108話 領域騒動⑪
「はぁ~……」
気が付けたため息が零れていく。
息を吸うという動作、その空気の余りが気持ちか、心か、精神の関係で零れているのだろう。惰性で生きている、それが今の自分だ。
何も考えたくないから、命じられたことをしているだけ……。
そこまでして生きたいのか、と自分に呆れてしまう。
確かに死ぬ覚悟なんてない、でも誰かに殺されるのは良い、誰かが強い感情を持って図分に刃を突き立ててくれれば、自分という存在がいたという証しが他人に刻まれるだろう。
でも、自分は【暗黒】に染まっている。能力を発現する際に【暗黒】を用いた『暗黒適合実験』の成功体だ。
この力のせいで自ら死を望もうとすると全くの別意識から遮られてしまう。自殺を防止するための役割にもなっている。
組織を統率し、地獄の実験の果てに生み出した駒、それを操るための【暗黒】だ。
だからこそ、彼は戦わなければならない。
自分の別意識は勝つことだけを望んでいる。
「やるだけ、やってやる――」
フェルは即座に立ち上がる。
この能力を使う度に自分が犠牲にした存在を思い出す。身体に傷をつけ、精神にも傷をつけ、ボロボロな状態で殺し合う。
本当に存在の最底辺と呼べるべき有様だ。
「最低だな……でも、俺は――」
全身に力を込めると彼の周囲が黒に支配される。
彼、フェルの能力は『黒質神冠』はあらゆる物質を黒化させてそれを操作することができる。
その性質から汎用性は非常に高く、どんな物質でも掌握してしまえば、彼の思い通りに動き、物理法則すら無視する。
「集え、斬り裂けッ!!!」
怒りに任せて剣やナイフのようなものを形作り、幾つものそれを重ねて一つの大きな武器へと変貌させる。
漆黒の物質を模るのは簡単な構造である剣やナイフに限定している。銃器など複雑なものを模ることもできるが、それは脳の全容量を模ることになってしまうため、手軽な剣やナイフを主に作り出し、銃は奥の手と決めている。
幾千の剣やナイフが集い、大樹の幹ほどの太さとなったものが地面や建物をゴリゴリと削ってリツリに迫る。
それを《漆黒大剣シルヴァグレン》で真っ向から迎え撃つ。黒を広げて物質を掌握するフェルと黒という破壊を纏った物質を己から生成するリツリ。
些細な類似点だが、心優しいリツリ・リファーストはどこか彼に同情してしまう。
お人好しと言っていいのか、メイドという役割、主神を守る役割を与えられ、その心の中は外見と直結した温和な女性だ。
華奢でありながら、軽々しく大剣を振り上げてガリガリと幾千の刃を削る。
お互い殺傷能力は五分五分か。リツリは戦う力を持っているが、正直、戦うのは久しぶりなのだ。フェルは戦闘経験があるが、それをルイカのように糧にしようとはしていない。
「戦う気なんてさらさらないんですね?」
「あぁ、そうだよ。でも戦うしかない、ただそれだけのことだ――」
止められた太い刃の群れから新たに枝のように左右から無数の刃が増殖してリツリに迫る。
「器用です、ねッ!!」
魔力による身体強化で空中を蹴って上へ跳び、回避する。大剣を所持しているリツリにとって遠距離で戦っていては相手に決定打を与えることが出来ないため、刃を避けてフェルに接近する。
「来るか」
だが、彼の力は多彩だった。
もう既に地面が漆黒に染まっており、そこから無数の剣が逆さまの雨のように下から上がる。
「それは流石です」
それはただの評価。殺し合いをしている敵である相手であるフェルの戦い方をただただ賞賛している。
それに彼は顔を歪ませる。意味が分からない、それが余裕の態度なら、それを崩すまでだと畳み掛ける。
「貫けッ!!」
そうフェルが叫ぶと全ての漆黒の刃がリツリに刃先を向けて迫る。
「ハァァァァァッ!!!」
リツリは全身から能力の【黒壊】を乗せた魔力を放出する。
それは風を起こし、フェルが操る漆黒の剣たちを吹き飛ばすが、リツリに近いものだけが落ち、後方の刃はリツリに迫る。
それを大剣で振り回して薙ぎ払うが、それでも漆黒の剣の数は多く、リツリは回避するが、完全に避けられず、かすり傷を負う。
「慣れていないな」
淡々とした口調で呟く。
それはただリツリが傷を受けただけだったが、少年の身なりであるフェルにある戦闘経験からの直感であるだろうが、その言葉は的中していた。纏っている服が使用人のメイド服だからか、戦闘は不向きとフェルは考えたのだろう。
それに関しては完全には当たっていない。
かつて領域と同時期にリツリを含めた七人の使用人は破壊神によって創造され、その基礎能力は非常に高く、使用人も統率するために全員ではなく、使用人一番のリツリ・リファーストが選ばれた。
その名誉のためにも敗北なんて自分が許さない。
「半分は当たっています。戦うのは久しぶりなので」
リツリは刃たちの上を駆け、距離を詰める。
「ふぅッ!!」
攻撃、痛みを受ける前提でリツリ・リファーストは刃が届く距離にまで詰める。
だが、しかし既存の物質を支配した刀剣の模り、それらを操っているフェルは空間把握能力が高い。能力の種類は無論、無限に存在しており、それらの使い方、個人の解釈が存在している。
意識下でも無意識下でも『魂』が得意とする系統の技が発現する。
その中で能力によって具現化したものを浮遊させて操作する類を持つ者は空間把握能力に長けているのだ。
端的に表すなら、自身以外にも頭を回せる奴だ。工夫をするなら、大群を一つとして認識することで脳の容量を節約できる。
更に神クラスという位階の能力になれば、命令をすることでの自動及び省略化をする術があり、剣の具現化は一つの剣から自動生成で生み出したのだろう。能力の手数を増やすこと性能を上げる手段の一つだ。
だが、神クラスに到達した者でもそれが長けているがどうかは本人次第だ。フェルの場合、剣の操作は常時、浮遊させておいて標的を定める場合は本人が決める。
能力の使い方、手段を拡張することでフェルの手数は多くなり、周囲の剣がなくなろうと次の手を瞬時に生み出すことが出来るだろう。
やはり狙うのは――
「距離はまだまだ、だが……」
例え、大剣が届く距離でなかろうとフェルはあの大剣の刀身が伸びる仕様である蛇腹剣であることを知っているため、油断などできない。
そしてフェルが予想した通りにリツリは刀身を伸ばした。
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