40.嗤うピエロ その四
何人がかりでも――ザガンがそう口にした直後、周囲から複数の人影が現れて武器を叩き込みました。
彼らの装備は統一こそされていませんが、胸に刻まれた紋章と腕に巻かれた腕章から、騎士であることが分かります。
隠蔽系のスキルで機を窺っていたのでしょう。私では気配に気付くことが出来ませんでした。
ですが、彼らの攻撃もザガンは見てから回避しました。地力の差が如実に表れてしまっていますね。
騎士達の装備の質はいいのでしょうが、ザガンの素のステータスが高すぎるようです。
「さ、全員で僕を倒してみなよ。倒せないなら予定通り国を滅ぼすよ」
「――させるものかっ!」
ザガンの目的はこの国の滅亡ですか……
それを聞いた騎士達がアーツを起動して全方位から斬りかかりますが、ザガンは巧みな動きでその攻撃をズラし躱しました。
剣の腹を叩いて自分を避ける位置に剣を振り下ろさせたのです。
「……いくら武器が良くてもさ、当たらなければ意味無いよね?」
馬鹿にするような言葉です。実際彼らを嘲笑したのでしょう。
人数がいても倒せやしないと、ザガンは私達にそう告げているのです。
「武器が良くても無駄、異人だとしても無駄、どんな特典装備があっても無駄。僕が立てた計画を君達は止められない」
「やってみなければ、分からないだろうッ!」
「じゃあやってみなよ! 破滅の悪魔であるこの僕を倒せるものならね!」
そして放たれる威圧感。
ドス黒いオーラを幻視してしまうほどの、圧倒的な力量差が原因の威圧感。
覇気と言い換えることも出来るでしょう。
「――とおおおっ! っと、とととと……到着!」
しかし、騎士達が攻撃を仕掛けようとした時、彼方から一筋の光が戦場に差し込みました。
亜音速並の――物理法則を無視した直線運動でこの場にやって来た彼女は、たたらを踏みながら体勢を整え、なぜか私達にピースサインを向けました。
白を基調とした騎士の礼服の上から羽織っている夜空のようなマント、革製だというのに機械的な印象を受けるグローブ、鮮やかな薄青緑で塗装されたブーツ、腰に提げた鳥籠のようにも見えるランタン、――そして、少女が持つには無骨すぎる一振りの剣。
礼服だけ見れば整っているのにそれ以外の物品のせいで受ける印象が台無しになっています。
ですが、彼女が現れたことで戦場の空気が変わったのは紛れもない事実です。
あのザガンが警戒するように威圧感を消しましたからね。
「誰も死んでないよね? 大丈夫?」
「はっ! 無事であります!」
「ならよかった! じゃあこいつは私がぶっ倒すね!」
私とあまり年が変わらないように見える彼女は、元気に溢れた声でザガンを指差しました。
驚くことに、騎士達はそれを真面目に受け取って、二人を囲むように移動しています。
「あの、彼女は……?」
「そんなの常識じゃ――って、異人は知らなくても仕方ないか」
彼女が一体何者なのか。気になった私は近くの騎士に声を掛けました。
「あの人は王国を守護する騎士の中でも最高位の存在、一二勇士に名を連ねる“授格騎士”にして、ネームド狩りの異名を持つ第二師団副団長、アリア様だ」
色々と知らない情報が出てきましたが、私が興味を持ったのはネームド狩りの異名です。
ネームドは【ヴルヘイム】のように、大規模戦闘を行う必要があるほど強力な魔物だと私は認識しているのですが……
「見ろ、アリア様の戦いが見られるぞ」
興奮するように言う騎士が視線を促す先には、腰から提げている鳥籠のようなランタンを手に取って掲げるアリアさんの姿があります。
ザガンは体勢を低くして警戒する様子を見せており、それだけでも彼女の実力は分かるのですが、直後に巻き起こった戦闘は私の予想を遥かに上回っていました。
「まずは――【転倒虫】!」
掲げられたランタンから溢れ出たのは、毒々しい色合いの小さなテントウムシの大群です。
その虫を【看破】で見てみると、先程アリアが宣言したスキル名と同じく転倒虫と表示されました。
【看破】によると転倒虫はレベル10程度の魔物ですが、なぜかザガンはその虫を振り払おうとせずに距離をとっています。
なぜ攻撃しないのか疑問に思った時、転倒虫が触れた瓦礫が粉々に砕け散りました。
よく見てみると、転倒虫が触れた場所が強度に関係なくひっくり返っています。
「あれはアリア様が持つ特典装備の一つ、【蟲灯籠】のスキルで召喚された魔物だ。あの虫が触れた物体は、生物非生物問わず触れた箇所からひっくり返されてバラバラになる」
……なんと恐ろしい。
「まだまだ行くよ! ――【螺旋盤】!」
次にアリアさんが使ったのは、羅針盤のような渦状の紋章が両手の甲に刻まれているグローブの装備スキルだと思います。
彼女が片手を翳した先では、空間が螺旋を描くようにねじ曲がり、転倒虫とザガンの距離が一瞬で詰まりました。
「〈ダークフレア(擬)〉!」
「【固定針】!」
距離が縮まったことで転倒虫に触れそうになったザガンは真っ黒な炎を生み出し、アリアさんは懐から取り出した一〇センチほどの針をその黒炎に投擲します。
すると、針を飲み込んだ黒炎は瞬く間に固まってザガンを閉じこめる檻へと変貌しました。
あの針も特典装備なのでしょうか……?
「一体幾つの……」
「――アリア様が所有する特典装備は六つだ」
曰く、アリアさんはネームドとの大規模戦闘に幾度となく参加し、その結果六つもの特典装備を得たそうです。
ネームドの強大さは私も知っています。
レベルが低かったとはいえ、あれだけの人数がリスポーンを繰り返して挑むことでようやく倒した【ヴルヘイム】……それと同等以上の魔物を相手に何度も戦って生還した騎士ですか……
「(まさか、“授格騎士”が出張ってくるなんてね……任務で王都を離れていたと思っていたんだけど、予想より帰還が早い)――ははっ、特典装備をこんなに持った人間と戦うのは初めてだ」
「褒められるのは嬉しいけど……犯罪者は好きじゃないから大人しくやられてちょうだい!」
「やなこった! 〈ツイン・ライトニング(偽)〉!」
檻と化した黒炎から脱したザガンは、指先から稲妻を迸らせてアリアさんへと飛ばします。
「【螺旋盤】!」
アリアさんはそれを、今度は右手で自身の周囲をねじ曲げて軌道を変えて逸らしました。
そして右脚を大きく振り上げたかと思うと――
「――【次元跳躍】」
次の瞬間、ザガンの背後に移動していたアリアさんが踵落としを食らわせます。
音も光も置き去りにした一瞬の移動……スキル発動宣言が聞こえたときにはすでに攻撃が終わっていました。
破滅の悪魔を自称するザガンといえど、予備動作の無い転移に土壇場で対応することは出来なかったようです。
「……いったいなぁ」
しかし、ザガンは頭を軽く抑えているだけで大したダメージは…………ダメージが入っている?
「物理無効を貫通してくるとか、一体どんなスキルを持っているんだか……」
なんと、アリアさんは無効貫通系のスキルを有していたそうです。
防御系の中でも最上位と思われる無効系スキルは、検証スレでも最強なのではないかと議論されていました。
その無効系スキルを無視して攻撃を通すスキルがあると知ったら、一体どれだけ掲示板が荒れるのか……
「偽りとはいえ、耐性系も減衰系も一通り揃えているのに全部無視してさあ……無茶苦茶過ぎるよ君」
「無茶苦茶って言われても、私の必殺技《閃光裂破》はあらゆる障害を無効化するからね! どうしようもないよ!」
「ああ、やだやだ。パッシブ型のラストアーツって何で無茶苦茶なのばっかりなのかな……?」
話を聞く限り、無効貫通の原理はパッシブ型のラストアーツに因るものらしいです。
近くの騎士に教えてもらったのですが、ラストアーツはレベル100に至った者なら誰でも使えるのだそう。そして、パッシブ型はとりわけ凶悪な性能のものが多いらしく……
「とりあえず、さ。決着つけようよ。君を倒せば混乱は収まるんでしょ?」
「さあね?」
舌を出して挑発するザガンに対し、アリアさんは腰の剣を引き抜きました。
「じゃ、加減は出来ないから死にたくなければ腕か足に当たるよう祈ってね。――【宣誓】“我、次なる一閃に全ての魔力を込め首を討ち取らん……」
「――【皇帝特権(偽)】! スキル【座標転移】を最高レベルで強制所得!」
抜き放った剣を腰だめに構え、聞いたことの無いスキルを発動したアリアさんを見て、拙いと思ったのかザガンも切り札を切ったようです。
制限はあるのでしょうが、望んだスキルを望んだレベルで得るスキルを発動したザガンですが、所得したスキルの名称からして恐らくは逃走を選択したのでしょう。
「故に、あらゆる障害は我を妨げる枷にならず、この剣撃は……」
「【座標転――」
「すでに放たれている”」
「移】!」
音も無く、光も無く、あまつさえ行動の途中経過すら空間に映らない一閃。
いつの間にか振り切っていた剣によって首を断たれたザガンが、それを認識できていたのかは分かりません。
ですが、戦闘に参加せず観戦していた私達ですら見えなかった攻撃が、当事者に見えたとは思えません。
切断された首は地面に落ちる前にどこかへと転移しましたが……まず生存は不可能でしょうね。
「……手応えが無い? とっくに逃げていたか」
「…………は?」
「警戒!」
しかし、剣撃を繰り出していたアリアさんはそう呟くと、すぐさま私達に警戒を促しました。
『――ハハハッ、まんまと騙されたようだね!』
やがて、塵となったザガンの肉体から発生した煙が人の形を取ると、ザガンは大きな声で私達を嘲笑しました。
直後にアリアさんがそれを斬りつけましたが、煙のようにすり抜けるだけで攻撃が通ったようには見えません。
遠くから姿と声だけを届けているのでしょう。
『最後に気付いたのはさすが“授格騎士”と言わざるを得ないけど、やはり僕の予定を崩すことは出来なかったね』
「国を滅ぼすというやつだね」
『そう……って、なんで“授格騎士”の君が知っているのさ』
「聞こえたからね!」
どうやらアリアさんは聴覚も人並み外れているようです。
『……まあいい。時間は十分に稼いだ。部下も全員死んだし、僕はこれ以上何もしないよ』
「? 国を滅ぼすんじゃないの?」
『ははっ、まさかとは思うけど、準備に時間が掛かる計画を立てた黒幕がさ、その最中にのこのこ姿を現したとでも思っていたの?』
顔を押さえてくつくつと笑うザガンは、やがて指を一本立てると衝撃的な事実を私達に伝えました。
『準備も決行もとっくに終わっている。僕が姿を現したのは、ただの余興というやつさ』
“授格騎士”アリア
王国騎士の中で最も多くの特典装備を獲得した偉業を讃え、ネームド狩りの異名と共に二つ名が贈られた。贈られた当時に所有していた特典装備は四つだけだったが、以降も任務に参加することで現在は七つまで増えている。
アリア<任務先でバッタリ遭遇したので討伐しました!
ちなみにですが、ザガンの計画は36話の時点ですでに完了しています。あとはただ成り行きに任せるだけだったので、姿を現したのは本当に余興のつもり。




