52.マグダナと老いた血を継ぐ種族
またもや更新が遅れました
「――さーんっ、しっ!」
再び五人が集合してインバラントを出発してから早一時間。
ブレイドウルフの群れを刀一本で蹴散らしたユキは、満足げに振るうと静かに納刀しました。
「どう?」
「すっごい馴染む! 使いやすいよ!」
そういうユキの顔は、たしかに喜びで満ち溢れています。
四体のブレイドウルフを相手に、部位切断とクリティカルを駆使して完封した彼女の実力は、この刀を得たことで本領を発揮したのです。
剣や刀のような武器はきちんと刃を立てる必要があるのですが、彼女は息をするかの如く自然と扱えるほど器用なので、繊細な扱いを求められる武器でも難なく使い熟せるのでしょう。
ユキの手に渡った刀の銘は相変わらず視えませんが、彼女曰く『霊刀:銀世界』と言うのだそう。
霊刀がどのような扱いのカテゴリーか分かりませんが、まず一般に流通するような代物ではないでしょう。妖刀、もしくは魔剣や聖剣に近いカテゴリーのはずですしね。
そして『霊刀:銀世界』に備わった一つの装備スキル――【銀世界】。何気に特典装備以外では初の、装備スキルを持った武器です。
さすがにスキルの内容までは教えてくれませんでしたけどね。
「およ? レア泥かな……」
「見せてもらっても構わないかな?」
「いいよ」
ユキの手にあるアイテムを【鑑定眼】で見てみると『ブレイドウルフの尾剣』と表示されました。
狩りの中で使い込まれたことでより鋭く強靭になったと書かれています。
「ふむ、生物素材かつ金属素材の扱いのようだね。短剣か槍の穂先に用いるのが適しているそうだ」
「私の方ではそんな情報出てませんが……?」
「【金属学】と【生物学】による追加効果さ。学問系のスキルは取得条件が厳しいが、持っていると色々便利になるよ」
なるほど、【鑑定眼】が便利になるなら取得しておきたいですね。
「【植物学】なら冒険者組合にある図鑑を眺めるだけで取得できるから、特に目的が無ければ【植物学】をオススメしておくよ」
「そうですか。今度時間があれば取得しておきます」
マグダナのポータルを解放した後にでも行きましょうか。あと防具の新調を忘れていたのでそれもしないといけませんね。
……いや、天蓋の森に侵入できるかどうかだけでも確認してからにしましょう。許可制の可能性がありますから。
その後、道中で挟む休憩の中でユキは素振りをしていました。
昔ながらの剣術と、舞い魅せる我流の剣術。後者の剣術はアクション映画さながらの動きで、私では真似は出来てもあれで戦うことは出来ません。
「……そろそろマグダナに着く。……領主に話を通して買い付けをしたら、ポータルで王都に帰還する」
「私と阿修羅丸君は同行しただけだから、着いたら解散だね。交渉が上手くいくことを祈っているよ」
そしてマグダナに到着すると、予定通りブランさんと阿修羅丸さんは離れて調査に向かいました。しばらくはこの街に滞在するそうです。
私達は馬から降りて街中を暫く歩いた後、領主を訪ねます。
領主と言うのは一定の領土の管理を任されている貴族のことですが、リアルの国家における領主とは少し違って、漠然としたファンタジー感に沿った領主であるようです。
そして、仮にも貴族なのでアポ無しで会うことはほぼ不可能でしょう。
なので今日はトレント材を買いたいとだけ伝えることになります。
「――……じゃあ、明後日の同じ時間に集合で」
「交渉は一人でも十分な気がしますが……」
「……二人には護衛役を頼む。……一応だけど」
約束を取り付けたらシェィ・ランさんとも一旦お別れとなります。
その後、厩舎に馬を預けた私とユキは街の散策をしました。
この世界での私達の身分は冒険者なので、日用品や衣服を取り扱うお店には用事は無いのですが、見るだけでも十分に楽しめます。
素材の質や完成度で言えばリアルの方が遙かに優れていますが、異世界情緒を楽しむのならこちらの方がらしいでしょう?
ついでに工芸品を取り扱っている店に行ってみたり、組合の依頼を確認してみたりしました。
木材が特産なだけあって、店には木彫りの彫刻や木像がずらりと並んでいます。その殆どはリアルには存在していない魔物の姿を象っており、猫や犬といったメジャーなペットに近い愛嬌を感じるようデザインされています。
しかし、一番人気なのは竜を模した木像のようで、迫力満点の巨大な竜の木像はなんと四〇〇万超えの値札が付けられていました。
冒険者組合には樵の護衛依頼が多く貼られており、依頼の数は秋から冬にかけてだんだん多くなり、春が近づくにつれ少なくなるのだそう。
その次に多いのは植物の採取依頼で、あとはよく見る魔物の討伐依頼と街中の雑用依頼ですね。
「なんて言うかさ、生きてるって感じがするよね。リアルよりも」
「良くも悪くも便利すぎるからね」
「やりたいことが出来るってのはいいことなんだけどさー。やっぱり、人生を謳歌しているのかって言われるとね」
街行く人々を眺めながら、少し哲学的な、ほんの少し哀愁を感じる話題がユキの口から出てきました。
それに対して私は、当たり障りの無い返答をするだけです。
私は講釈を垂れるような性格ではありませんし、世間に対してあーだこーだ言えるほど高尚な人間でもありませんしね。
「あ、そうそう、言い忘れてた。今度ロザっちがバイトしてるとこの……VR医療だっけ? に、私も参加することにしたから」
「そうなの?」
「数人程度だけど、ぼちぼち一般人の被験者を集めてるみたいだからさ。お金も貰えるし、日程合わせて一緒に行こーねー」
にへらっとしていますが、よくそんな情報見つけてきますね……。お義父さまが出資しているとはいえ、まだ認知度の低い企業でのバイトですよ?
「いいけど、月に一回か二回程度だよ?」
「しばらくはバイト減らすけどへーきへーき。宝くじでプチセレブになったからね」
ふふん、と得意げに話していますが、むしろ危ないのでは?
「調子乗ったら破滅するよ」
「むぐぅ……気を付ける……」
ちょっと残高が増えた程度で調子に乗っていたら瞬く間に破滅して貧乏になりますからね。忠告のために頬を摘んで――くそう私以上にすべすべでぷにぷにしてやがる……
♢
「――トレント材ねぇ……、売りたいのは山々なんだけどねぇ……、在庫がねぇ……、無いんだよねぇ……」
領主の館を訪れ交渉を始めた私達に告げられたのは、最悪な事実でした。
「王都の事件に触発されてねぇ……、盗賊共が大暴れしてねぇ……、貴重な木材がねぇ……、焼失したんだよねぇ……」
「……新たに切り出すことは出来ないのですか?」
「時期が悪いねぇ……、雪解けの季節じゃないとねぇ……、約束に反するんだよねぇ……」
「……その、約束をした相手とは?」
やけにゆったりとした喋り方をする領主は、肩を竦めてトレント材は入手出来ないと言っています。
しかし、それは約束に基づいたもののようで、シェィ・ランさんはその約束をした相手が誰なのか聞き出そうとしました。
半刻に及ぶ駆け引きの末、領主は他言無用と念を押した上でマグダナの成り立ちを話し始めました。
なぜ街の成り立ちから話すのか……その理由は、約束が交わされたのは初代マグダナ領主の頃だからだそうです。
「六代前の領主はねぇ……、天蓋の森に奥地に足を踏み入れたことのある冒険家でねぇ……、その実力を買われて小さな村を任されたんだよねぇ……」
奥地――生還がほぼ不可能とされている領域ですか。
「木材を産出するために樵が大勢いる村なんだけどねぇ……、偶然立ち寄った冒険者が『奥地の木ならもっと高い値が付くんじゃないか』ってねぇ……、制止を振り切って奥地の木を切り出して持ち込んだんだよねぇ……、それが最初のトレント材なんだよねぇ……」
「……奥地から生還できる実力が無いと、そもそも切り出すことが出来ないと」
「それだけならマグダナはもっと繁栄しているねぇ……」
困ったような顔をして領主は私達に右手側の壁を見るよう指を指しました。
顔を動かして見てみると、そこには大きな額縁に入れて飾られた、都市完成予想図と書かれた古い絵があります。
マグダナに訪れた際に体感した街の大きさと比べると、最低でも二回りは広いことが分かります。
「トレント材の元になる樹はとある種族が厳重に管理していてねぇ……、神話の時代から連綿と受け継がれる祭事以外で切り出すのが禁じられているそうなんだよねぇ……」
「……その、とある種族というのが約束の相手ですか?」
「…………本当に、他言無用してくれるんだよねぇ……?」
再度念を押して確認してくる領主に対し、シェィ・ランさんは頷いて話の続きを促しました。
私とユキもこの場で話を聞いている以上はそれに従います。同じく頷きました。
「――その種族はねぇ……、エルフと呼ばれる種族なんだよねぇ……、それも“エルダー”の血が流れている旧きハイエルフなんだよねぇ……」
「……質問よろしいでしょうか?」
「いいよぉ……」
旧きハイエルフと聞いて、私はエルフやハーフエルフとどう違うのか訊きました。
質問に対し、領主の彼は喋り方こそ変わらないものの、丁寧にその違いを説明してくれました。
“エルダー”の血とは文字通り老いた血、旧き神々の血を指すそうで、どの種族にも必ず混じっているそうです。
旧きハイエルフとはその中でも特に血が濃い、神話の時代から生き続けるエルフの祖と言うべき人々で、天蓋の森の奥地を守護する使命を持つと彼は語ります。
エルフやハーフエルフとの違いは血と生きた年数、この二つなのだそう。
神々に近いのが旧きハイエルフ、人として生きるようになったのがエルフ、そして他種族と交わり生まれたのがハーフエルフ。
私達がゲームスタート時に選択可能で、人類種とカウントされる種族は全て近縁種とされていますが、エルフだけでもこのような歴史があったのですね……
ラノベでよく登場するハイエルフ。セカンドワールドではエルフの上位種ではなく祖となる種、近縁種のようなものです。突然変異して人に成ったのがエルフ、そのままなのがハイエルフとざっくり覚えていただければ……




