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セカンドワールド!  作者: こ~りん
三章:褪せることなき神秘を見よ
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57.試練の領域 その二

 振るう、振るう、振るう。一心不乱に、隙を与えないように振るう。無駄が無いように振るう。けれど、私の攻撃は全て防がれ、いなされます。


『――ぬう……!』


 しかし、先程と違うのは、私が自由にアーツを使えるようになったことです。

 体の制御をシステムに奪われていた以前と異なり、好きなタイミングで、好きな姿勢でアーツを繰り出せるのです。


 威力が上がる《スラッシュ》、呪詛を乗せる《カースドスラッシュ》、体勢を意識することで四連撃を繰り出せる《旋風斬》、攻撃をいなした直後の威力を上げる《カウンター》。

 これらを駆使することで、私は彼と互角の戦いに持ち込むことが可能になりました。


『凡人であれば慣れるのに半月を要するというのに……全く、才能というのは恐ろしいものだ』

「自分で言うのも何ですが、私は非凡なので当然です」


 私の脳は仮想空間に適応していますからね。リアルならともかく、こちらの世界で思うように動けないことなどありません。


「――ベレス!」

「mya!」


 何度も打ち合い、時間の経過すら忘れてお互いに疲労が溜まり始めた頃。

 私はようやく狙えそうだと確信し、鎧の彼を睨み付けるようにしてベレスの名を呼びました。


『同じ手は食らわぬ! …………む』

「誰が、同じ事をすると言いましたか?」


 ベレスは鎧の彼を拘束すると見せかけて、彼が守りを固めた瞬間に影の中へ潜りました。

 ハッキリと行方を追えるのは私だけであり、何をしているのか分かるのも私だけです。ハルバードを構えている私を警戒しないわけにはいかないので、鎧の彼は下手な動きは出来ないでしょう。


 ベレスが何をしているのか、私が何を狙っているのか、彼には分からないのです。分からないから、彼は動こうにも動けない。罠を警戒しなければならない。


 一秒が長く感じます。何秒経ったのでしょうね?

 やがて私と彼の間に流れていた静謐は、悲鳴と共に破られました。


『――すまん、やられた!』

『ぬう!?』


 ベレスに纏わり付かれた狩人は、その手で構えた五人張りを鎧の彼に向けています。装束の効果は消えているので姿はハッキリと見えています。

 矢が何本も放たれ、そのうちの一本が鎧の右手首を貫いたことで、彼の右手はちぎれました。


 裏切ったかのように見えるでしょう。しかし、これはベレスが操っているので彼の裏切りではありません。

 方法や先日の王都で発生したテロの際に、ベレスが悪魔獣を倒した時のものを応用したのです。


 肉体の内部に入り込むことで動きを止め、更にパワードスーツのように外側にも纏わり付くことで強制的に体を操作する技です。


「ベレスは影と同化する魔物ですからね。肉体の内部に光が届かない以上、そこにベレスが入り込むのは難しいことではありません」

『しかし、移動しようとすれば痕跡が…………ぬう、そう言うことか』

「気付いたようですね。ええ、先程までの攻防は貴方の影と狩人が同じ影に重なるよう誘導するためのものでした」


 折れてはいるもののそれなりの高さがある柱を見て、私はそう説明しました。

 片手が使えなくなった彼は私を倒すことが出来なくなり、狩人の生殺与奪も私が握っています。時間を掛けて逃れることは可能かも知れませんが、一〇秒あれば二人とも私が殺せます。


『……良き相棒を持ったな。我らは敗北とする。残りは一人だが……』

「ユキに任せます。試練の結果はそちらが終わってから決めてください」


 □試練の領域・白雪御前


「この居合いを初見で防がれるとは思わなかったなー」

『――魔法を斬れるやつに言われたくないわね』


 目で追えないほどの速度で抜刀された『銀世界』が、魔術師の持つ短剣に防がれる。

 魔術師が両の手にそれぞれ握っているのは、美麗な装飾が施された美術品のような短剣だ。そんな実用性が低いような代物に容易く防がれたことで、白雪御前は思わず目を剥いた。


 しかし同時に、魔術師もまた驚きを隠せなかった。

 最初に放った魔法は牽制ではあったが、当たれば致命傷は確実だと自負していたものだ。躱されるだけならいざ知らず、あまりにも綺麗に斬られて無力化されたので驚愕していた。

 なにより、抜刀速度が異常に過ぎる。奇妙な構えではあったが、手が動き始めたと認識した瞬間と抜刀が終わった瞬間が、魔術師の目には重なっているように見えたのだから。


『様子見しようと思ったのだけれど、最初から本気で掛からないと貴女は倒せそうにないわね』

「そう? 私よりロザっちのほうが何倍も強いから出さなくてもいいよ」

『相対的に弱く見えるだけで、どっちも化け物なのは変わらないでしょうに』


 溜息をつくように嘲り、魔術師は短剣を振るう。短剣の二刀流だ。

 そう言えば二刀流はレアスキルだったなと白雪御前は思う。クラン内に一人使うメンバーがいたが、彼は配信業で忙しくソロ活動が多いらしい。


 二刀流スキルは取得が難しいのだ。右手と左手が感覚が異なる上、攻撃か防御のどちらに重きを置くかでも難易度が変わる。

 公開された条件を見て、白雪御前が思わず『うへぇ……』と溜息をつくほどである。


『――凍てつけ』

「効かないよ!」


 鎧の男との距離が近いためそちらにも警戒を向けながら、二人は剣撃を交わし合う。

 魔術師はオートで追従する水晶玉もあるため、魔法も警戒しなければならない。


『っ、氷は効かないようね。なら――■■■■■〈轟く雷撃〉!』

「――【銀世界】!」


 短縮しているのか、それともオリジナルか。聞き取ることの出来なかった詠唱で放たれた魔法は、武器スキルを使用しなければ防げないと判断する。

 二つの水晶玉から稲妻が迸り、獲物を狩る狼の姿を象って襲い掛かった。


 そして、解放された『銀世界』の力は、それらからエネルギーを奪い去って無力化した。

 『銀世界』には冬が込められている。そして【銀世界】は込められた冬を解き放つ。


 冬が命の育みを容赦なく奪い去るように、放たれた魔法に込められた魔力を『銀世界』が奪ったのだ。

 魔法は魔力で構成されているため、とうぜん魔力を失えば消える。


『……どうやら私の天敵のようね、貴女は』

「じゃあ大人しくやられてくれる?」

『嫌よ。だって首を斬りに来ているじゃない』

「だって効率的だもん。あ、それとも目玉に突き刺して欲しい? 自慢じゃないけど、目玉だけを狙うの得意なんだよね」


 その言葉に、魔術師は布の下で恐怖した。


 オニビトは本来、生まれ持った力に任せた戦いを得意とする種族だ。使用する武器によって多少の加減を覚えることはあるが、根底にあるのは純粋な暴力衝動と言える。

 戦うために生き、より強い存在と死闘するために成長する。断じて、白雪御前のような戦いをする種族ではないのだ。


 魔術師は思う。目の前にいるオニビトはオニビトに非ず。

 巧みな刀捌きは達人の領域に片足を踏み入れている。


 彼女は目玉だけを狙うのが得意だと言った。得意ならば、布で隠していようと間違いなく目玉だけを貫くだろう。

 目玉に刃が迫る光景は恐怖でしかない。

 死の恐怖に、想像することが困難な痛みへの恐怖。そして、出来て当然のように振る舞う彼女への恐怖。


「――邪魔だなぁ」


 矢が弾かれた。

 姿を隠している狩人は試練の挑戦者の隙を窺い、死角から攻撃する役割を担っているのだが、警戒しなければならない相手が三人ではなく二人になっているため、油断しなければ脅威にはならない。


 遠距離攻撃への対処は、とっくに昔に慣れている。

 自身に向けられる攻撃を難なく防ぎ、効率がいいからと執拗に目玉を狙う戦い方から、ロスト・ヘブンで白雪御前に付けられた二つ名は『目玉狩り』。そして、彼女に倒された者は『確実に倒したければ核ミサイルでも持ってこい。じゃなきゃ話にならねぇ』と口々に評価する。


 トップランカーの中での実力は下位だが、彼女は間違いなく、ロザリーのような常識を外れた才能を持っているのだ。


『■■■■■〈風滅の五月雨〉!』

「【銀世界】――手数を増やしても無駄だよ」


 絡め取るように、知識が無くとも優れていると認識できる技が魔法を斬り裂いた。横殴りに降る雨のように放たれた風の刃は、やはりその魔力を奪われて形を保てなくなる。


 日本の剣術に長けている者が見れば、白雪御前の技には様々な流派が取り込まれていることが分かるだろう。

 そこにアクション映画さながらの動きが加えられることで、彼女の剣術は攻撃的であると同時に、受け流すことも得意とするのだ。


「……ロザっちは何してるんだろう?」

『余所見は私を倒してからにしなさいよ!』

「余所見はしてないよ。飽きただけ」


 魔術師の猛攻を軽々といなし、白雪御前は溜息をついた。

 魔法を使いながら接近戦をする魔術師の戦い方には驚いたが、慣れてくればつまらなく感じるものだ。


 視界の端ではロザリーがしゃがみ込み、何かの確認をしている。鎧の男はそれを見張っているようだ。


『飽きた……!?』

「だって単調だもん。魔法は無効化できるし、近接も私の方が得意みたいだし」


 白雪御前の攻撃を防ぐ程度の技量はあるようだが、距離を詰められたときに時間を稼ぐための手段であって、本職ではないのだろう。

 二本の短剣で相手を抑えつつ魔法を使う動きは確かに目を見張るものがあるが、それだけで前衛と戦えるほどの巧さは無い。


 白雪御前からすればつまらない剣術だったのだ。


「あっちも再開したみたいだし、決着つけようかな……」

『っ――■■■■■〈溶け落ちる岩山〉ッ!』


 だから、白雪御前にとって魔術師は、強敵から遊び相手に格下げされた。ロザリーの戦いが終わるまでの暇つぶし相手になったのだ。


 無論警戒はする。魔法が当たれば即死するからだ。だが、そんなミスをするほど白雪御前は素人ではない。


「【銀世界】」


 たとえ溶岩を再現した魔法であろうと、『銀世界』を持つ白雪御前には通じない。

 アンチマジックウェポン――対魔法としては最上級と言われる武器を握っているのだから。


 『銀世界』の詳細を知っているのは彼女一人だから、アンチマジックウェポンであることを知るのは彼女だけである。

 武器スキルの詳細に加え、フレーバーテキストとしてアンチマジックウェポンであると書かれていたため、白雪御前は魔法を必要以上に警戒しなくてもいいのだ。


『■■■■■〈付与(エンチャント)鋭刃(シャープエッジ)〉〈付与(エンチャント)雷撃(ライトニング)〉!』

「付与魔法も使えるんだ。まあ、だから何って話だけど」


 刃を鋭くする付与魔法に、雷属性を付与する魔法。普通の武器ならば鍔迫り合いをするだけで武器ごと斬られ、耐えても雷が伝わり手を離してしまうだろう。


「私の『銀世界』に魔法は通じないんだから、付与魔法を使っても意味なんて無いよ」


 けれど、触れた側から魔力を奪われていては意味を成さない。

 斬れ味は瞬く間に落ち、宿った雷は伝わることなく消えていく。


 魔術師は顔を顰め、今度は自分自身に付与を施した。筋力を増強し、素早さを増した。――それでも通用しない。

 多少力が強くなっても、多少速度が増しても、彼女の器用さはそれに合わせることが出来るからだ。


 いつの間にか狩人の横やりは無くなった。横目で見れば、どうやらロザリーは鎧の男と狩人を倒したようで、あとは魔術師だけとなっている。

 白雪御前はもう決着を付けるべきと判断し、怒濤の攻撃を始めた。


「――これで終わりだよ」

『がぁ……』


 フェイントで魔術師の意識を逸らし、顎の下から刃を突き刺すと頭頂部から刃が飛び出す。

 脳を破壊されているのは一目瞭然であり、アンデッドでなければ間違いなく即死だろう。


 白雪御前は試練で用意された敵とはいえ殺してよかったのかと思ったが、殺すことを禁止されていなかったためいいのだろうと考えることにした。

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