39.嗤うピエロ その三
更新が遅れました。明日は更新時間が遅れないようにするんだ……!
「回収しておくかな……」
ピエロの左手に握られているコンテンダーを手に取り、それをインベントリに仕舞います。
勝者の特権――と言うのは冗談で、銃のような誰でも扱える威力の高い武器を放置するのは拙いと思ったからです。
異人だけが使えるインベントリと違い、住人はアイテムボックスという装備品に持ち物を入れています。彼はポケット型のアイテムボックスを使っていたようで、左ポケットの中が拡張されていました。
ひっくり返すと機械的な箱が幾つか出てきました。アイテムボックスの中からアイテムボックス……マトリョーシカでしょうか。
【鑑定眼】で名称を確認してみると、これらは間違いなくアイテムボックスでした。
容量五〇キロは多いのか少ないのか……三つも持っていたと言うことは恐らく一般的なものなのでしょう。
何が入っているか分かりませんし、これも回収しておきます。
あとで兵士さんに渡しておきましょう。
ピエロの仮面はいつの間にか消えています。持ち主が死んだ特典装備はどこへ行くのでしょうね。
さて、ピエロを倒したとはいえ悪魔獣はまだ王都中にいます。
さすがに異人や騎士団の皆さんが対処していると思いますが、戦える人は一人でも多い方がいいでしょう。
近場から倒して回りましょうか。
「そっちだそっち! タンク抑えろ!」
「誰か回復してやってくれ! ポーション尽きた!」
「五番通りの方はどうなってる!?」
「どこもかしこも阿鼻叫喚だよクソッタレッ!」
一体に対し一つのパーティーで対応しているようですが、連携の拙さがハッキリと分かりますね。
即席パーティーも多いのでしょう。
「一体倒したぞ!」
「次行くぞ次! 独占されてたまるか!」
中には少しアレというか、住人を邪魔者扱いしてぞんざいに扱っている人もいます。周囲への被害を考えずにバンバン魔法使ってますし、流れ弾のこととか考えてないのでしょうか。
ただ、悪魔獣のヘイトを引きつけるという意味では役に立っているので、巻き込まれない内に移動します。
全部で一二もある大通りの内、南側は異人が集中しているので移動先は反対になる北側です。
王都自体かなりの面積を誇っていますが、三重構造の壁のせいで直線での移動が不可能なんですよ。貴族街は犯罪防止のために厳しい検問が設けられているので立ち入れませんし、壁の上に登れるのも騎士団だけです。
なので可能な限り急いで通りを駆け抜けます。
「――た、助かりました……!」
「他に助けがいる場所は?」
「あ、二番通りの被害が激しいと連絡が……」
四番通りにいた二体の悪魔獣を倒し、生き残っていた兵士さんから被害が激しい場所を聞いた私はそちらへ走り出します。
道中で遭遇する悪魔獣は全て殲滅します。残しておく必要がありませんからね。
【呪骸纏帯】の【怨念解放】で呪詛を放出し、【呪詛支配】で【死呪】に変更したそれを片っ端からぶつけていきます。
……名称に悪魔と付いていますが、どちらかと言えば獣の側面が強いようで、【死呪】が重篤化すれば兵士だけでも倒せる程度には弱体化しますね。
少し距離がある個体は弱体化だけさせて兵士さんに任せましょう。
【自在帯】は本当に色々使えるので便利です。
二番通りに到着すると、そこは死屍累々の様相を呈していました。
建物は破壊され、舗装された地面も砕かれています。しかも、息絶えた兵士達のパーツがあちこちに散らばっているせいで、より一層地獄感が増しています。
平民の死体が無いのが唯一の救いでしょう。
「全部倒すよベレス!」
生存している人を探しているらしい悪魔獣は、私の声に反応してこちらを向きました。
数は一、二、三……七体ですか。少し多いですね。
少し時間は掛かりますが、内部から影で破壊する攻撃なら私達でも殲滅できるでしょう。
しかし、悠長に時間を掛ければ掛けるほど被害は増していきます。
【自在帯】で立体的に動けば私自身はダメージを受けずに攻撃できますが、周囲に被害が出ては本末転倒ですからね。
抑えつける力も無いので一体ずつ確実に、そして早急に倒しましょう。
「でも……やっぱり硬い……!」
鉄でも殴っているのかと錯覚してしまいそうです。
侵呪のハルバードはかなり耐久値があるので刃毀れはしないのですが、衝撃が腕にまで伝わってくるので力加減を間違えると痺れてしまうかもしれません。
関節などの肉が薄い部位を狙って攻撃しましょう。
そして七体全てを倒し終えた私は、どっと押し寄せてくる疲労で思わずしゃがみました。まだ倒すべき敵は残っているのですが、スタミナが限界まで減っているので休憩する必要があります。
今のうちに疲労回復ポーションを飲んでおきましょう。
「――ふう」
だいぶ回復したので戦闘を再開しましょうか。
ストックしておいた消耗品も減ってきましたし、早いとこ終結させたいですね。
「主犯を叩けば治まるんだろうけど……」
大量に出現した悪魔獣といい、ピエロの発言も含めて推測すると、主犯は恐らく人間では無いのでしょう。
悪魔が闇組織を掌握して裏から……なんて話はファンタジーじゃよくありますし、悪魔は狡知に長けた存在でしょうからあの手この手で姿を隠している可能性もあります。
それと、休憩中に掲示板を確認していたら、どうやらレベル70の個体まで出現したようです。報告されたのは冒険者組合の一体だけですが、他にも何体か出現しているかもしれないので注意しておきましょう。
騎士団もそろそろ動き始めるでしょうし、一体でも多く数を減らしておきます。
次に私が向かったのは一番通りです。王城を中心にして北北東側のこの通りも例に漏れず悪魔獣が出現しており、二番通りよりはマシですがそれでもかなりの被害が出ていました。
到着した私は久々に使った気がする奇襲でまず一体目のヘイトを奪います。
肉体自体が頑丈なので一撃で、とはいきませんが……喉を斬り裂くことは出来たので追撃を咥えて倒します。
一体倒したら二体目三体目と寄ってくるので対処が大変ですが、切り札を使い切る気で戦えばまだ倒せます。
「――破ァァアアアアッ!」
【怨念解放】で生み出した呪詛をバフに変えて、最後の一体の首を斬り飛ばしました。
皮肉なことに、私の特典装備である【呪骸纏帯】は周囲の呪詛などを吸収する機能があるようで、【怨念解放】が継続して使えてしまいます。
こういった被害が激しい場所に限って無尽蔵のリソースが獲得できる、なんとも感想に困る特典装備ですよね。
「――あーあ、こうも簡単に倒されるとは思っていなかったな」
「……貴方が主犯ですか」
そして、私の行動を見ていたらしい人物が空から降りてきました。
倒され塵になっていく悪魔獣を見て残念そうにしている彼は、どう考えても主犯側の存在でしょう。
「そうだよ。僕はザガン。悪魔の左手の統括担当――だったけど、構成員は素材にしちゃったから、今はただのザガンだね」
そう言って無邪気にも見える笑みを浮かべるザガンですが、彼から感じるには無邪気さではなく残酷さです。
少年と呼ぶには恐ろしすぎる、悪魔のような存在。いえ、実際に悪魔なのでしょうね。
【看破】で見えた情報の中に【悪魔変生(真)】がありました。それ以外にも、レベルやスキル構成が人間とは思えません。
悪魔獣が持っていた【悪食回復】や【殺戮本能】も見えましたし、こいつが元凶で間違いないでしょう。
「へえ、これが【看破】を受けた感覚か。僕にスキルを通すなんて、ピエロ以外は初めてだったかな」
「そうですか。そのピエロとやらは私が殺しましたよ」
「あっそう。だから何? 僕が駒に情なんて持ってると思う?」
「思いませんね」
悪魔が人間と同じ価値観を持っているわけありませんし、そもそも情があるのならこんな事件を起こす可能性自体低いでしょう。
しかし、彼は実際にこんな大規模な事件を引き起こして、今の今まで観戦していたのです。情なんてあるはずないでしょう。
彼の顔には後悔みたいな感情が浮かんでいませんし、私が彼の表情から読み取れるのはドス黒い悪意のみです。
「異人は警戒していたんだけどね……本当はピエロに任せて計画を進めるつもりだったんだけど、君みたいなイレギュラーは僕が自分で殺すことにしたんだ。どうせ神の加護とやらで復活するんだろうけど」
……なるほど。私達異人が何度でも蘇るのを知った上での発言ですか。
何かあると警戒したほうがいいですね。
「と言うわけだからさ、大人しく死んでくれる?」
「嫌ですよ」
「残念」
言い終えるや否や、ザガンは凄まじい速度で私に肉薄し貫手を放ってきました。
寸前で回避しカウンターを叩き込みましたが、不気味なことに手応えが感じられません。
「言い忘れていたんだけど、悪魔って基本的に霊体だからさ、純粋な物理攻撃って効かないんだ」
「そうですか、助言感謝しますよ……!」
物理が効かないのなら呪い殺してやりますよ。
――【怨念解放】【呪詛支配】、最大効率!
「っ、これは酷い……」
この僅かな時間で【呪骸纏帯】に蓄積された呪怨を全て【死呪】として放出し、ザガンが距離を取ったところでそれを【呪詛支配】で再支配してバフとリジェネに変えます。
数字での表示はされませんが、恐らく倍率はかなりのものになっていることでしょう。
「(自分ごと相手を呪うなんて……悪魔である僕でさえ躊躇いそうな行為を容易くやるなんてね。倍率は――二〇〇から三〇〇ってところか。並大抵のスキルじゃ届かない域だね。これは……裏目に出たかな)っ、危ないと分かっているものを甘んじて受けるほど、僕は傲慢じゃないからね……!」
「ならさっさと傲慢にでもなって受けやがってください!」
「ちょっと言葉遣い乱暴になってない!?」
かなり強化したはずの攻撃ですら避けられます……一体どれだけのステータスを有しているのやら。
少なくとも、レベルが三桁あったのは間違いありません。レベル差なのか表示がバグっていましたが、桁数は合っているはずです。
となると、どうやって倒せばいいのか困りますね。
この特典装備を手に入れてから私は、奇襲+呪詛利用の戦闘スタイルになりましたが、その全力でも届かない相手にはこうも容易くあしらわれるのですね。どうしましょう。
「っと、少しは僕も手札を切ろうか……《アポート(偽)》」
瞬間、彼の手に見覚えのある仮面が現れました。
左右で悲哀を表現している無地の仮面……ピエロが被っていたものです。
「それはピエロの特典装備なのでは?」
「そうだね……だけど、契約を交わした以上は僕のものだ」
契約……代償として徴収したのでしょうか。
「詳細まで語る気は無いけど、少しだけなら教えてあげる。これは僕が貸し与えたスキルで彼が獲得したモノ――そして僕が改変したモノでもある」
静かに笑みを浮かべ、ザガンはその仮面を被ります。
無地だった仮面は途端に黒く染まり、額からは一対の角が、口には牙が生えました。
「これの銘は【変相鬼面 ギャレッジ】……天の法則すら誤魔化す擬態スキルを有した、僕の手札の一つだ」
そう述べて構えをとった彼の姿は正しく鬼。
ピエロの構えと少し似ていますが、こちらは完全な徒手空拳の構えです。
武器に頼る必要なんて無いのでしょう。
「なら、私はそれを打ち破って見せます。貴方が私の敵であるのなら、必ず」
「そう……じゃあ倒してみなよ。何人がかりでもいいからさ」
【変相喜面】
装備スキル:【変相喜】
・被ることで自分の顔を変更できる。また、被った者のステータス情報を改竄できる。
【変相鬼面】
装備スキル:【変相鬼】
・スキルを発動することで一時的に所有者やスキルを改竄する。また、貸与後に本来の持ち主が装備すると、貸与した相手のステータスを奪い取る。




