32.悪魔の左手
ドロップ品の売却とクエストの報告を済ませたので暇になりました。
もう一度狩りをしてもいいのですが、根を詰めすぎてもあれなので今日は観光しましょう。
さて、まずは王都の冒険者組合前の広場ですが、広場の中心には剣を携えた巨大な石像が建てられています。
この石像は王城を中心として八体配置されているらしく、ネームド襲来などの緊急時に対応するための防衛機構を備えているのだそう。
国防のための最終手段というやつです。
次に区画整理された街並みですが、王都は王城、貴族街、住民街の三つの円で成り立っています。
この内、住民街はもっとも広いのですが、王都を囲う壁と貴族街を囲う壁が六つの橋で繋がっています。その橋の下には巡回する兵士の詰め所があるそうです。
通りに並ぶ店には貴族向け、平民向け、冒険者向けの三種類があります。
貴族街に近いほど土地代が高くなるそうなので、貴族街の外周に近づくほど高級な店になっています。こちらは私にはあまり関係ありません。
そして王都の中でも特に活気にある場所は、闘技場とバザールです。
闘技場はその名の通り、一対一のPVP、もしくはPVEを興行する場所で、異人のみが使える決闘システムと同じ機能をもたらす装置があるのだそう。
そのため闘技場では死なない死闘が連日のように催され、王都入りした検証スレの人も仕様の確認などで参加しているらしいです。
バザールは露天などが集まった通りの事を指しており、業物からゴミに至るあらゆるものが出品されているとの噂があります。
名の知れた名匠の作品、素人が作成した武器、趣味で作ったアクセサリー……この通りに限り出店は自由という法律があるため、雑多な品で溢れかえっています。
ですが、私はそちらには興味がありません。審美眼が無ければカモにされるでしょうし、信頼できる店を探すとします。
その結果、私はとある雑貨屋に訪れました。
冒険者向けであり敷地もかなり広い店です。
「…………冒険セット」
お値段3,500SGのこれは、冒険に必要なツールが一纏めになった商品です。
火打ち石と火打ち金、止血用の布、折り畳みナイフ、ロープ、毛布がセットになっているこれを買う必要はありませんが、それはそれとして欲しくなるのは何故でしょう。
頻繁に行くわけではないのにキャンプ用品をついつい買ってしまったり、セール品を衝動買いしてしまうのと同じです。
……お金に余裕があるとはいえ趣味に走るのは止めておきます。いつか自分の家を持ったときにでも集めましょう。
しかし私の中の欲望が……!
「――失礼、なぜ迷っていられるのでしょう?」
「私は今自分の欲望と戦って……誰ですかあなた」
いつの間にか背後に立っていた長身の彼は、さっと距離を取ると恭しく礼をしました。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ワタクシ、雑貨屋の店主をやっております、ケインと申します。長時間悩んでいるようなので声を掛けさせていただいた次第です」
そう名乗ったケインさんは、懐から取り出した名刺のようなものを差し出してきます。
訝しみながらもそれを受け取ると、そこには雑貨屋店主ケインと表記されていました。
「再度伺いますが、なぜ悩んでいたのでしょう?」
「私は異人なのでこういった道具はあまり必要無いんですよ。インベントリがありますから」
「ああ、なるほど。ではこちらはどうでしょう?」
彼が取り出したのはセットにもあった火打ち石と火打ち金、そして五徳ナイフのようなもの。研磨剤と研石もありますね。
一体どこから取り出したのでしょう……
「セットではありませんが、こちらならば異人の方々もご満足いただけると思います」
たしかに差し出されたこれらは異人でも必要とするでしょうし、インベントリを五つ消費するとはいえ常備しておきたい道具です。
ですが、インベントリの拡張は課金オンリーなんですよね。デフォルトで一〇〇枠ありますが、色々持ち歩くとなると課金を悩んでしまうことになりそうです。
悩みに悩み、私は差し出されたそれらを購入することにしました。お値段4,000SG。冒険セットより地味に高い……
「他にも何か買われていきますか?」
「……いえ、これで十分です」
消耗品はすでに補充してあるので、これ以上買うものはありません。
「では、またのお越しをお待ちしております」
またもや恭しく礼をしたケインさんは、私が店を出る瞬間まで姿勢を崩しませんでした。
……そういえば、一度もお客様とは呼ばれていませんね。思い過ごしでしょうか。
□王都七番裏通り・???
太陽が輝く真っ昼間。
周囲の建物が日除けとなっているせいで暗い裏通りに、カツカツと靴を慣らす音が響いている。
それはシルクハットを被った人間だった。
それはピエロのような仮面をした人間だった。
それは男性とも女性とも取れる格好をしていた。
裏通りは幾つかの細い横道があり、冒険者にすらなれない浮浪者がたむろしている。
浮浪者にとって裏通りを通る身なりのいい人間はカモだった。集団で襲い掛かり身ぐるみを剥げば、大金が手に入ると知っているからだ。
それが可能かどうかは置いておいて、今この時裏通りを歩くそれを、浮浪者達はバレないように潜みながら狙っている。
やがてそれは寂れたバーの近くで足を止める。
そこの店はとっくの昔に潰れてそのままだと知っている浮浪者達は、今だと思いそれに襲い掛かった。
「――鬱陶しいですよ」
が、それはどこからか取り出した杖で浮浪者達を殴り飛ばすと、まるで『邪魔な虫がいたから潰した』と言わんばかりに記憶の隅に追いやった。
たった今襲い掛かってきた浮浪者はもう忘れられたのだ。
とっくの昔に潰れていて今は誰も使っていないバー。
その扉は老朽化しているものの役目をしっかりと果たし、建物の内側へそれを招き寄せる。
建物の中は外観からも分かるとおり埃だらけで、隅っこには大きな蜘蛛の巣が張られていた。
誰も入っていないはずの建物。しかしそれは迷う素振りを見せずにカウンターへと進み、本来ならバーテンダーがグラスを磨く場所の床に隠された仕掛けを作動させる。
仕掛けは一切の埃を立てずに棚を動かし、開いたスペースには地下へと続く階段が暗闇へ伸びていた。
階段を数段降り、それは壁を確認する。
――四、在、待
「……すでに全員揃っているようですね」
それはレンガの隙間に小さく刻まれた暗号。経年劣化のようにしか見えない暗号は、たとえ解読してもたった三文字にしかならない。
けれど、仲間だけはその意味が分かる。
階段を一番下まで降りたそれは、奥にある錆びた金属の扉の前で暗号を呟いた。
「四柱の指在り、全てを完了し待ち構える」
小さく呟かれた言葉は扉に吸い込まれ、耳障りな音を奏でてゆっくりと開く。
扉の奥は会議室だった。
「――遅いよピエロ」
「もう一〇分以上待ったわ」
「…………」
「誰にも尾けられていないだろうな?」
会議室の椅子に座っているのは四人の男女。
十字に裂けた瞳孔を持つあどけない少年、夜会ドレスに身を包んだ艶やかな女性、顔の下半分を金属製のマスクで隠す物静かな男性、ベテラン冒険者の装いをした中年の男性。
彼らはそれぞれ長さの違う背もたれに寄りかかり、最後の入室者を待っていた。
「申し訳ありません、表の仕事で興味深い人物と接触していたので」
「へえ……ピエロに興味を持たれるなんて、ご愁傷様ね」
「おや、ワタクシは貴女にも興味はありますが?」
「ああ、怖い怖い。怖くて殺しちゃいそうだわ」
「殺されるのでしたら拷問しても構いませんね?」
ピエロと呼ばれた人物は最も背もたれが長い椅子に座って、夜会ドレスの女性と冗談を交わす。
会話の中で自然と殺すだの拷問するだのと言った単語が当たり前のように出ているが、さもありなん。
彼らは表ではなく裏で生きる者達。殺しと密売と人身売買を生業とする組織の幹部だからだ。
そして、暗殺担当のアンジェリカ――夜会ドレスに身を包んでいる彼女は不愉快そうに会話を切る。このまま続ければ冗談ではなく本気でやるかもしれないと思ったからだ。
人身売買担当のブレイン――冒険者風の男性は溜息をつき、両者の間に漂う険悪な空気が無くならないかと考える。が、仕事を除けば彼らは仲が悪い。そう簡単に消えはしないだろう。
「まあいい。悪魔の左手が全員揃ったんだ。会議を始めよう」
統括担当の少年が話を切り出した。
瞳孔が十字に裂けている少年は自らをザガンと名乗り、この一癖も二癖もある幹部を纏め上げている天才だ。
「ついこの間、密売ルートの一つが騎士団に潰された。加えて、人身売買のルートも幾つかやられている。僕らの隠れ家がバレていないとは限らない」
『拠点を変えるか?』
「それもありだけど、今度はせめて組合に行きやすい立地にしてくれや。冒険者やってると時間が足りねぇんだわ」
「なら私も幾つか要望があるわ」
声ではなく白紙に文字を書いて質問をした密売担当のイライジャの質問に対し、ザガンは意味深に微笑んだ。
ブレインは通るとは思っていない要望を伝え、アンジェリカも幾つかの要望をザガンに伝えた。
「――うん、いいよ。次はそうしよう」
そして、ザガンはその要望を受け入れた。
次の隠れ家は組合に近い場所に作り、アンジェリカの出した要望も叶えるというのだ。
「ピエロ、表の仕事は順調かい?」
「ええもちろん。収支は常に黒字を保っていますよ」
資金担当であり唯一名前で呼ばれない人物――ピエロは胡散臭さを感じる声色で順調だと話す。
ピエロは雑貨屋を初め様々な店を所有しており、それらの店の利益から闇組織へ資金を流している。そして、店を通じて顔を繋いだ一部の貴族とも繋がりがあり、そちらの窓口も動じに担当している。
「じゃあ捨てよう」
「分かりました。ではケインは不慮の事故で死亡したことにしましょう」
ピエロはそう言って自分の顔を隠すマスク――特典装備である【変相喜面 ギャレッジ】のスキルで顔を文字通り変形させた。
その顔はロザリーに幾つかの雑貨を売りつけたケインと同じものだった。
「アンジェリカは現場の用意を。事故と他殺、どっちにも見えるよう準備して」
「分かったわ」
「ブレインとイライジャは待機。僕の護衛だ」
「りょーかい」
『分かった』
そして五人が席を立つと、椅子やテーブル、調度品といった様々なものが消えていく。更には空間そのものも歪んで消えていき、次の瞬間には隠し階段のあった場所へと戻される。
階段を降りる前と違うのは、暗闇に続いていた階段と仕掛けだ。その二つが綺麗さっぱり消失している。
ピエロは顔を元に戻してバーを出る。
太陽はまだ頭上で輝いていた。
親指 :統括ザガン
人差し指:暗殺アンジェリカ
中指 :資金ピエロ
薬指 :密売イライジャ
小指 :人身売買ブレイン




