3話 腐敗の巨人
少女の背中に顕現した漆黒の両翼。
それは『破壊神冠』の権能の一つ〈破壊の両翼〉であり、その見た目の通りの飛行や防御、速度上昇の効果がある。
ゴォォォォォッという唸り声に呼応してか、巨人の周囲に溢れ出る肉の海から腐敗の騎士が這い出る。
『腐敗の騎士、発生速度が速いです』
毎秒、十体は這い出て、魔力がまだ増えている。
「ふッ――」
レイムは翼を羽ばたかせて腐敗の巨人に突撃する。
その速さはまるで瞬間移動と同等の速度であり、たとえ相手が瞬間移動をしても追いつける速さの性能を持ち、驚くことにレイムはもう既に扱い慣れている。音速に届く速度で動く少女が振るう剣撃は巨人の腕を切断する。
どんなに巨大な体躯であっても【破壊】の前には無意味だ。
同時に魔法陣で迎撃しているが、数が増えているため生み出している巨人を倒さないとキリがない。
ゴォォォォォッ!!!
――『腐敗熾冠』:〈腐敗の巨人〉〈腐敗騎士増殖〉〈広域腐敗化〉
「明らかに違うな。隠す気はさらさらないのか?」
ジュウロウが眉をひそめる。
『油断は禁物です』
ジュウロウにそう答えて指揮をする。
『全体に報告。〈広域腐敗化〉によって立ち入れば、あらゆる力を阻害します。〈腐敗騎士増殖〉で毎秒五十体の速度で発生中、〈腐敗の巨人〉によって本体であろう巨人の巨大化が進行しています』
能力とは魂の付近に宿る力の化身と言っていいものだ。
「押し切る!!」
上空から黒い光が巨人を貫く。
柔軟、泥のような身体なため己の形を上手く保っている。
「うん……」
ジュウロウは前線に侵入した騎士を倒しながら、レイムの方を見る。主役はレイムなため、戦場の状況次第で対処はする。
いざとなれば、ジュウロウが高火力を叩き込めば、終わるだろう。ジュウロウの不安の種はどんな相手であろうと勝負が決まる寸前前は油断してはいけないのがジュウロウの教訓だ。
「まだまだぁ!!」
黒い光が点滅し、巨人が炸裂するが〈腐敗の巨人〉という権能で本体の耐久が上がっているからか、滅多打ちでは体の形は崩れるが、消滅することはできない。
更に〈広域腐敗化〉によって大地が腐敗している。
元々生命が根付いた緑の大地ではないが、破壊の魔力によって黒く変色した大地こそが破壊の領域レイズレイドの特徴であり、領域を支える大地であるため汚されていることには変わりはない。
「うぅ、火力が足りない」
すぐに対抗策を考えて、魔法陣を重複する。【破壊】は重ねなくても一撃で巨岩を砕く威力を持つが、同格の存在なら手に余るのも事実。
通常の魔王軍とは明らかに違うものにレイムは苦戦している。
次の瞬間、全員の視界に突如として青い光が現れた。よく見るとそれは矢であり、矢先から青い光が溢れている。
そして矢先に秘められた力は巨人へと命中した瞬間、解放されて巨大な体躯の半分を凍らせる。
全員がその方向を見る。
「来ましたか――」
矢の飛んできた方向を見ると金髪の少年、金髪に二つ結びの少女、茶髪に一つ結びの少女の三人が領域に入っていた。
あれは人間だ。戦闘に集中していて気付かなかった。
まだ巨人は倒れず、唸り声を上げて腕をレイムに振るう。
「サリア、連射できるか?」
「あぁ、任せて!!」
再び氷の矢がレイムを援護し、また巨人の半身を凍結させる。瞬間的な拘束は素晴らしいものだが、少し後に砕かれてしまう。
その腕は人間の中でも最高峰、有名な弓の家系レヴォルアントの娘、サリア・レヴォルアントは神器《明氷弓グラキエース》に手を添える。
その弓に形のある矢を装填する必要はなく、手を添え、矢を指先で握る動作で自動的に所有者の魔力を消費して氷の矢を形にする。弓では不可能な一度に複数の矢を連射可能であり、音もなく、ただ射抜かれたものは氷漬けになる。レヴォルアント家は弓の名手であり、初代勇者、レスティアルの始祖とともに魔王と対峙していたという人間の家系の中ではレスティアル家の次いで古い家系として名を馳せている。
「助けるぞ!!」
「うん!!」
歴代の勇者を知らずとも勇者、人間としての破壊神勢力の認知内容は知っているはずだった最破達は彼らの行動に疑問を抱いた。世界最強の一角であり、種族から神からも恐れられ、世界の敵と認知されているはずだが、彼らは善人だからか、無知だからか、何も疑問を恐れることなく、特攻する。
ゴォォォォォッと唸り声が広域に響き渡る。
「ふんッ!!」
レイムは火力を強化して魔力を放つ。
頭部と左半身が消滅しただけで生きているわけではないため、そのまま動き続ける。唸り声が響き、腐敗化が急速して巨人の再生も早まっている。
腐敗の巨人が瞬時に元の形に戻り、すぐさまその腕をレイムに振るう。
「うぉぉぉぉぉッ!!!」
それは磨かれた技だった。
人間の最高峰、勇者という肩書に恥じないものがレイムの目の前で披露された。
黄金のように輝く光、聖剣を手に恐れることなく、完成された剣技で腐敗の巨人の腕を一刀両断した。
「やるな……」
そうジュウロウが呟く。
「え……」
その姿にレイムは圧倒された。
自分とは違う力を振るい、完成された豪華なものを目の前にして綺麗という言葉が最初に飛び出し、その姿に釘付けになる。
自分より年上の少年、何故か心が魅かれた。
「きみは――」
金色の髪、金色の瞳、金色の軽鎧、金色の剣を手にした全てが輝いている少年はレイムを助けて、守るようにして覆いかぶさり、着地する。
「破壊神様、無事ですか?」
言葉を投げかけられ、手を差し出されて心が激しく鼓動する。
それは抉られているみたいに、痺れているみたいに、殺されているみたいに……強烈な表現が当てはまる感情の動きだ。
心が反応している。
漆黒の荒野に尻餅をついた少女、守るように覆いかぶさる少年。
それはまるで時が止まったような感覚だった。
黄金の瞳に、漆黒の瞳に、自分の顔が映っている自分の顔が何とも言えないものだった。
身体が熱くなる。
「う、うん……ありがと……」
差し出された手に、自分の手を伸ばして、握ると自分の体温と変わらない相手の体温を感じる。
「おい、ソージ・レスティアル。来ることは知っていたが、何だ、その体勢は?」
「あ、これは咄嗟なことで――」
レイムを助けて覆いかぶさっていることを自覚したソージ・レスティアルは慌てて、レイムの手を引っ張って立ち上がらせる。
まだ幼く上の立場の人物と接したことがないのか、ぎこちないのは明らかだ。少女レイムと少年ソージはお互いを見つめて顔を赤くしている。
『おっと……その反応は』
ワ―レスト、いや誰もが悟っただろう。
彼女、彼が出会って、たったの数秒の間で二人は何かを思い、心を魅かれて恋を抱いたのだろう。
その理由は不明だが、レイム・レギレスは初めて恋をしたのだ。
「……そうか、お前が、か」
そう、ジュウロウは呟き、もうレイムには戦闘が出来ないと判断し、まだ存在している敵、腐敗の巨人に刀を向けて振るった。
純白の斬撃、それが見えたのは放たれた直後であり、一瞬にして腐敗の巨人は切り刻まれて解けるように消えていった。
そして返り血などついていない刀を振って、華麗に鞘に納めた。
「不満、ですか?」
すぐにワ―レストがジュウロウに近寄ってきた。機人とはいえど心を理解した生命であるため、相手の感情の変化には敏感だ。ジュウロウはワーレストの問いに即座に答えた。
「あぁ、不満だ。まぁ、彼を知る必要があるな。あれは向こうから強制的なものだ。当然、俺は納得なんてしていない」
「そうね。まずはそのことから始めましょう」
なぜ、破壊の領域レイズレイドに人間の勇者が訪れたのか。
それは数日前に四代目光神ラエル・レギレスから手紙が送られてきたからだ。




