156話 月海に漂う少女⑥
ゴリゴリと音を立てて、ルエナールの冷静さが失われていく。
目の前に顕現した信じがたい事象に、脳内にある既存の知識を目の前にある事実に燃やされている気持ちだ。
一千歩譲って『魂』に干渉し、切り離し、もう一つの自分を顕現させることが可能とする事象を理解してもそのもう一人の自分が元の『黒』とは全く別の『白』を宿すことなんてあり得ない。
別々ならいいのでは、と思うかもしれないが、あの二つの『魂』は色に差異はあるが、『肉体』『精神』『魂』の形状は全く同じであり、そこから生じる『意思』すら一致しているというのに能力は『黒』から『白』へと変化した。
ヤバい、理解という行為を行えば、行うほどにレイム・レギレスという存在を完全に見誤ったことに冷静さが零れ落ち、じわじわと恐怖が生じる。
ヤバい、ここから逃げないと――と、ふと思ってしまう。
「……でもッ」
その時、ルエナールの耳に通信が入る。
「いいや――もう少しだけ待ってください」
一緒に来た仲間からの通信、その声を聞いて一番、力のある自分が逃げるわけにはいかないと恐怖を押し殺してレイムの方を見る。
一つだった存在は二つに分かれ、至高の『黒』と『白』になった。
その変化によって弱体化したかと思ったが、それでも自分と互角なわけがなく、力の厚みが分かれたことで自分の数倍の魔力量が少し減っただろうが、『黒』の方の魔力発生量がその隙間を瞬時に埋める。
そして安心していいのか、『黒』と『白』という正体を現したことでレイム・レギレスという存在の詳細は遠目から見ても明確に近いものが見える状態となり、SSランク以上、SSSランク相当であることが確定した。
ルエナールは勝つことではなく、生き残り、どう対処するかに考えを費やす。
「レイム、どうするの?」
「レイネルはこの空間支配を【創造】で上塗りして、そしたらやりやすくなる!!」
「了解。ゲネシス――」
レイネルは《終焉剣フィーニス》を白違いの《創造剣ゲネシス》をその手に顕現する。
これこそがレイム・レギレスの本気の入り口――つまり、ここからが本番というやつだ。
「はぁ~……ふぅ~」
分かりやすい動作からレイム・レギレスはやる気なのだと悟りながらも、今の時点で必死に考えたことなんて何もない、だけどただ生き残ることを念頭において深呼吸を終えたルエナールは覚悟を決める。
二対一、挟まれたら終わり、なら今までの同じように立ち回るほうがいいだろう。
そして先に動いたのはレイネルだ。
上空にいた『白』は重力に従って、いや自ら落下していき、地面に白い大剣を突き立てる。
「――『創造神冠』、〈始まりの針――始旗創白支針〉ッ」
その瞬間、創造神の権能が発動し、レイネルの周囲に少女の背丈ほどの槍が数本顕現し、円を描くように周りに突き刺す。
始まりの針――それは突き刺した地点から万物を白く侵食し、塗りつぶす。
世界系なら、一瞬で戦場を塗りつぶすことができるだろうが、この世界に対しての出力制限からレイムとレイネルは世界系を展開できないが、レイムとレイネルは権能レベルで対処できると踏んでいる。
「これは……」
万物が白く塗りつぶされる――という綺麗な光景とは裏腹にその性能は驚異的であり、ルエナールは自身の空間支配が削られている、いや白い部分が万物をなかったことにされている感覚を知る。
あの始まりの針は有り体に言うなら、創造の槍――それは物質でありながらも、物質界に存在しているものではない。
「これは――触れた物質をこれと同じ、創造状態にする。つまり初期化することができる」
それによって創造の土壌が整い、そこから更に発展した【創造】を行使することができるというレイネルの基本戦法である。
「なッ――」
それは驚愕の一言に尽きる。
あらゆるものを作り出すことができる【創造】の使い方を典型的な物質創造ではなく、【創造】という概念そのものを振るうなんて、それを制御し、容易に使用している時点で彼女の卓越した才能を感じる。
「――〈月界座標〉ッ」
何度目か、ルエナールは覚悟を決める。
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