48.本条雪奈 その一
本日は二話同時更新です。
□東京・本条雪奈
…………本当は酔ってなんかいない。恥ずかしいからアルコールに頼った振りをしているだけ。
ハルっちは迷惑そうな様子なのにまんざらでもない顔を浮かべている。そんなハルっちのことを私は昔から知っている。
家庭の事情で私の通っていた中学に転校してきた時、ハルっちは酷い顔をしていたのを覚えている。
あれは絶望と嫌悪感と恐怖が言葉に出来ないような感情でごちゃ混ぜになった、死にたいって考えている顔だった。とても整っているのにやつれた印象ばかり与える顔。
私は一目で可愛いって思ったし、同時にどうしようとも考えた。だって、あんな酷い顔をする理由が思いつかなかったから。
でも、男子が面白半分でからかった言動に暴言で返して、その後すぐ泣きじゃくって逃げ出した姿を見た私は、なんとなく察しがついた。
彼女は自分も周りも大嫌いなんだって。
そんなハルっちが放っておけなくて、私は彼女を追って授業をサボった。
先生には怒られたけど、元々不真面目だった私はそんなの意に介さずにハルっちを追いかけ続けた。
毎日毎日、理由の無い暴言を吐きながら泣いて逃げるハルっちを追っていると、いつの間にかハルっちは私からは逃げなくなっていた。
そして私は、誰も来ない物陰で座り込んで俯く彼女をずっと慰め続けた。
『……どうしてこんなことするんですか』
『分かんない。でも大丈夫、私はハルっちの味方だよ』
『……うるさい、です。……どうせ、捨てるくせに』
本当、あの頃のハルっちはどうしようもないぐらい荒れてたなぁ……
運動神経はいいのにちょっと走るだけで転ぶような障害があるから、物を壊すような非行には走らなかったけど、それでも荒れていると形容するのが一番合っている状態だった。
この頃はまだ苗字が変わる前、伊吹遙香だった。
そして、私がハルっちの精神安定剤だと思われたのか、ある日先生が彼女の事情をこっそり教えてくれた。
半ば育児放棄されていたこと、親から謂れの無い暴言を浴びせられて苦しんでいること、転校の理由は遠縁の親戚が保護するように連れてきたからだということ。
中学に上がったばかりの子どもだった私には難しい話だったけど、ハルっちが辛い思いをしていたのは分かったから、それからもずっと授業をサボって出来る限り一緒にいた。
授業をサボったのはやっぱり怒られたけどね。
学校に行って、ハルっちを慰めて、帰宅したら彼女がどうしているか悩んで……
そんな生活を続けていたある日、私は一つのゲームを見つけた。
――ロスト・ヘブン。レビューは散々なものだったけど、試しにプレイしてみた私は驚いた。
リアルと遜色ない感覚、初対面の相手を殺して始めて初心者と呼ばれるようなイカれた常識。ベテランからの洗礼を受けた私は、怒るでもなく唖然とするでもなく、ここならハルっちでも思う存分暴れられるんじゃないかって考えた。
そして実際に誘ってみると、ハルっちは楽しそうな顔で瞬く間に馴染んでいった。ストレスも嫌な気持ちも全部纏めて殺意に変換するようなクソゲーだったけど、あの世界でハルっちが見せた笑顔に私は恋をした。
……楽しかったなぁ。
張り合うように私もやりこんで、気が付けばお互いにランキング入りしてて……
「――ふへぇ、ぬくぬくしてるぅ……やわらかぁい……」
お酒で酔っ払ったハルっちが抱きついてきた。
普段はクールで素っ気ない態度を取ってるけど、酔うと甘えたになるハルっちが私は大好き。でも、人前だと途端に強くなる理由も好き。
自覚していないだろうけど、ハルっちは警戒心が強すぎるしそれが口調に表れている。
心の底から信頼できる人には砕けた口調で、それ以外には丁寧語で……。そして、信頼されるためのハードルはとてつもなく高い。
アルコールへの強さもそう。一人でも警戒心が働く人がいれば彼女は酔わない。どれだけ強いお酒を飲んでも、顔を赤らめるだけで平常心を保つ。
ふにゃふにゃした顔で私を抱きしめているハルっちとは似ても似つかないほどに。
「……寝た?」
ちらりと瞼を開けてみると、ハルっちは可愛い寝顔を無防備に晒していた。頬を揉んでも起きる気配は無い。
「……可愛いなぁ」
私だけは無条件で信頼して一切警戒しないハルっち……。その寝顔を眺めながらゆっくり寝ることが出来る誕生日が、私は好きだ。
ユキ視点での遙香はこんな感じです。本人は自覚してない警戒心など、ユキだけが知る秘密は色々あります。




