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セカンドワールド!  作者: こ~りん
二章:地平線の騎士団
34/115

34.悪魔のタトゥー

「……なるほど。そんなことがあったんですね」


 ちょうど近くを通りがかった巡回兵にローブの男を拘束してもらい、私とディルックさんは詰め所に移動して何があったかを教えてもらいました。

 ディルックさんによると、あの男が子どもを攫う現場を見てしまったため咄嗟に追いかけたのだそうです。


「――彼が目覚めました。拘束していますので訊きたいことがあれば今のうちにどうぞ」


 ノックをした兵士さんが私達を詰め所内の一室に案内します。

 詰め所には幾つかの小部屋があり、そこでは街中で捕らえられた犯罪者などの取り調べが行われるそうです。

 私達が案内されたのもそんな小部屋で、四畳ほどの室内にはフードを脱がされた男が椅子に縛られていました。


「……なんだよ」


 彼を表わす言葉は、ヤクザの組員が一番適切でしょう。 

 年齢は恐らく二〇を少し過ぎたぐらい。それなりに筋肉は付いていますが普通の域は超えません。


「攫った子どもはどこにやった」

「はっ、知るかよ」


 ぶっきらぼうにそう答えると、今度はへらへらと笑い椅子を揺らし始めます。が、反抗の意思ありと見做されたのか、兵士さんが彼の鳩尾を思い切り蹴りました。


「…………ははっ、この程度で仲間を売ると思ったか?」

「いいから吐け」

「吐かねぇよ! テメェらの言う事なんざ聞くか!」


 殴られても蹴られても、この男は態度を変えようとしませんね。

 兵士さんがキレて暴行を加えていますが、打撲で済んでいるみたいですし、そもそもリアルとは違って暴力による尋問が正当化されているので私達は止めません。


「……ちょっと待ってくれ、そいつ、何か隠してる」


 何かに気が付いたのか、ディルックさんが男の左手を指します。


「――ッ、触んなボケ!」

「見せろ!」


 二人がかりで抑えられ前腕を露出すると、そこには邪悪な口が描かれた掌が彫ってありました。

 まるでイゴーロナクのようなタトゥーですが、片手の分しか無いのはどうゆうことでしょう?


「これは……!」

「知っているんですか?」

「ああ、知っている。ついこの間も大人数が捕まって重罰を受けている」


 タトゥーを見た途端に顔色を変えた兵士さんは、唾を飲み込んでその組織の名を呟きます。


「――悪魔の左手。王国にのさばる闇組織だ」


 □とある伝承について


 ――セカンドワールドは一からシミュレートされた世界だ。

 始まりこそプログラムに因るものだが、以降はほぼ全て内部に住む者達の活動で今のセカンドワールドを形作られている。

 けれど、それだけでは足りないため文明を補うために、何度かGMが介入したこともある。


 公共設備や娯楽などが最たる例だ。

 セカンドワールドをゲームという形で世に広めるため、プレイヤーに必要以上の不便を与えるわけにはいかないからだ。

 文明が発達した現代の人間を、文明が発達しきれていない世界に放り込んだところで結果は目に見えている。

 そしてプレイヤーによるブレイクスルーを防ぐためにも、安堂や久木達GMは内部世界で文化を広めてきた。内部世界の住人からすれば未来の技術を持ち込まれたようにすら感じるだろう。


 だが、数十年と時が経てば文化は根付き、内部世界の特性もあって独自の形へと変化していくものだ。

 文化以外にも伝えられた物もある。

 真なる竜を始めとする伝承の類い。その中には内部世界で生まれた存在もある。


 ――悪魔。


 リアルに於ける悪魔とは少し異なり、人によって呼び出された悪魔は契約者にその右手を差し出すという。

 右手を受け取った契約者はあらゆる願いを叶えられるとされる。その願いの効力は、真なる竜に一時の死すら与えるほどだ。

 そんな強大な力を行使した後に、『次はどうする?』と悪魔は左手を差し出して囁くのだ。


 右手を受け取ることで願いを叶えた契約者は、当然左手も受け取ろうとする。

 しかし、それこそが罠。

 悪魔の左手を取った者には、この世で最も苦しい地獄が与えられる。過ぎた欲望は身を滅ぼすという言葉のように、悪魔の左手を取る者は一切の例外なく魂を貪られて破滅する。

 訝しんで左手を取らなかったとしても、悪魔は契約の不履行だと契約者の命を奪い取る。


 故に、その存在は■■の悪魔と呼ばれているのだ。


 この伝承を知っている者は……今のセカンドワールドにはいない。

 長い歴史に埋没して忘却されてしまったのだ。


 □王都・兵士詰め所


「――ァァァアアアアア! 止めろ止めろ止めろ! 見るな! 俺を見るな! 俺は何もしてない! コイツらが勝手にやったんだ!」


 タトゥーを露出させられた男は血相を変えて逃げだそうと藻掻き始めます。

 そして、何かに弁明するように叫んでいます。


「……ちが――」


 ――ぞわり、と背筋が凍る気配が男の左手から発せられます。

 タトゥーが生き物のようにうねり、男の手首を一周するとその気配はより一層高まりました。


「……こいつもか」

「兵士さん、一体何が……?」

「悪魔の左手の奴らは全員、タトゥーを見られると発狂してしまうんだ。タトゥーを見られたら死ぬ、自白しても死ぬ。まるで呪いだよ」


 呪い……私の【呪詛支配】の対象にならないので呪詛によるものではないのですが、普通に見れば確かに呪いにしか見えませんね。

 男の左手はいつの間にか黒ずんでおり、彼の瞳も白濁し始めています。

 口からは泡を吐き、譫言(うわごと)のように違うと連呼し、最期には大量の血を吐いて死亡しました。


「…………結局何も言わなかったな」


 子どもの行方は掴めず、悪魔の左手についても何も言いませんでしたからね。

 男の左手は炭のように崩れていました。




 それから、私とディルックさんは男が逃げた道を反対から辿ってくまなく探しました。

 散歩するような気分でもなかったので、せめて手がかりを見つけたかったのです。

 ……ですが、それも徒労に終わりました。


「……人が集まっていますね?」


 夜も更けて見通しが悪くなっているというのに、街の一角に大勢の人が集まっています。

 冒険者から市民、大人から子どもまで様々な人が円を描くようにたむろしています。


「あの、何があったんですか?」

「何がって、人が死んでるんだよ。そこの雑貨屋のな」


 促されてように奥を見ると、そこには横転した馬車の下敷きになるように倒れている男性がいました。地面には大量の血が広がっており、あまり黒ずんでいないことから事故が起きたばかりなのでしょう。

 誰も助けようとしないのは、頭が潰れた男が生きているはずがないからです。


 そして、私はその遺体に見覚えがあります。

 今日の朝に雑貨屋で出会ったケインさんです。

 彼の身長は住人にしては高く、服装も一般人よりお金が掛かっているように見えたので、たまたま似た背格好の男が死んだ可能性は限りなく低いはずです。


 少しして通報を受けた兵士達が来たので人混みは自然と無くなりました。

 テキパキと横転した馬車を片付け、男の遺体も布に包んで運んでいきます。


「……事故、ですか」


 今日だけで二回も人の死を目の当たりにしましたね。

 悪魔の左手の構成員に雑貨屋の店主……他殺と事故。


「――何か腑に落ちないな」

「ディルックさん?」

「そもそもだけど、平坦な場所で馬車が横転すると思う? したとしても車輪が壊れていてもおかしくないはずだ」


 先程から馬車の方を調べていたのは事故ではないと思ったからですか。

 言われてみれば不自然な事故現場です。


「普通は気付きますか」

「ああ。それになんで頭が下敷きになっているのか……もし躱そうとしたのなら、ピンポイントに頭だけが潰れるなんてありえない。姿勢だっておかしい」


 次々と挙げられる不審な点に、いつの間にか兵士達も頷いて納得していました。

 私は人の死体はロスト・ヘブンで見慣れていたのでスルーしていましたが、普通の感性を持つディルックさんには何もかもがおかしい事故現場だったようです。


「つまり、十中八九他殺で間違いない。それも、死ぬ側も同意して受け入れた計画された他殺だ」


 話を聞いていた兵士さんがハッとして遺体をもう一度布から出して調べ始めました。

 単なる事故だったので調べることすらしていなかったようですが、改めて調べると重大な事実が発覚しました。


「――悪魔の左手のタトゥー……!」


 袖に隠れて見えなかった左腕には、昼間に私とディルックさんが捕まえた男のものと同じタトゥーが彫られています。

 既に死んでいるからか、そのタトゥーは一切動きません。


 兵士達は少し慌ただしくなっています。生前の繋がりから組織に繋がる手がかりが得られるかもしれないので、騎士団にも連絡するそうです。

 そして、私とディルックさんも兵士さんに依頼を頼まれました。

 異人なのでもし組織の抵抗があったとしても情報を持ち帰られるからだそうです。


《――クエスト『悪魔の左手の手がかりを追え』がスタートしました》

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