51.無銘刀←大嘘
十日ぶりの更新です。
ゲームが楽しかったのがいけないんだ……! まあ止められないんですけど……
翌日、昼。
王都から馬に乗って出発した私達は街道に沿って南東へ進んでいました。長閑で平和な光景が続いています。
前を進むのはシェィ・ランさんで、交渉などは彼が担当する予定です。その後ろを私とユキが並んで進み、有事の際は正面に立って戦う事になっています。
そして私達の後ろをブランさんと阿修羅丸さんが付いてきています。
と言うのも、今回の依頼に【全知蒐集図書館】から二人参加させることを条件に、馬を必要数調達してきたらしいです。
彼女らは検証考察をメインに活動しているので、天蓋の森という未知の情報が眠っている地域へ比較的安全に移動できるなら、それは五日という貴重な時間を費やすに足る理由になります。
それに、道中で戦闘が起きれば私達の戦い方やスキルの使い方など、側で観察することで得られる情報もあるでしょうしね。
「――お見事」
休憩を挟みつつ道を進み、日が暮れた辺りで野営の準備をします。
街道沿いは魔物が出現しづらいのですが、だからといって襲撃がゼロになるわけでもなく。何度か襲ってきた魔物を倒していると、ブランさんが拍手をしてくれたりしました。
「ふむ、やはりスキルと言うよりは天性の才能、リアルから持ち込んだ技術と言ったところか」
「分かるんですか?」
「ある程度はね。特にVRはアバターの操作が難しいジャンルだから」
ああ、慣れているかどうかは傍目で分かると。
自分で言うのもなんですが、私は仮想空間では設定されている性能を最大限引き出して扱えますから、異人の中でも特に動き方が自然なはずです。
ディルックさんのように別ゲーで培った技術と慣れで動ける人もいれば、ユキのように持ち前の器用さで動ける人もいますから、一概には言えないんですけどね。
ドロップ品は戦闘に参加した人――今回は私ですね――だけで分配すると取り決めているので揉め事は起きません。
「ハルっちー! テント張り終えたよー!」
「こっちも張り終えた。女性と男性で分かれた方がいいだろう?」
テントはオニビトの二人が張ってくれました。
シェィ・ランさんは斥候系のスキルが豊富なので警戒してくれています。マグダナまでのマップも全て購入しているそうなので、到着するまでは案内と警戒が彼の役割ですね。
「ではまた明日。明日はインバラントで止まって日程調整だったかな?」
「……そうなる。……それと、夜間の警戒はこれを使う」
「ほう、簡易結界か。中々高価な品だが……そうか騎士団だからか」
さて、明日は朝早くから出発なので私はもう寝ますか。
寝袋に包まるとユキが抱きついてきますが、ログアウトすればアバターは消えるので意味ないですよ。
ちなみに、今回のようにテントを張ってから中でログアウトすると、再ログイン時に一時間限定のバフが貰えます。
移動速度上昇とスタミナ消費量軽減の二つですね。
これがあるので、長い道を行くのならなるべくテントを張ってログアウトするのが推奨されているのだそう。旅籠などでのログアウトは何も貰えませんが、あちらは安全を買っているようなものなので……
ログアウトした私はすっかり暗くなった部屋の灯りを付け、パソコンを置いている机の前に立ちます。
セカンドワールドの掲示板を開き、有名人の一人として私の名前が載っていることに少しの高揚感を抱きつつ、目的のスレッドを探します。
攻略スレ、雑談スレなど、乱立するスレッドの名前を一つ一つ確認していくと、目的のスレッドが見つかりました。
――犯罪者ロールのレッドプレイヤー。ロールプレイの一つで、敢えて犯罪者のような振る舞いをすることを好む人達のことです。
中身は常識人なので子どもやNPCは狙わない、重要なクエストの邪魔はしないなどの独自のルールを守りつつ、辻斬りの如く出会ったプレイヤーに戦闘を仕掛けてはキルしたり、逆に討伐されて監獄に入れられたり……
そんなことが日常茶飯事な彼らですが、ゲームのルールを守っている以上は彼らも掲示板を使います。
その名を、犯罪ロールスレ。
レッドプレイヤーが集まって交流するのが目的のスレッドのようで、現在進行形で書き込みが行われています。
私がこのスレッドを開いたのは、先日カフェでブランさんから買った情報の真偽を確かめるためです。
レッドプレイヤーの中で一人、見覚えのある名前があったんですよ。
スレを遡って眺めていると、その名前が見つかりました。
グレイ・アンビシャス。
違法クラン【アンダーグラウンド・アライアンス】の設立者でありオーナー。
罪状は殺人に詐欺、強盗など発覚しているだけで一〇件以上の事件を起こし、更には騎士すら返り討ちにする実力を持つ。
そのためレッドプレイヤーからも一目置かれており、運営が決めたルールに抵触しない範囲で無法を働くことで悪評も高いゲーム内犯罪者。
レッドプレイヤーだけはアバターの顔を晒されても文句を言えないため、スレッドには盗撮したであろう彼の画像が一枚張られていました。
灰色の髪に整った顔立ち、優しそうな雰囲気を醸し出す青年といった感じです。
……ですが、その画像を見たことで私が買った情報が正しいと確信できました。
私は彼に見覚えがあります。それどころか何度も遭い、殺し合いをした仲でもあります。
フレンドになりたくないランキング堂々の一位、外道詐欺師、非道下劣が呼吸と同義、頭ボン○ルドなど、あのロスト・ヘブンのプレイヤーですら親の敵のように嫌っていた男。
元ランキング六位、通称『毒蜘蛛』。
彼もセカンドワールドをプレイしていたとは……厄介ですね。
ユキにも気を付けるよう連絡しておきますか。ログインしたらブランさんとシェィ・ランさん経由で他の人にも伝えておきましょう。
あの男は法律が無ければリアルでも大量虐殺を引き起こすような人間なので――なおリアルでは社長をしている模様――、万が一にも出会ってしまうことは避けなければなりません。
♢
インバラントに到着した私達は日程調整のため一旦解散となります。
私とユキは大学で講義を受ける必要がありますし、ブランさんも仕事があるので明日の夜までログイン出来ないと言っていました。
なので、再び集合してインバラントを出発するのは明後日ですね。
ちなみに、この街にもポータルはあるので一瞬で王都まで戻れます。行きは五日、帰りは一瞬の長旅ですか……ちょっと台無し感がありますね。
とは言え、プレイヤーとして感想を言うのなら有り難い仕様です。異世界情緒を楽しみつつ、ゲームとしても普通に楽しめるので。
「ふへへ、デートだねハルっち!」
「二人きりで出掛けることなんて珍しくないでしょ」
腕を絡ませながら二人で訪れているのは王都のバザールです。
そろそろ棚ぼたで手に入れた大金を消費し始めないと金銭感覚が崩れそうだったので、いっそ散財でもしてやろうかと思った次第です。
大金を消費するだけならオークションでもいいんですが、あちらは会員制なうえ嗜好品や美術品の割合が多いらしいので、素材や掘り出し物が並ぶこちらの方がいいと考えました。
そして私がまず探しているのは、以前に彷徨竜の鱗を売ってもらった彼です。名前は聞いていませんが姿は覚えているので、視界に入ればお互いに気付くでしょう。
「そう言えばさ、刀って全然見掛けないよね。売ってたりするのかな?」
「多分売ってないと思うよ。製法も西洋剣とは違うだろうし……」
ユキは防具こそ買い換えていますが、武器は未だに初心者の刀から変わっていません。
なのでレベルは上がっていても攻撃力はそこまで変わっていないんですよね。クリティカル以外だとまともなダメージを出せないのが今のユキです。
「およ?」
しかし、それは武器を変えなかった場合の話です。
「…………刀だね」
「うん、刀だね」
バザールの一角で武器を売っている店に、その刀は置かれていました。
煌びやかな装飾は一切ありませんが、鞘に収まったままのその刀には何故か見る人を惹き付ける魅力があります。鐺から鯉口にかけてだんだんと薄くなっていく雪のような紋様は、鞘自体の白さも相まって幻想的に感じます。
店主に訊くと、この刀は由来がハッキリしていない不思議な武器なのだそう。
誰が打ったのか、誰が使ったのか……
ただここに在る以外の情報が抜け落ちた、美しく奇怪な刀。
「うわっ、すっごい綺麗……」
「だろう? 見世物として飾るには充分すぎる品だからな。そもそも刀自体が珍しい武器なんだが、鞘まで丁寧に作られてるのは特に価値が高いとされていて――」
店主に断って鞘から抜いてみたユキは、その刀身に一目惚れしたようです。
何やら語っている様子の店主ですが、刀に意識を奪われているユキには聞こえていませんよ。
「――【鑑定眼】、っ」
そして私は、その刀の名前ぐらいは見てもいいかなとスキルを使ったのですが、妙な感触と共に弾かれましたね。
それでも名前は表示されたのですが……絶対誤情報ですよこれ。
これが無銘刀なはずないでしょう?
「ユキ、買うの?」
「欲しいなーって思うけど……一〇〇〇万……ぐぬぬ」
ああ、武器一つに払う値段としてはとてつもなく高いですね。ですが、ミスリルやアダマンタイトが存在するこの世界、刀一本に法外な値段が付いてもおかしくありません。
と言うか、リアルでも一〇〇〇万を超える刀はありますし、美術品としての側面も持つのならむしろ妥当な値段です。
「ツケとか」
「無理だな。誰だって、確実に買ってくれるやつを優先するだろ? ほら、買わないなら帰りな」
しっしっと促されれば帰らざるをえませんか。無理に留まって通報されては困りますし。
しかし、後ろ髪を引かれているユキはそう簡単には動けず、見るからに落ち込んでいます。
…………本当は、こうゆうのは良くないんですけどね。
「ユキ、いくら持ってる?」
「えっとね……三二〇万」
「そう……はい、ちゃんと返してね」
「へ?」
インベントリから六八〇万を取り出してユキに渡します。
私の全財産……ではありませんが、残りが一〇〇万を切ってしまいました。
「いや……へ? いいの?」
「欲しいんでしょ? その刀。お金はあとで返してくれればいいから」
本当は地道にお金を貯めて自分で買うべきなのですが、ユキが私を裏切るような性格じゃないのは知っていますし、金銭の貸し借りでも踏み倒すような真似はしないと信じているので、数日遅れの誕生日プレゼントと言うことで。
今まではぬいぐるみや衣服を贈ったりするだけでしたが、お互い自力で稼げるようになってからは食べ物を作るだけだったので、たまにはこうゆうのもいいだろうと思った次第です。
六八〇万はちゃんと返してもらいますけどね。
合せて一〇〇〇万。きっちり店主に支払ったユキはその無銘らしい刀を丁重に受け取り、数秒眺めると優しく抱きしめました。
そして、私に方に振り返ると、気持ちのいい笑顔でお礼を言うのです。
「ありがとう!」と……
====================
『霊刀:銀世界』
装備可能箇所:右手(左手)
・新雪が積もることで形作られる銀色の世界こそが真に美しきものだ。植物は白に覆われながらもその下で逞しく生き抜き、風は冷たさを伴って冬を伝える。雪の下に隠されるのは優しさか、それとも絶望か……。故に、銀世界は持ち手に依って在り方を変える。汝は修羅か、それとも慈母か。どちらでもないと言うのなら疾く手放せ。迷う者に銀世界は容赦をしない。途方に暮れて立ち尽くせば、瞬く間に凍てつき死を迎えるのだと知るがいい。
装備スキル:【銀世界】
====================
と言うわけで、ロザリーに借金をしつつ武器を購入したユキでした。ユキ……いつか破産するよお前……ギャンブルだけはするなよお前……
ちなみに、霊刀:銀世界は使用者以外には情報が開示されない特殊な性質を持った武器です。性能は次話以降で……




