41.大地を覆う黒︎ その一
□王都・外壁
第二師団が任務から帰還してすぐ、団員達は王都を襲う悪魔獣を片っ端から討伐していった。
第二師団は通常の騎士団と違い、対人ではなく対魔物を得意とする者が集まっている。悪魔であろうと、それが魔物ならば彼らの戦場だ。
第二師団副団長アリアが外壁の上から跳躍し一番通りに向かって数分。小隊に別れて行動を開始した彼らはレベル50の魔物を容易く屠り、悪魔獣は瞬く間に殲滅されていく。
無双ではない。隔絶した力量差があるわけでもない。
彼らは効率的に急所を攻撃し、短時間で討伐していったのだ。
その日、王都の外壁上で待機していた兵士はその光景を見て――いなかった。
「なんだ……あれ……?」
耳に届く異様な音。
大地を踏み締める陽炎の如き影。
それに気付けたのは偶然だった。手が滑って槍を落とした折に偶然視界に入っただけだった。
兵士の仕事だって惰性で続けているだけだ。
何かを変える力なんて無い。そんな、ゲーム風に言うのならただのモブの声によって、彼以外にも異変が伝わった。
集中しなければ気づかないほど小さな異変から始まった、国を滅ぼす大災害。
ただ一直線に、がむしゃらに王都を目指して侵攻する魔物。
【プレイヤー非通知アナウンス】
《――【陽炎走行 シュヴァルツァー】が【影狼侵群】を発動します》
《――超大規模戦闘、ネームドレイドが開始されました》
《――【陽炎走行 シュヴァルツァー】の現在のレベルは76、推奨討伐人数は荳?縲?ク?ココです》
《――難易度:極高》
一匹の獣はこのとき、丘陵を埋め尽くす無尽蔵の獣へと変貌した。
□王都・ロザリー
ザガンの姿が消え、悪魔獣も騎士の手によって殲滅されました。
ですが、私達の緊張は解けません。
王国滅亡のための一手――それが一体何なのか分からない現状で、迂闊に休憩なんて出来ませんからね。
「――よし。とりあえず一時的に私の指揮下に入って貰うけど、いい?」
テレパシーリングで誰かと連絡を取っていたアリアさんは、この場にいる私と騎士達を、緊急事態ということで一時的に指揮下に入れました。異人も住人も戦えるなら関係ないって感じですね。
それと、アリアさんとの連絡用にテレパシーリングを渡されました。
「あなたはどのくらい動ける?」
「これがあるので、人並み以上には自由に動けると思います」
「じゃあ付いてきて。みんなは小隊で街中を哨戒しつつ外壁まで行動! そのあと警備兵と合流して北門の守護!」
指示を出したアリアさんは、その凄まじい身体能力で屋根の上へと跳躍します。
私も【自在帯】を使って後に続きます。
『あなたの名前は?』
『ロザリーです』
テレパシーリングの効果は登録した相手との念話です。お互いに装備していなければ念話できませんが、装備していれば電話並みの性能を誇ります。
電波を利用した現代技術が存在しないセカンドワールドでは最高峰の連絡手段であり、最安値でも一〇万SGする高級品なんですよ。
異人はフレンドメールや掲示板が使えますが、遅延無しでの連絡ならテレパシーリング一強です。
『なぜ北に行くんですか?』
『ついさっきネームドの出現が報告されたからね。しかも広域制圧型』
『……戦力は足りるんですか?』
冒険者組合にある資料によると、ネームドの中には群れを形成する個体もいるようで、そうした個体の脅威度はレベルの二倍以上に膨れ上がるのだそう。
そして群れの傾向によって広域制圧型と広域殲滅型に大別できるのですが、前者は個体の力が低い代わりに数が多く、後者は数が少ない代わりに個体の力が高いとされています。
普通に考えれば分かることなのですが、数の多い敵を相手にするには同程度の数が必要となります。
籠城戦の場合は守る側は攻める側の三分の一でも戦えるそうですが、防衛戦の場合はそうはいきません。
なにせ、すぐ後ろに守るべき街があるのですから。
『うーん、足りないかな。こっちに広域制圧型の人間が一人でもいれば話は別だけど、そんな状況はまず有り得ないからね』
アリアさん曰く、スキルとアーツと特典装備がよほど上手く噛み合わない限り、人間が広域制圧型や広域殲滅型になるのは不可能なんだそうです。
セカンドワールドは一応ゲームなので異人なら……と思いましたが、異人は才能によってレベル上限が決まっていないだけで、それ以外は住人と同じ仕様です。
自分のステータスだって数値で見ることは出来ませんし、特別なシステムがあるわけでもありません。
『私一人でも数分ならやれるけど、その場合は攻め手がいないからね』
『私は攻め手として使えますか?』
『たぶん、決定打にはならないと思うよ。まだレベル50未満でしょ? 広域制圧型を相手取るには少し足りない』
特典装備を持っていようと、レベルが足りなければ決定打にはならないのですね……
複数の特典装備を所有している人が言うのだから間違えてはいないでしょう。
私のレベルはさっきまでの戦闘で47に上がっていますが、異人にしては強いのであって、強者ではないというのを改めて自覚しました。
この世界での強者とは、アリアさんのような存在のことを言うのでしょう。
やがて到着した王都外壁の上で、北から迫り来る脅威を私達は視認します。
「あれがザガンの計画の要……王国を滅ぼすための一手だろうね。あー、アッシュ丘陵が完全に見えなくなっちゃってるね」
視線の先ではネームドが、大地を、丘を、地平線を……通り道の尽くを影色に染めていました。
先頭に立つ個体に続くように無尽蔵の影狼が大地を駆け、野良の魔物と衝突事故を起こしながら着々と近付いてきています。
……無理ゲーでは?
《――ネームドモンスター、【陽炎走行 シュヴァルツァー】が戦闘行動に移ります》
その姿を視認してようやく、異人にだけ聞こえるアナウンスが流れました。
【ヴルヘイム】の時とは違って簡潔なアナウンスでしたが、あれは呪詛などが絡んだ結果起きた特殊な状況だったのでしょう。
迎撃に移る前に自分の手札を確認しておきますか……
「じゃあ、迎撃するよ。可能な限り倒してね」
「分かりました」
アリアさんは外壁を飛び降りて【シュヴァルツァー】へと突撃していきます。私も武器を構えて後に続きます。
狼系の魔物は足が速いですから、数百メートルなんてあっという間に縮まります。
アリアさんはそのステータスを発揮して接近し、グローブの装備スキルを発動して戦闘の狼を屠りました。
あれは確か【螺旋盤】でしたっけ? 腕と脚の周囲を捻じ曲げることで、触れることなく蹴散らしています。
ようやく追いついた私はアーツを起動して、アリアさんから少し距離を取って攻撃を開始します。
あまり近くにいると巻き込まれてしまいそうですしね。
「――《旋風斬》!」
新しく覚えたアーツの一つ、《旋風斬》は自身を中心とした範囲攻撃です。
ただ、全てのアーツに共通する残念な点として、一周するまで行動を制限されてしまいます。
アーツが当たった感触から察するに、この狼のHPは大して多くありません。アーツが無くても二、三撃で倒せるでしょう。
だからと言って楽なわけではありませんが。
むしろ、終わりが見えない戦闘が続くという点では凶悪と言えます。
文字通り休む暇が無いので、体力や集中が切れればその瞬間群がられてお陀仏です。
「――思ってたよりキツい!」
しかも、次から次へと押し寄せてくるために、倒すスピードを最大限で維持しないとこちらがやられてしまいます。
「ほらほら、もっとガンガンやんないと! あともう少しそっち行ってくれるかな!?」
アリアさんは私に指示を出しつつ、複数体を一撃で倒しています。
腕を振って倒して、蹴りでも倒して、絶え間なく響いてくる音はまるでブレスや休符が一切無いロックです。
一瞬も止まらずに倒しつづけています。
特典装備のスキルもふんだんに使っているようで、ときどき派手な一撃で一〇体以上の影狼が吹き飛んでます。
「――もうそろそろ援軍も来るみたいだから、でかいの一発放つよ!」
わざわざこちらに知らせたということは、私も巻き込まれる可能性があるのでしょう。
後退する前に影狼の一体を蹴り飛ばし、ほんの少しだけ侵攻の邪魔をしつつ【自在帯】で地面に縫いとめます。
特典装備は壊れないので――正確には壊れても自動で修理が始まるので――範囲攻撃に晒すような真似をしても問題ありません。
「【浸透針】……【範囲拡大】、【効果拡張】……――【螺旋盤】ッ!」
そして私が十分に退いたと判断したアリアさんは、幾つかのスキルで強化した【螺旋盤】を発動しました。
先程まではアリアさんの周囲に限った範囲に限定した空間操作でしたが、今回のはそれが可愛く思えるほど凶悪な広範囲攻撃です。
目測で一〇〇メートルほどの範囲がギュムッと捻れ、アリアさんが勢いよく腕を交差させると勢いよく渦巻いて地面ごと粉砕しました。
スキルが解除されると土砂が降り注ぎ、今度は後続の影狼を地面の下へと埋めました。
ですが、さすがに装備の性能の限界を超えたのか、アリアさんのグローブが目に見えて草臥れました。
あれでは装備スキルは使えないでしょう。
「【亜竜蚯蚓】!」
しかし、次の瞬間には別の特典装備で呼び出された巨大な蚯蚓が、影狼を呑み込みながら突撃していきました。
私が言うのもなんですが、特典装備って狡いですね。
アリアが所有している特典装備を一つご紹介。
【空間強針 アングルムジャ】
一〇センチほどの針とそれが一〇本入った筒。
装備箇所:腰
装備スキル:
【固定針】
・対象を指定して念じることで、針に触れたモノを固定化する。対象が生命体なら生命活動を損なわない形での数秒間の停止に留まるが、非生命体なら解除するまで完全に固定される。
【浸透針】
・針を刺した装備に備わっているスキルの有効範囲と効果を拡大するスキル。通常は二倍から三倍が限度だが、装備破壊を代償にすれば一〇倍まで拡大できる。
【共振針】
・二本の針を用い、片方に与えた振動をもう片方が増幅して伝える。針を直接刺せば高周波の振動を内臓に与えることも可能。




