109話 領域騒動⑫
「やっぱり――」
少年は冷たく呟く。
例え、刀身を限界まで伸ばしたとしてもフェルに届くことはない現状に呆れながら、リツリに意識を集中する。
次の瞬間、伸びた刀身が縮むが、フェルに向けられた剣先から異様な感じを察する。
「ん?」
ガチンと別れた刃が剣先から次々へと元の形に戻るが、剣先は静止しており、リツリが引っ張られる。
それは器用な芸当だ。
まさか、刀身に魔力を込めて座標を固定し、自分自身を剣先に移動するというなんてフェルでは考えそうで考えられなかった。
フェルは驚愕し、僅かな隙が生じる。
「ふぅッ!!」
全身を回転させ、遠心力を生ませてまた刀身を伸ばす。次は余裕でフェルに届く距離であるため、対峙するか、回避しなければいけないが、身体強化からの遠心力で振り回す速度は上がり、瞬きの間でフェルの横へと刃が迫る。
リツリの神器《漆黒大剣シルヴァグレン》は伸びて刃に隙間があろうと破壊の力で関係なく、刃の方向に触れれば、ダメージを負ってしまう。
予想通りから油断した。二度目だ。
これは敗北の兆し、神器には神器で対抗するしかない。
神器とは普通の武器、道具ではない。
神器とは能力にとって最高の出力機だ。
神器を抜かない理由はない、もし抜かないのなら、技能が足りていないか、何かしら理由がある。
理由、彼にとってそれは無理やりの昇華だろう。
実験施設出身という言葉、それは施設からの成功体、組織の戦力として投入された者達の総称だ。
そんなケースなんて精鋭部隊の中でも珍しくはない。
全ての存在が自然に神へと進化するわけがなく、何かしら手を加えられて神の位階へと昇華させる。
その方法は何かしらの犠牲、魂レベルでの干渉など解明されていないだけで幾つも存在するだろうが、成功率などたかが知れている。一つの世界で成功すれば、万々歳だ。
悪の組織は数多の世界を行き来し、素質のある者を集めて戦力へと組み込んでいる。効率は良いとは言えないが、これに関して効率など求め続けており、現状はこの手段は一番のやり方なのだろう。
自然に辿り着けるものにも苦労はある。
だが、それ以上を求めるなら、ある程度、いやそれ以上の犠牲が必要となる。その結果の生死がどうであろうと……。
彼にとって犠牲とは肉親の死だ。
今の自分があるのは姉のおかげ、いや姉のせいだ。
ルイカと境遇を同じくするフェルもまたどこかの世界から能力開発の実験体として能力実験施設『ジービル』に連れて来られた。
まず、全身に水をかけられる大雑把な洗浄、実験体の質の良さから治療、そして実験体の証とも言える布一枚に着替えさせられて子供と大人で分けられる。
そこは工場と呼ぶべきものだった。待つ時間は過去や未来を少し考えるだけで実験室へ連れられる。
高度な技術力から最初の工程は総勢百名で行われる。能力を覚醒させるために魂への干渉、それに生じる激痛は実験室に寝かされたすべての実験体が絶叫を上げる。
宇宙研究組織が提供した技術で半分以上が能力を発現するが、発現したところでその人の魂の強度が耐えられずに魂、精神、肉体の順番で崩壊していく。
そして崩壊していく最中で最後の叫びが実験室に轟く。
その実験室で生き残った者達にとってはその叫びは自分自身にも刻まれる。当然、トラウマとなるが、それが慣れてしまう。
普通に能力を発現し、生き残った者、能力を発現したが不安定なため他の力を融合する者など判断される。
もう既に意図的に無理なりの発現なため、更に位階を上げられるかを同時に試され、それを補強する場合は他の力を混合させるなどとして試行錯誤をしている。
自分はそもそも死ぬ予定だった。
だが、肉体的に近しい存在として双子の姉がいたため、彼女を犠牲にして物質に干渉する力を宿した自分が優先されたのだろう。
実験を施した者達に理由などなく、二つどちらも崩壊するのなら、片方を犠牲に片方を成功させた方が良いと考えたのだろう。
姉の生き残った部位を移植されて自分は精鋭部隊にまでの潜在能力を持ち合わせた。
これが犠牲の上にある自分だ。初めは人生に絶望していたが、生きること、戦うことを強制されるという光景。
死にたい……こんな人生から逃げたい。
だけど死ぬ覚悟なんて自分にはない、死にたいと思っていてもそんな勇気なんて自分にはない。
自分を殺すためにも力が必要であり、それは他人を殺すとは違って本当の全力でないといけない。
もし、死ぬ覚悟があろうと力のせいで制御される。
そんな自分に嫌気がさす。
どっちにも転べない、進めない。
生きるか、死ぬか、その分かれ道の手前でうじうじと悩んでいる自分を客観的に見たら、本当にちっぽけでみじめで人間の平均値にも達していないのだろうと思う。
こんな人生に絶望しているから死にたいと思った。
でも……姉を犠牲にした命を自分の手で壊すことは出来ない、だから生きたいと思った。
どっちも理由は存在する。
どっちの理由にも引っ張られているからこそ、片方に進めないのだ。
だから何も考えずに戦って自分が朽ちるまで機械のように可動し続けるって……そんな人間を捨てたような答えを自分で出したんだ。
心の内で思い出し、理由を確かめ、現状を整理して……更に一歩と少年は足を踏み出した。
正確には生きる方へ偏っていた。生きたいと思うのは何より肉親である姉のために――
「この身体は、命は……自分のだけのものじゃなかった――」
そう、それが彼にとって唯一の救いだ。
死の淵なんて見慣れているが、だからこそ自分の死を悟った。油断、思考を交えずに戦うことは相手にとって油断に映る。
そんなことでは犠牲になった姉に失礼だろう。
そして少年は刹那の内で自分の心……『魂』を理解した。
「神器、証明――ニグアルマ」
瞬間、少年の右腕が黒く染まる。
ゴリゴリと音を立てて掌に乗るような小さな黒い花弁のようなパーツが集まり、細い腕を覆い、形を成していく。
それはルイカが竜人へと変化したような硬く太い腕となり、指先は鋭利に変化した。
神器証明、それは神クラスへと至ったものが神器を作り出すことを言う。そう、簡単にはいかないが、完成した暁にはそれは能力にとって最高の出力機として役目を果たす。
そして自分自身を理解した少年、フェルは憧れているルイカの腕を参考して自分の神器を証明した。
今までの行動は本能のままに戦い生き残るというルイカを参考にしていた。そんな生き方が出来ればと憧れていた。
その名は《黒籠手ニグアルマ》、鎧のように腕に纏う籠手型の神器である。
それが神器であることは神器を所持するリツリには一目で理解できた。
「本気、というわけですね?」
そして当然の如く、フェルの能力、その出力が上がり、周囲の物質が共鳴してゴリゴリとまるで生物のように蠢いている。
生命に備わっている生存本能、ただ生きるという願望と大切なもののために生きるという理由が合わさったことで少年は真価を発揮する。
「あぁ……やっとだ。やっと、本気というものを理解したよ。改めてだけど、お前を殺す――」
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