53.格上狩り
「話を戻すねぇ……」
私の質問で少し中断されましたが、紅茶で口を湿らせた領主が続きを話し始めました。
「無断でトレント材を切り出されたことに怒った旧きハイエルフはねぇ……、すぐに使いを出して抗議をしたんだよねぇ……、抗議と言っても殆ど脅迫だったらしいけどねぇ……」
「……内容は伝わっているのですか?」
「詳しくは伝わってないねぇ……、ただ、当時の領主は紆余曲折の後にねぇ……、貴金属などの鉱石類を贈る代わりにねぇ……、トレント材を切り出す許可をもらったんだよねぇ……、彼らの基準で老いたとされる樹を冬に一本だけ伐採できるのはねぇ……、当時から続く約束事を守っているからなんだよねぇ……」
旧きハイエルフがどのような性格で、どのようなしきたりで生きているのかは分かりませんが、他言無用になるほど秘密主義な彼ら相手に取引を持ちかけ成立させた六代前の領主は、よほど優秀な人だったのでしょう。
当代の領主である彼は尊敬の念を込めて、当時の領主の肖像画を踊り場に飾っていると語りました。
応接間を兼ねた執務室に来る途中で見掛けましたが、この話を聞いてからだと見た目以上に凄い絵に感じますね。
話はその後も続きましたが、トレント材に関する部分は先程ので終わりのようです。
しかし、六代前の領主が為した功績はどれも素晴らしいものでした。偉業、と言い換えることも出来ます。
不治の病の特効薬になる新種の植物を発見したり、小さな村を一代で街に発展させたり、更には自領の騎士団を率いて竜の討伐をしたこともあるのだそう。
三〇〇年以上昔のことですから細部まで細かく伝わっているわけでは無いそうですが、功績を讃えて贈られた勲章などは家宝として保管していると彼は話を締めました。
「長話を聞いてくれてありがとうねぇ……、トレント材はなるべく早く伐採するように指示するけどねぇ……、最低でも冬まで待って欲しいと報告して欲しいねぇ……」
その後シェィ・ランさんは、トレント材が何らかの理由で確保出来なかった時用の契約書を取り出し、内容を領主と確認した上でサインを求めました。
私とユキにもその内容は知らされていて、大まかに説明すると、トレント材をなるべく早く伐採すること、トレント材が入手出来るまでの繋ぎとなる木材を提供することの二つです。
二枚の契約書にそれぞれサインをし、一枚はシェィ・ランさんが持ち帰って城に提出、もう一枚は領主がこのまま保管することになりました。
代金は宰相名義で支払われることが確定しているので、木材はこのまま受け取ることになっています。
「それじゃ案内人を使わせるから、無事な倉庫から持っていってねぇ……」
あとはもうシェィ・ランさんの仕事ですね。木材を受け取ったらそのままポータルで王都に帰還できますから。
馬も返す必要がありますが、こちらは冒険者組合経由で返却が可能なので、倉庫から戻ってきた後に手続きをしました。
ちなみに、繋ぎとなる木材も無かった場合は隣接する村々を馬で回る予定でしたが、必要数確保できたので問題ありません。
……ぼそっと聞こえた『残業しなくて済んだ』は聞かなかったことにします。半世紀前と比べてだいぶ減りましたが、ブラックな企業は今でも残っているんですよね。
♢
「スキル上げ?」
「そろそろ集中して上げておきたいからね」
報酬を受け取った私とユキは再びマグダナに訪れ、冒険者組合で天蓋の森への侵入手続きをしていました。
と言っても、ユキは開けたフィールドの方が得意なので森には入らないんですけどね。
【軽戦士】を三次スキルに進化させるために必要なレベルは30、今日一日頑張ればギリギリ届きます。いい加減【襲撃】も上げたいので、今日と明日はこの二つのスキルレベルを上げることに集中します。
「……じゃあ、私はロザっちが驚くようなスキルを取得しよっかな」
「ユキのスキル構成ってどうなってるの?」
ふと気になったので訊ねてみました。
「えっとね……【刀】に【瞬発力強化】、【韋駄天】、あとは【剣士】と【思考加速】かな。刀特化」
「……少なすぎない? もう少し増やしたら?」
「んー、オススメある?」
「まず【鑑定】と【看破】、【状態異常耐性】、ユキなら【跳躍】も便利かも」
私が知っているスキルは少ないですし、オススメしたのはどれも私が持っているものになりますが、汎用性があるので使いどころに困ることは無いはずです。
UIを操作して取得可能スキルを眺めていたユキは悩んだ末、奇をてらうこと無く無難な新スキルを取得しました。
私はついでにステータスを強化してくれるパッシブスキルを取得しました。
【瞬発力強化】とか【持久力増加】とか、今まで取得可能スキルにありませんでしたからね。いつ解放されたのかは分かりませんが、これらはいずれ大きな力になるでしょう。
さて、お互いに狩りをするためパーティーを解散し、私は天蓋の森外縁部へ、ユキは盗賊の目撃情報があるマグダナ近くの丘陵に赴きました。
「……予想より明るいね。どうする? ベレス」
外縁部は木漏れ日が思っていたより多く、ベレスが利用できる影があまり多くありません。
地形は複雑なので気を抜けば足を取られそうですが、それはここに限った話ではありませんし、なんというか拍子抜けですね。
まあ、スキル上げには適していると言えます。
いつものように木の枝を伝って高速で森の中を移動しましょう。
「mya」
「じゃあ任せるよ」
影から飛び出して実体化したベレスは、私から離れて索敵に出掛けました。
ベレスも近接攻撃系のスキルを強くしたいようですからね。
そして、しばらく探索していると鹿のような魔物を見つけました。
ログにはベレスの戦闘記録が流れているので、私より先に別の魔物と遭遇したようですね。今回は久しぶりの完全ソロですよ。
「――っ!」
息を殺して近づき、鹿の首目掛けてハルバードを振り下ろします。
手応えは……予想通り。丸太でも斬ったのかと勘違いしそうでしたが、格上だと想定して奇襲したので骨を折ることには成功しました。
「仲間は……呼ばないみたいだね。じゃあ、トドメッ!」
すかさず刃を振るい、今度は首の下から斬りかかります。首の骨が折れた時点で死にかけですし、肉を斬るのは骨を断つよりも容易い行為です。
……【看破】を使い忘れてましたね。アイテム説明は……クレイジーディアですか。
っと、ベレスも魔物を倒したようですね。スキルレベル上昇のログが流れてきました。
このフィールドは予想以上に効率が良さそうですし、もしかしたらスキルの大幅なレベルアップを期待できるかもしれません。
そうと決まれば狩りを続けましょう。
注文している装備が完成するのはまだまだ先ですし、いっそ使い潰すまで続けてもいいかもしれません。
□天蓋の森外縁部・ベレス
木漏れ日の差す森を一匹の獣が駆け抜ける。
影のような獣、自然に生まれたとはとても思えない異形の獣。
誕生してからの殆どを暗闇で過ごして来た彼女は、あのハーフエルフと出会って彩りのある生を手にした。
ロザリーと名乗る異人にベレスと名付けられたことで、微々たるものではあるが世界のことも知った。
死を体験した。けれど、それよりも恐ろしかったのは、自分が主の役に立てないと感じてしまったことだ。
ロザリーは強い。他者の力を必要としないほど、個として完成しきっている。
ベレスはただ守られるだけの愛玩動物では無い。
ベレスは魔物だ。呪詛を宿した魔物だ。
その牙は敵を噛み千切るために存在し、その爪は敵を切り裂くために存在する。
何より、ロザリーの力となることがベレスにとって最上の喜びである。
彼女はそのために成長しようとしていた。
「myaaa!」
矮躯で立ち向かうは強大な敵。己よりも圧倒的な格上。
ロザリーとの繋がりで主がいつもの状態に入っているのは本能で悟った。だからこそ、主に頼らずに、自分だけの力で倒そうと決めた。
……理由はもう一つある。
突然現れてロザリーと親しげにしている人型の魔物が気に入らない。まるで、お互いの全てを知っているような気安い関係が、ベレスには妬ましかった。
アレはベレスを可愛がったが、ベレスにとってアレはライバルだ。
アレは強い。ロザリーとはまた違う方向で、化け物のような強さを誇っている。
ベレスはそれが悔しいのだ。
ベレスには何もかもが不足している。強さも、信頼も、一番にはなれない。
「mya! myaaa!」
だから、必至になって努力する。
毛皮に突き立てた牙が折れても、引っ掻いた爪が割れても、足蹴にされようとベレスは諦めない。
幸いなことに、複雑な地形は矮躯であるベレスに有利であった。小さな体を駆使して敵を翻弄できる。
「Boaaaaa!」
「myau……myaaa!」
相手は丸々とした猪だ。インパクトボアに似た風貌だが、その身に秘められた力は更に上である。
ベレスは知らぬ事だが、その名をクレイジーボアと言う。物理攻撃力と突進能力に特化した魔物だ。
実体と非実体を自由に切り替えられる特性を駆使して、ベレスはクレイジーボアのHPを削っていく。
一撃一撃は些末でも、何回も何十回も繰り返せば相応のダメージとなるからだ。
やがて、怪我をしながら攻撃をするベレスに一つのスキルが芽生えた。
【再生加速】、自然治癒力を極限まで増幅するだけのスキルだ。
折れた牙は新しく生えて、割れた爪も伸びて治る。
ロザリーが数秒で格上を倒したのと比べれば、あまりにも泥臭く時間の掛かる戦いだ。
けれど、ベレスは着実に成長していた。
……何度も何度も執拗に、首を攻撃し続けたことで露出した筋肉を、血管を、ベレスの牙が噛み千切る。
時間は掛かったが、単独で格上の魔物を打倒したのだ。
相性が良かったのもあるだろう。取得したスキルが状況に即していたのもあっただろう。
だが、それでも、ベレスは少し強くなった。
彼女はそれを誇らしく感じた。




