157話 月海に漂う少女⑦
だけどまだ空間の支配領域は完全に効果が切れたわけではない、そのためルエナールは限りない時間の中で自分の得意とする戦法で攻める。
まず始めに〈月界座標〉で自分とレイム・レギレスとの座標を入れ替える。入れ替える対象の存在値が高ければ、入れ替える事象を実行する際の魔力消費、術者であるルエナールに対して強い反動を受けてしまう。
「うぅ……〈月界空箱〉――〈月界大吞〉――」
身体内部で強い反動が響くが、それを堪えて権能を連発する。ルエナールの魔力消費は全体の三割ほど世界系を展開することが可能だが、ルエナールは別に何も制限がないわけではない。
ここに呼ばれたのは組織の上層部からのお達しだった。
その内容は調査であり、予め戦闘を想定されたものではなかった。ならば、これはもう既に明らかな緊急事態だろう。
その時点でルエナールは少し見栄を張った。少し言葉を変えるなら、頑張ろうとした。
自分には力がある、だからこそ任務中の緊急事態、あらゆる事態を冷静に対処できなければ、善なる組織の精鋭部隊の一員とは言えないと精鋭部隊のレベルを彼女はそう評価している。
だからこそ、彼女は仲間との通信にて少し待ってと支援を断った。
ただの調査という任務で現れた存在、生まれが特殊であり、ポテンシャルが非常に高いという他者からの評価を受けたルエナールでさえ、その倍以上の力を持った存在が目の前に現れた。
客観的に見れば、任務を指示した組織の上層部の見誤りか、罠かと思っても、しょうがない状況であるが、ルエナールは一切、その可能性を抱かなかった。
彼らは『宇宙の善』を掲げている人物、その頂点にして創設者の弟子達で構成された上層部がそんなことするはずがないと根拠はないが、そう信じている。
「善が必ず勝つ!!」
「え――――???」
何か言った、最初の言葉が“ぜん”……と聞こえた気がしたが、それはすぐにかき消られる。
流石に向こうも対抗したら【創造】の初期化は遅くなるが、確実に空間支配を剥ぎ取っていく。
まさか、それを待つ気はレイムにはなく、本体を叩き、空間支配の効果を無くことが優先だ。
「――〈銀帯豪雨〉ッ」
青天の霹靂、一瞬にして曇りだったそれが晴れ、水気が満ちるかのように刹那の間で魔力が空間支配領域の上空を満たしたことで光の雨となって零れ落ちる。
それは夏に多い夕立、晴れているのに雨が降る気象現象である天気雨に似ているが、無論、これは自然現象ではない。
まず、〈月界大吞〉によってレイムが放出した魔力を逆手にとって上空に魔力を集めて通常より火力を盛った威力で〈銀帯豪雨〉を発動するという持ちうる権能の発動順と組み合わせのコンボ技だ。
天空に異常なほど光が満ちる。
暖かい、とレイムは感じた。膨大な魔力を用いているからか、太陽の温度に似たものを感じ、天空を見るレイムに光の雨、豪雨が降りかかる。
ザァァァァァァァァァァッ――――と暖かい光の雨、それが無尽蔵の如くの規模がルナエールの直下に存在する全てを焼き尽くす。
しかし【終焉】形態となったレイム・レギレスには肌が紫外線にやれる程度の損傷度だが、光の雨の規模が巨大すぎて上からかかる重さで身動きが取れなくなる。
「うぐぐッ……ぐあああああッ!!!」
思わず絶叫に近いほどに声を上げて、上からの重さに抗うために出力を上げる。
だが、まだまだと言わざるを得ない。
たかがこんなことで足を止められるなんて、自分の戦法はこんなんじゃないとレイムはレイネルに思念を送る。
「ふんッ!!」
権能〈始まりの針――始旗創白支針〉をレイムの周りに突き刺してレイムをドーム状に【創造】の物質が覆い、振れた光の雨が初期化される。
ちょっとした雨宿り、レイムがすることは《終焉剣フィーニス》に瞬間的に魔力を込めて剣先を上に向ける。
《測定――その方向です》
「よしッ――ルークラガ」
もう一つの神器である《破神槍ルークラガ》を刀身に添えるように重ね、刀身に込めた魔力に浸せる。
念には念を。レイムは【終焉】の魔力をただ撃ち出すだけでなく、ルークラガを弾丸として用いる。
「これで終わり――」
今の自分の状況からレイムは、そう呟いた。
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