80.変幻自在の―― その六
連続更新途切れてしまいました……
「――はっ!」
狩られる側から狩る側に変わったことで、スコアを伸ばしている者がいる。アジューカスだ。
彼は器用万能と称されており、剣も槍も斧も弓も盾も魔法もある程度扱える。己の身一つで冒険者をやるならこうするだろう、という考えの基に構築したスタイルだ。
その代わりに一つ一つのSレベは低く、一番成長させているものでも二次の20に届くかどうか、と言った具合だ。
こんな中途半端な彼がトップ勢として戦えている理由は一つ。それは、まさしく万能と呼べるほどの対応力にある。
「なんでだよ……俺は三次スキルまで進化させてるのに、なんで勝てないんだよ!?」
「ふっ、はあっ!」
彼は戦闘中に無駄口を叩かない。基本的に掛け声か、号令か、あとはこうやって力を込めるための発声だ。
石畳を容易く砕く戦槌を躱し、アジューカスはバスタード・ソードを振るう。
バスタード・ソ-ドは別名、ハンド・アンド・ア・ハーフ・ソードと呼ばれることもある、両手でも片手でも扱えるように調整された汎用性の高い剣である。
悪く言えば、片手剣として扱うには刀身が長く、両手剣として扱うには刀身がやや短い剣だ。
アジューカスはこのバスタード・ソードを好んで扱う。
理由は簡単で、手札が増えるからだ。使い熟すには少々鍛錬が必要だが、その汎用性の高さは間違いないのだ。
「……クリア。これで一七人か」
今しがた斃した男を背に、アジューカスは周囲の索敵を行った。
彼は後半戦に移行してから一七人の異人を斃してきた。その殆どは中堅勢だが、攻略組と形容される実力者もいた。
アジューカスはレベルとSレベだけ見れば中堅勢と大差ないため、大体の相手には格上に挑む気概で当たっている。
「オーナー! こっちも問題ありません!」
「……よし、次のポイントまで警戒しつつ移動する。遅れるなよ」
効率良く稼ぐために連れてきたクランメンバーと共に、アジューカスはその場から移動した。
彼らは人数を増やすことで監視の目を増やし、フレンドメールを常時開いておくことで即座に連絡できるよう備えている。
ロザリー、ディルック、紫リンゴ、白雪御前……
同じトップ勢と呼ばれているが、アジューカスと彼らには絶対的な差があると、彼は思っている。
そのため、彼は冒険者として団体行動を前提としたクランを設立し、違う路線を行くことでオリジナリティを確立した。
パーティーを組めないイベントフィールドでもその方針は変わらない。
誰か一人がトップに躍り出ることよりも、全員でそれなりの成績を残すことを重視した。
「……! オーナー、ロザリーです」
「拙いな」
イベント後半戦が始まって早二日。
彼ら【剣友会】は集団で戦うことで、全員が一〇〇位以内に収まるという目標を達成した。大凡三〇名、ランキングの三分の一は彼らの名で埋まっている。
そんな、順調に成果を増やしていた頃、彼らは災害の姿を発見した。
「迂回しますか?」
「……いや、待機だ。動けば見つかる」
それは勘だった。普通に考えれば、索敵能力の高い相手を避けるためにも、この場から離れるべきだろう。
しかしアジューカスは敢えて待機を選んだ。
「ぐわあああっ!?」
――果たして、それは正解だった。
彼らとは別の場所でこそこそと鼠のように移動していた男が、ハルバードを叩きつけられて消えていった。
一撃で斃し、ロザリーは飛び去っていく。
そして、斃された彼と自分達の違いが何なのか考えたアジューカスは、ふと建物の影に意識を奪われた。
これも勘だが、ナニカがいた気がするのだ。
「(魔物……? そう言えばベレスとかいう猫みたいな魔物を飼っていたな。なるほど影か)」
そして、ベレスの存在を思い出したアジューカスは、自分達が立っている場所を観察する。
小さな建物は屋根が崩れていて、そこから差す太陽の光によって他の影から隔離されている。影の中を移動する魔物がいたとしても、光を超えるために姿を現さなければならないだろう。
「オーナー、あっちなら遭遇可能性はほぼ無いはずです」
「ああ、そうだな。ロザリーがいた場合はまた指示を出す」
【剣友会】はアジューカスの指示に従って経路を変える。
だが、ロザリーから距離を取るのなら、なおさら注意しなければならない。このイベントで相対してはならない災害は一人だけではないのだ。
――イベント後半戦が始まってから三日目の夕方。
「オーナー! 八時方向のメンバーが全滅しました!」
「誰にやられた?」
「……不明です。正体不明の何者か、としか」
五〇メートル以内の出来事である。普通なら、この程度の距離で戦闘が起きれば気がつくものだ。
しかし彼らは気づかなかった。一つのパーティーがやられて初めて攻撃されたことを知った。
「(姿が見えなかったのか? それとも視界外から一瞬で? 後者が可能なのはロザリーぐらいだが、それでも気づかれないわけじゃない。隠蔽、もしくは擬態に類するスキルがあると考えた方がいいだろう)最大警戒! 常に互いの位置を視界に入れろ!」
即座に自分達が危ない状態であると判断したアジューカスは、クランメンバーに警戒するよう指示を出した。
彼らはジリジリとオーナーを中心に小さな円を描き、互いの顔が見える距離で武器を構える。
「――ぐあっ!」
「ダニー!? クソっ、どこにいやがる!?」
「無闇に動くな! 不審物がないか注意しろ!」
「不審物たってオーナー! 蛇ぐらいしか――」
直後、事切れて倒れる異人のアバター。それを見たことで、アジューカスは下手人を特定した。
「目標、蛇に擬態した何者か! 別種にも擬態すると考えろ!」
「了解!」
それは蛇だった。全長一メートルほどの細長い蛇。
脱初心者が最初のレベリングで赴く無人島に生息している普通の爬虫類で、好戦的な性格以外には大した特徴を持たない蛇だ。
指示を受けたメンバーはその蛇に向かって攻撃をしかける。それが普通の爬虫類ならば、容易く屠れるだろう。
――けれど、そうはならなかった。
「……っこぺ」
今まさに剣を振り下ろした男の首が一八〇度ねじ曲がる。彼の口から滑稽な音が漏れたが、そんな些細なことを気にする余裕が無いほど、姿を見せた男は異様であった。
――グレイ・アンビシャス。
かつてロスト・ヘブンで様々な悪名で呼ばれ、それを栄誉として恣にしていた男。ランキング六位、魑魅魍魎の魔境経験者からは『毒蜘蛛』の通称で呼ばれる者。
「もう少し様子を見たかったのですが……仕方ありませんよね? 戦闘能力は皆無だったんですから」
どこにでもいるような服装で、あまり特徴的とは言い難い灰色の髪で、目立たないが整っている顔立ちで、あまつさえ優しそうな雰囲気を醸し出して、彼は【剣友会】の前に立つ。
「――やれ!」
アジューカスは簡潔で単純な指示を出した。あの男に何もさせてはならないと警鐘を鳴らす勘のままに。
「挨拶ぐらいするでしょう普通。っと、道場通いですか」
「っ、なんで」
たった一振りで道場に通った経験があることを見抜かれ、小柄な女性が驚愕を顕わにする。
「そちらは素人ですね。システムの補正で様にはなっていますが……荒い」
そしてグレイは、散歩でもするかのような気軽さで彼女の頸椎を蹴り砕き、もう一人の腹の半分を消し飛ばした。
言葉とは……雰囲気とは裏腹に、彼の実力は凄まじかった。
ゴミでも掃いて捨てるように、中堅以上の実力を持つ異人達を蹴散らしている。
「アーツを使うまでもない……という分かりやすいお手本です。どうでした?」
「外道が!」
憤慨した大男が巨大な戦槌を振りかぶった。
グレイの周辺には、死なないギリギリのラインで生かされている仲間が倒れている。痛覚制限があるとはいえ、触覚や体温などはそのままなのだ。
鮮血が流れる。命が消えていく感覚を味わうのは……彼らには早すぎた。
倒れている者のステータスには【恐怖】の状態異常が表示されている。ゆっくりと、ゆっくりと殺されていく現実が、彼らにトラウマを植え付けるのだ。
「外道だなんて――ありがとうございます」
大男の背中から筒状の肉塊が突き出す。それは帝国南東の密林にのみ生息しているヒルのような魔物なのだが、彼は闇組織の伝手を利用して何体か入手していた。
その魔物は生きている動物の肉を抉りながら食べることで知られている。捕食器官である頭部をドリルのように捻って……
「が……はっ……ぁ!」
残ったのはアジューカスだけだ。
この死屍累々の状況でまともに立ち向かえるのは、彼だけだった。




