているが、幼さが抜けていないような、いや、その両方の要素が備わった表情をしている。肌、髪の色素は褪せてしまい灰色となっている。
「改めて自己紹介、俺は二代目破壊神レオン・レギレスである――」
レオンは抜いたレイムの《破壊剣ルークレム》に似ているが柄の部分に赤い宝石が埋め込まれた長剣を五人に向ける。
レイムは激痛の中で必死に足掻いているが、一向に剣が壁から抜けない。
一触即発の状況だ。
レオンはソージ、ソピア、サリア、ジュウロウ、そしてエマの五人を一人で相手取るというのか。
もしそれが可能なら彼個人の戦闘能力を見誤った、ということになる。
またしてもミスが生まれてしまう。
「ぐぅッ……みんな――」
何かがヤバい、なんてことは誰もが分かっている。
二代目破壊神レオン・レギレスであることは間違いないと思うが、異様すぎる緊張で空間は既に覆われ、ここはレオンの独壇場。
「俺が先にやる――」
静寂の中、ジュウロウが最初に呟いて刀《無剣・理》を引き抜き、静か過ぎる踏み込み、姿を消す。
ジュウロウでもこの空間に漂う意味は理解できるが、それで動き出せないほど彼は無能ではない、千年単位で鍛錬を続けている『剣術』においては頂点であり、主の右腕という座を断固として譲らない己としてここは道を示す。
強く床を踏み、刀は振り下ろし、それをギリギリ見切ったレオンが剣で受けるが、それらの音を置き去りにするほどの速度で行われた。
「流石、『唯一者』だな――」
「舐めてんじゃねーぞ、お前なんかぁ!!!」
一旦、後方に飛び、構える。
レオンは過去の主、三代目破壊神レシア・レギレスの殺害に間接的だが、関与しており、血縁者でもある。
そこに複雑な問題などなく、ただ復讐、彼女の無念を晴らすために、何より今の主であるレイム・レギレスを守るために『刀』を振るう。
「あぁぁぁぁぁッ――――」
ハリアート我流剣技、二番――《三連無転》を放つ。
もしも、正確に彼の動きを把握できる者がいるのなら、それは如何に卓越され、磨き上げられた無駄のない動き、人類最強に相応しい技術。
そう、このレイム、ソピア、サリア、エマ、ソージの五人の中でソージだけが世界の流れが遅延したため、ジュウロウの動きを確かに把握した。
彼の刀身から放たれる剣撃はあまりにも静かであり、目視で把握できる純白の斬撃は一瞬であり、それは雲散霧消したように見えたが、その刃は続いている。
射程は近接戦闘では十分すぎる距離であり、彼の腕力、振るう強弱で遠距離攻撃も可能だ。
三度見たとしても見切ることなんて早々できないだろう。
更に【無】の性質を持った攻撃は無論、防御対策等を完全に無視するため、対抗するには攻撃しかなく、反射的に前に出ず、後ろに下がることや防御をした瞬間、その身体は切り刻まれる。
「ぐッ……ぐあああああッ!!!」
初撃は見切ることは出来なかったが、ジュウロウ・ハリアート踏み込みが見えた瞬間、レオンは剣を構えていたので受け止めることが出来たが、二番――《三連無転》は三連撃であるため、一撃目を防いだとしても無意味となる。
ジュウロウの攻撃が命中し、痛みを感じて叫ぶ。
このまま押せれば、押し殺せるだろうか――と、そうレイムが考えた時、レオンの体内、物理的なものではなく、より正確に表すなら、能力が動き出す。
「【■■】――」
ん?――真っ先にその違和感に気付いたのはレイム。相変わらず、身体から剣が抜けていないが、能力行使とは少しズレた用途をしている、確信はまだない。
だが、その時、何かしらの力が働き、ジュウロウ・ハリアートの剣撃、本人が吹き飛ばされる。
「ッ……チっ、何だ?」
「任せてください!!」
ジュウロウが吹き飛ばされた瞬間を後衛担当であるサリアが間髪入れずに【明氷】の力を込めた矢を放ったが、それはレオンに着弾する前に跳ね返されるようにジュウロウ達の方へ、氷が流れるように発生し、砕け散る。
「跳ね返した?」
もうわかっただろう。
「ふ、俺が持つ力が二千年前から変わらないと思ったか……再戦を挑むなら、能力向上は当たり前だろう、なぁ、“人類最強”さんよ」
神々という風格なんて捨て、本心を曝け出すレオン・レギレスは馴れ馴れしく、だがその立場は完全に上の存在であるように、この中で一番の経験者であるジュウロウに問い掛ける。




