43.大地を覆う黒 その三
ちらり、とベレスを見ます。
私の影と同化しているベレスには、まるで泳ぐように影の中を自由に移動できる能力があります。
『もしこのネームドが影の集合体、それに準じるナニカであるのなら、私のベレスが適任です』
ネームドの名前、群れの容姿。そして、倒されたときの消え方。
推測を域は超えませんが、影から分身を生み出し群れに見せかけるのがこのネームドなら、影と同化し入り込むベレスの力があれば攻略が可能になるでしょう。
核がどのような形をしているのかは分かりませんが、エレメンタル系の魔物にとって核は脳であり心臓でもあり、替えが効かない本体であることは間違いありません。
そんな核と、いくらでも替えが効く影狼の見分けぐらい、ベレスなら用意なはずです。
『……なので、ベレスに核を探し出して貰えば、位置の特定は可能だと思うんです』
『少し待って……考えるから』
私なりの推測を交えた提案をすると、テレパシーリングを通じて思考する様子が伝わってきます。
数分ほどで考えを纏めたアリアさんは、周囲一帯の影狼を薙ぎ倒すと、私の考えを肯定し実行するよう指示を出しました。
「――ベレス、お願いできる?」
「mya!」
任せて! と言わんばかりに元気な声で返事をしたベレスは、私から離れて【シュヴァルツァー】の中へ入り込んでいきました。
私の影との繋がりは糸のように細いですが残っているので、核を見つけ次第伝えてくるでしょう。
「位置が分かるまではひたすら数を減らす!」
再び最前線に戻った私は、ハルバードを振るい影狼を倒す作業を繰り返します。
影狼は無尽蔵にも思える数で攻めてきていますが、リアルタイムでのフィードバックは行われていないようで、ずっと同じような行動ばかり取っているからです。
それでも尽きることの無い群れは脅威なんですけどね……
「――少しずつでいい! 一歩ずつ、確実に前線を押し上げるんだ!」
辟易しながら、それでも私達は自分に出来ることをやります。
遠距離攻撃が出来る人は、後方から群れの端や中央を狙うことで前に立つ人の負担を減らし、一人で戦うことを得意とする人は自ら群れの中へ突撃してかき乱そうと努力しています。
ベレスが核を見つけさえすれば逆転する可能性はあるのですが、現状は遅滞させることで精一杯です。
私の攻撃だって焼け石に水でしょうし……
アーツを交えながらスタミナを切らさないように動き続けるのはとても大変です。
どの影狼を攻撃するかとか、その次は何を使うかとか、それに加えてスタミナの管理ですよ? そんな戦闘がもうずっと続いているんですから、休息を取ってもすぐに疲労してしまうわけで。
「――ロザっちー!」
そんな時、聞き覚えのある声が私の耳に届きました。
軽快な音を立てて戦場を突っ走り、一直線に私の方へ向かってくる人影。走りながら針に糸を通すような神業を立て続けに披露し私の元までやってきた彼女は、気持ちのいい笑顔をこちらに向けたのです。
「お待たせ!」
「随分早く到着したね。まだ一時間も経ってないよ?」
「走ってる途中で【韋駄天】ってスキルを手に入れたからね! 制限時間はあるけど、今の私はすっごい速いよ!」
韋駄天……意味は確か足が速い人、もしくはその様でしたっけ? そんな感じだったような気がします。
足が速くなるスキルですか。移動に便利そうですね。
「っと、これがネームド? 掲示板より酷い状況なんだけど……」
「核を潰さない限り倒せないタイプみたいだよ」
「うへぇ……」
面倒くさそうな表情をしつつも、ユキは自分に向かってくる影狼を全部倒しています。
クリティカルヒットによる即死ですね。脳を潰されて無事な生物なんていませんから。
アンデッドやゴーレムなんかも、頭に当たる部分が司令塔の役割を担っているように思えるので、生物じゃなくても頭を潰せば大ダメージが入ります。
ユキが得意とする戦法は一撃必殺。それも派手な大技ではなく、緻密で繊細な一撃による必殺です。
ロスト・ヘブンの頃から相手の眼孔に刀を突き刺して殺していましたからねユキは。常に移動し、出会った敵は全て一撃で殺す。
刀を愛用している理由は訊いていませんが、何となく気に入った程度の考えしか無いでしょうね。
「ねえロザっち、あそこで派手な活躍している人って?」
「アリアさんだよ。王国十二勇士の一人で特典装備をたくさん持っているんだってさ」
「レベルは?」
「三桁はあるんじゃない? 訊いてないし」
「そっかー」
雑談しながらですが、影狼は効率的に倒しています。
ソロで戦うより信頼できる親友に背中を預けながら戦う方が楽ですし効率も上がりますね。
私もユキも影狼の中に突っ込んで無双していますよ。
お互いの癖はとっくの昔に知り尽くしていますし、セカンドワールド特有のシステムを除けば連携なんて朝飯前です。
私の特典装備についても、雑談の中で伝えればちゃんと対応してくれますし。
「――! よし!」
二人で戦うようになって暫くすると、ベレスから合図が伝わってきました。
詳細な場所までは伝わってきませんが、核を見つけたという合図は伝わってきたのでアリアさんに伝えます。
『アリアさん、核の場所が判明しました』
『よし、場所は?』
『今ベレスをこっちに戻しているので、案内して貰ってください』
『分かった。一〇分ぐらいなら持ちこたえられるでしょ? そのぐらいで片付けてくるね』
一〇分ですか。ユキがいるので平気ですね。
戻ってきたベレスにアリアさんを案内するよう指示します。ベレスは元気に一声鳴いてからアリアさんを先導していきます。
□王都北・バレー平原
「【共振針】――《インパクトブロウ》ッ!」
核の場所が判明したとロザリーから報告を受けたアリアは、懐から針を二本取りだし、一本を物凄い速度で投擲した直後にもう一本にスキルを叩き込む。
レベル300を超えるアリアのステータスにスキルとアーツの威力補正が加わった一撃だ。
その一撃を受けた針は、曲がる様子も吹き飛ぶ容姿も無い。
「一〇分で片付けるって言ったしね……ふっ!」
そして、投擲された針は影狼の群れの中を一直線に飛びながら、周囲に固定ダメージを放出した。
放出されるダメージ量はもう一本の針に加えられたダメージより二割減っているが、それでも影狼を跡形も無く消し飛ばすには十分すぎる威力だ。
【空間強針】の装備スキルの一つ【共振針】は、二本の針を消費するスキルである。その効果は一方が受けたダメージをもう一方が固定ダメージとして周囲に放出するというもの。
放出されるダメージ量は幾らか減るものの、音叉のように一定時間放出し続けるため、アリアが全力で使用した場合はとんでもない威力が広範囲にもたらされる。
今回は【陽炎走行 シュヴァルツァー】が生み出した影狼の群れに対して使われたため被害はあまりないが、この【共振針】というスキルには敵味方を区別する機能が存在しないため、普通に使った場合は大惨事となるだろう。
無論、それぐらいはアリアも承知しているため、味方を巻き添えにする可能性があれば絶対に使わない。
【共振針】によって影狼の群れに、モーセの奇跡のような空白が生じる。
その道をアリアは大地を粉砕する勢いで疾走し、影と同化しながら先導するベレスを追いかける。
追い越しそうになれば速度を調整して落としているため、本気で走れば走り出した瞬間に追い抜いているだろう。
「myaaa!」
「そこだね!」
そして、核の場所へと到達する。
(エレメンタル系の魔物の核は基本的に、最も守りの堅い中心部分に安置されている。向こう側のどこまでが群れの範囲から分からないけど、最前線から走ってきた距離的を踏まえると、この辺りが群れの中心のはず。
《閃光裂破》の効果で非実体でもダメージは与えられるけど、範囲攻撃は苦手だしな……。この子に引きずり出して貰うのが一番かな?)
ちょっかいを掛ければ嫌がって位置を変えるはずだ。核の下方向からのちょっかいならば、自然と地上近くへと浮上してくる。
そう考えたアリアはベレスに、核を地上付近に誘き出すためにちょっかいを掛けて欲しいと頼み込んだ。
魔物を使役する人間は少数だが存在するため、ベレスが人の言葉を理解しているのも、人のため――正確にはテイムした主であるロザリーのため――に行動するのも分かっている。
頼まれたベレスは影に潜り、核の真下からちょんちょんとちょっかいを掛けた。
核は顕著な反応を示し、ベレスから逃げるように地上へと浮上する。
「姿を現すのは好都合だね! 一撃で吹っ飛ばすよ!」
顕わになった核の形は、スペードのような八面体の水晶を中心に、それぞれの頂点から伸びる影のような帯が蔦のように絡まった外殻と、ひらひらした布のような四対の翼を有していた。
生み出す群れが狼の割には随分と飛行に特化した形の核である。
ビュンッ! と俊敏に動く核の速度は、一瞬に限ればアリアをも上回っていた。
「っ、逃げが得意なタイプか……!」
影狼の群れは核が露出していても崩壊せずにいる。物理的に繋がっている必要は無いのだろう。
逃げ回る核をアリアが追う。核は不規則に動き回り、複雑な機動でアリアの攻撃をすんでの所で躱している。
生物ではなく無生物であるエレメンタルだからこその、無茶苦茶な動きだ。
しかし、それだけで逃げられるほど、アリアという人間は甘くない。
数回の攻防の末、アリアは自分自身の速度を微調整し、全力の七割を維持するようにした。その速度のまま核を追い、核を捕まえようと手を伸ばす。
核はそれまでと同じように進路を変えて逃げようとするが……――その瞬間に一〇〇%の速度で体を動かしたアリアに捉えられる。
「――【一切両断】!」
そして、片手で核を掴んだまま、もう片方の手で腰に提げていた鞘から剣を抜き放ち、核を一刀両断にする。
反撃する猶予すら与えない、一瞬の抜刀だ。
真っ二つに割れた核は凄まじい絶叫とも思える音を発し、甲高いその音はともすれば鼓膜が破けるのでは無いかと思わせるほどである。
――エレメンタル系の魔物は、核さえ潰せば簡単に倒せる。どれだけ凶悪な体を纏っていようと、どれだけの広範囲に影響を与えていようと、核さえ潰せば倒せるのだ。そして、核に戦闘能力は殆ど無い。
核自身が戦闘を行うエレメンタルがいないわけではないが、そういう個体は弱点である核に傷を負ってすぐに消えていく。
「……うん、影狼もちゃんと消えたね。――しょーーーーーーりっ!!!」
核を失ったエレメンタルはすぐに消える。地平線を覆い尽くすほどの数がいた影狼も、瞬く間に消滅していった。
異人の冒険者も、騎士達も、影狼が消えたことで討伐が完了したのだとすぐに気が付く。
そして異人にだけ聞こえるアナウンスが、それを確定させるのだ。
《――【陽炎走行 シュヴァルツァー】が討伐されました》
《――MVPを選出します》
《――“授格騎士”アリアがMVPに選出されました》
《――MVP報酬として称号“陽炎を穿つ者”と特典装備【影狼装甲 シュヴァルツァー】が与えられます》
《――貢献度一〇〇位以内のプレイヤーとNPCにネームド素材【シュヴァルツァーの水晶片】が与えられます》
《――レイド参加者に称号“シュヴァルツァーと対峙した者”が与えられます》
王都を襲った大災害は、このアナウンスを以て終結した。
裏組織の手がかりを探すクエストから始まり、大量の悪魔獣との戦闘、姿を現したザガンという黒幕による時間稼ぎにネームドの襲来。
とてつもなく濃い一日であり、被害もかなりのものだったが、命を散らしていった兵士達と騎士、異人によって事件は解決された。
大半の者は疲労でその場に倒れ込み、近くの人と笑い合う。そこに異人も住人も関係ない。
ロザリーとユキもまた、大の字に転がって笑い合った。そしてこう言うのだ。
――『疲れたけど楽しかったね』と。
これでようやく二章が終わりました。……と言いたいのですが、あと三話ほど書く予定があるんですよ。章タイトル……回収しないとね。
二章は一章と比べて戦闘回が多かったかな? と個人的に思っています。くどかったですかね? 実は三章か四章に入れようかなと思ってたネームドレイドをこっちに回したんですよ。じゃないとザガンの計画が中途半端になりそうだったので。
そして補足ですが、【陽炎走行 シュヴァルツァー】は影狼の群れの形成にリソースの殆どを費やしています。九〇%が群れの生成、残り一〇%を影との同化と核の敏捷に使っている状態ですね。
ザガンに強化されていなければ、一〇体程度の群れに留まる代わりに厄介な連携をとる成長をしていました。推奨討伐人数の文字化け表記もザガンの影響です。
最後に、私の指を働かせるためにも評価やブクマ等をしてくださると助かります。
下の方に項目があるはずなのでそちらをぽちーっと。




