72.魂を燃やして
□【地平線の騎士団】クランハウス・ふもっふ
振り下ろすたびにダメージを伴う反動が返ってくる。中毒も気にせずがぶ飲みしたポーションでHPを誤魔化しながら、ふもっふは魂を込めて槌を振るう。
彼女にとってのゲームは夢を叶える場所だ。
リアルの彼女はあまりにも病弱で、大好きな稼業を継ぐことが出来ない。だからこそ全力を、魂を燃やして打ち込める鍛冶が出来るゲームにのめり込んだ。
最初は鍛冶に適した種族で始めようと思っていたが、彼女は健康的な体が欲しいのではなく、自分の体で鍛冶をしたいのだ。だからリアルと同じ身長に設定し、鍛冶に不向きな種族を選び、リアルの自分と同じ体質を詰め込んだ。
病弱で貧弱な体は彼女そのもの。
だからこそ魂を込めるのに相応しいと考え、事実ふもっふはその体で異人の鍛冶師として一躍有名となった。
――槌を振るう。
彼女は金属がぶつかる音が好きだ。
熱い鉄を叩いた時に飛び散る火花が好きだ。
鍛冶に含まれるあらゆる要素を愛し、いつか自分の手で作品を創りたいと考えていた。
――槌を振るう。
目の前にあるのはこれまでの人生で最高の鉱石だ。地球の常識が通用しない未知の鉱物であり、言葉では表せない美しい鉱石でもある。
赤銅色をベースに、金色、藤色、瑠璃色の小さな粒が散らばる不思議な色をしているこの鉱石は、真なる竜がその身に纏っている鎧を構成している物質らしい。
――槌を振るう。
ふもっふはこの世界に来てから満足のいく作品を創ることが出来ていなかった。
毎日々々駄作を創り、SGを稼ぐためにその駄作を売ることの繰り返し。その中で誕生した、最も傑作に近い駄作が【影追の竜鱗腕鎧】だ。
これはあと一歩及ばずに駄作と成り果てた、珍しく心の底から悔しいと感じた作品である。
あと少しだけ自身の実力が足りていれば完成させることが出来たというのに……。そんな後悔と屈辱を覚えながら、彼女は駄作として形を残すことを選んだ。
依頼を受けた以上、それがどんな駄作であろうと依頼主に見せる。そして依頼主が納得したのなら渡す。
彼女自身の気持ちは後回しで……
――槌を振るう。
この世界ではスキルとそのレベルが大きな影響力を持つ。
彼女はとうぜん鍛冶師として活動するために【鍛冶】を取り、進化で【鍛冶師】に、そして更なる進化で【妖魔鍛冶師】と【封魔鍛冶師】の二つを同時に入手した。
ユニークスキルを二つ、しかも一つのスキルから分裂する形で入手したのは彼女しかいないだろう。
――槌を振るう。
型に流して成型、なんて興ざめな仕事はしない。
彼女が創っているのは量産品ではなく、全身全霊を込める唯一無二の作品なのだから。
――槌を振るう。HPが三割を切った。
片手を離すことすら妥協になってしまう集中の中、彼女はショートカットを用いて出現させたポーションを足で蹴り上げ、瓶の口を牙で砕くとそのまま嚥下した。
口内が多少傷つこうが構わないと、彼女はそう考え槌を振るい続ける。
――槌を振るう。
「――はぁ……はぁ……はぁ……」
言葉も出ないほど疲れ果てた体で、ふもっふは最後の仕上げに入る。
時間は既に夜の一一時を過ぎ、あと十数分で日付が変わる。ロザリーから依頼を受けたのが夕方のため、作業に取りかかってすでに六時間以上が経過していた。
システムに頼れば半分以上は時間を短縮できていただろう。
だが、デザインを含め手作業で行うからこそ意味があると彼女は考える。
たとえ、リアルに持ってくることが出来ないデータに過ぎなくても、いつかは消えるものだと分かっていても、魂を賭して創れるのならば悔いはない。
――槌を振るう。槌を振るう。槌を振るう。
リアルでは出来ない鍛冶をする。それが彼女の唯一の夢であり、人生だった。
ふもっふというプレイヤーが――鍛冶律という人間が生きた証を残せるなら、これで死んでも構わないと情熱を込めて、小さな手に握る槌を振るう。
これしか無いのだと自分に言い聞かせて。
これにしか情熱を持てないのだと自分を追い込んで。
「できぃ……たぁぁぁぁ…………!」
最後の工程が終わった。
思いつく中で最良の手段で、最高の素材を消費して、胸を張って傑作と言えるモノが完成した。
赤銅色に染まった墨のような腕鎧。形状は駄作であった頃と同じではあるが、その美しさは比べる必要すら無い。
腕を振るうだけである程度の殺傷能力を持ち、異人に普及している装備では傷一つ付けることが出来ず、魔力や呪怨を一切ロスせずに伝える最高の防具。
【彷徨竜の擬鱗鉱】と同じく、金色、藤色、瑠璃色などの色鮮やかな粒が表面に淡く浮かぶ様は、まさに芸術と呼べるだろう。
思い切って炉に入れる炎に全財産を溶かした甲斐があったというもの。
この装備を完成させた炉にはもう僅かしか残っていないが、火精霊の息吹と呼ばれる稀少アイテムを使った炎に、ふもっふは敬意と感謝を込めて礼をする。
無一文になったことなぞどうでもいい。ただ、作品を完成させてくれたことへの感謝を込める。
(最高の逸品を創るお手伝いをしていただきぃ、ありがとうございますぅ……)
そして、限界を超えた彼女はそのまま気絶するようにログアウトした。




